婚約者に会うらしい
婚約者とは言えども、初対面なので何を話せばいいのか分からない。
「フェリクス様は普段何されているのかしら?」
「……色々」
というかこのフェリクス・ローデンベルクという男、はなからコミュニケーション障害で会話が成り立たないのだ。
作品内の悪役令嬢もフェリクスの気を引くために苦労していたっけなぁ。
結納式、7歳で結納とは早すぎる話だ。とはいっても婚約の口約束みたいなもので、主な目的は国王アルトリウスと父クラウスとの、そして私たちの顔合わせにあった。
そんな訳で私たちは早々に親のもとから引き離され、ここ王国庭園に連れてこられたのだ。
ただ、困ったことに話が続かないのだ。
その冷たさを象徴するような、氷のような髪色に凛とした鼻立ちは、すでに作中のようなイケメンになる片鱗を見せていた。
つい先ほど慣れない美しいドレスを身に着けて、準備万端という勢いだったのに、こうやって無下に扱われるとは、8歳の少年に美貌なんてわかるはずも無いが、悪役令嬢も苦労したものだ。
まあ、私からしてみればこれも放置プレイの一環として捉えてしまうのも容易いので、このまま質問攻めにすることにした。
出来ることなら、このまま罵倒してほしい。
「素敵なお召し物ですね」
「そう」
庭園の椅子に座り、対面しているはずなのだが、彼の視線は一切私にはなかった。
頬杖をつき、どこか遠くを見つめているかのように、視線は明後日の方向にあった。
「いつもこの庭園にいるのですか?」
「まあ」
氷のように凍てつく声は私の心を刺激する。
ああ、この無力感がたまらない。
フェリクスは第三王子であるが故にいつも孤独を抱えていた、王位継承順位が低いためか王宮の人間にあまり相手にはされない、かといって同年代の子供にも王子という地位の高さが理由に臆され、また相手にされない。
そんな彼はいつも寂しさを紛らわせるために庭園にきていただとか。
現在のこんなつれない性格になってしまったのにも納得がいく話だ。
「それはなんですか?」
「本」
王子は初対面の人間を前にして本を読みだしたのだ。
私は彼の眼中にない。私に対して何も感じずにいることが目に見えてわかる。
「面白いですか?」
「普通」
私にたまる苛立ちがどんどん快楽に変換されていく。気持ちがいい。
「お兄様とは仲が良いのですか」
「……しつこいな」
ふと、ぽつりとそんな言葉がフェリクスの口からこぼれたような気がした。
「えっと……なんとおっしゃられましたか?」
フェリクスの雲行きが怪しい、いつになく不快そうな表情をしている。
「だから、しつこいんだよ君は!」
初めてフェリクスの視線が私に向いた瞬間であった。
不快感に満ちたフェリクスの声は私の脳と心臓を揺らした。
焦らすに焦らされた私の心は一度に大量の快楽物質を生成したかのように、満足間でいっぱいだった。
「はぁ、はぁ……」
この吐息はもはやどちらのものかは分からない。
ただ、一度快楽を覚えた私の脳みそは次なる快感を求めて指令を出すのだ。
自分でも鬱陶しいことだということは分かっているし、8歳児に大人げないのは分かっている。でも、もう今の私をだれも止めることができない。なぜなら私は悪役令嬢なのだから。
「お兄様とはあまり上手くやれていないのですか?」
「…………」
ついにはフェリクスは何も言い返さなくなった。
「国王様とはいかがでしょうか」
「…………」
だめだ。フェリクスは何も返さない。
ふと、その時、小さな雨粒がぽつりと落ちた。
雪解け水のように冷たく、地面にぽつり、ぽつりと地面に落ちてゆく。
その時になってようやく、私は我を取り戻した。
少しやりすぎたのだ。8歳児相手にも限度というものがあるというのを悪役令嬢という、いずれ破滅するから良いという免罪符持っていたが故に、忘れていた。
「ごめん、なさい」
「…………」
まだ小さな第三王子は地面に顔を向け黙り込み、ただ涙を流していた。
すると、フェリクスはこう呟いた。
「………君は僕に…興味があるのかい?」
フェリクスは椅子を立ち上がり、こちらへ寄ってきた。
そう、彼は私の質問攻めが鬱陶しくなって、泣き出したのではなかったのだ。
「こんな一人ぼっちの僕のことを君は気になるのかい?」
そう言うとすぐに彼は私に抱きついてきた。
フェリクスは母を失い愛に飢えていた。誰も相手にしないがためにその飢えは増長してゆく。
そして拠り所を求めていたのだ。だから作中のフェリクスは自分を認めてくれる主人公に恋に落ちたのだ。
そして現在、何を思ったのか、おそらくフェリクスに質問攻めにする私が自分に興味があると小さいながらに錯覚し、こうなったのだろう。
私はただフェリクスの背中を撫でることしかできなかった。
まだこの世界に来て間もないが故の未熟さがここで露呈してしまうとは。
「一旦落ち着いてくださいフェリクス様」
そう伝えるとフェリクスは私のもとを一度離れ、今度は私の隣に座った。
そして彼は涙を拭いこう呟いた。
「レイナ……だったよね」
「そうです。私はレイナ・ヴァルフリーデンです」
フェリクスはこちらを涙でぐしゃぐしゃになった瞳でこちらを見つめてきた。
更に、少しばかし頬を赤らめ、こう呟いた。
「僕と………結婚しよう」
私はどうやら進む道を間違えたようだ。
悪役令嬢のままでいる、と意気込んでおきながら。そしてフェリクス・ローデンベルクという男の心境を知りながら破滅フラグを回避してしまった。
婚約という悪役令嬢にとっての大きなターニングポイントをこの手でつぶしてしまったのだ。
そして何よりも、8歳児の純情を弄んでしまった、と今になって胸が締め付けられそうになった。




