角の先を見ず
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、なんとなくここを通りたくないな、と思うときはないだろうか。
トンネルや暗い小道、険しい足元の続きそうな道、とおおよそ危険や難儀を想像しやすい場ならば、その判断も自然なものといえる。
けれども、いざ同じ出発点から目的地を何度か目指すとき、なんでもない道なのにやたらその道を避けてしまう……という経験は、どうかな? 歩きかもしれないし、自転車かもしれないし、自動車かもしれないが。
そこはたいてい人払いをされている、と認識される。何か人目につけたくないものを、物理的、心理的、神秘的な手段を用いて守り、ほかの人が近寄らないよう努めると。
つまりは、そこに近寄ればろくなことが起こらないことを、我々の奥底にあるものがビンビンに感じ取り、ほぼ意識しないレベルで「ここは避けとこ」と思うのだとか。
気づかないうちは、そりゃあ問題ないだろう。でも、もし自分が違和感を覚えてしまうときが来てしまったら……どうする?
僕の少し前の話なのだけど、聞いてみないかい?
友達と電車でちょいと遠くまで行ってからの帰り。道を歩きながら、僕は一本の脇道の入り口ではたと足を止めた。
ブロック塀に挟まれた小道は、小型自動車が一台、通れてやっとという狭いすき間。軽く蛇行するその道は、ここからだと出口が見えないが、そこまで長いものではない。両隣の塀の裏手には、高々と立つ木が左右一本ずつ。葉を茂らせているときは、なかばアーチのごとく道の上空を覆い、薄暗さを感じるほどだ。
僕の家までは、ここを通ると地図上では近道になる。実際、数年前まではよく利用していたと思う。けれども、ここ最近は使っていない。
初めから意識にないといおうか。歩くうえでここを通るプランを頭に浮かべることはなく、これまでもこうして近くを通っても気にかけることがなかったんだ。
それが今、数年ぶりに意識を向けることができた、という妙な感覚でね。ここを使えば早いのになんでだろ? と疑問に思ったんだ。
ちょっとでも早く帰りたいところだし……と、一歩二歩と踏み込んでみる。
時期は秋に差し掛かったところだが、まだ葉は色を赤や黄色に変えながらも、散るまではいかない。その葉の覆いの下でアスファルトはやや黒く染まっている。
その樹冠を眺めていて、ふと気が付いたものがある。
やたらと葉のところどころがきらめきすぎている、と思って足を止めてよくよく見てみると、そこからひもでぶら下がっているものがちらほらと見えた。
僕が見た限り、鏡の破片のように思えた。それも銀色をベースとしたものだ。やたらと光を反射するものだから、まぶしく思えたんだ。
とはいえ、自然にあるべき格好とは考えづらい。こうして見上げるだけでも、破片の総数は20をくだらないだろう。誰かが意識して取り付けたもののような気がする。
地上からの高さはざっと4,5メートルはあり、相応の手段でなくてはああもこしらえることはできないだろう。なんとも手が込んでいて、ちょっと気味が悪いな……と思いつつも、僕はカーブに沿って足を進めていく。
鏡の不気味さを目の当たりにしたためだろうか。進んでいく足がじわじわと寒気を覚えて、ぷるぷると震え出すのを感じたよ。
先ほどまではなんとも思わなかった、スニーカーが地面をこする音が、妙に甲高く鼓膜へ響く。「そんな音、出すべきじゃない」と、全身が無言で注意してくれているかのようだ。
つい、歩みがのろくなってしまう。でも完全に動けないわけじゃなく、そろりそろりとした忍び足状態で、僕はなおも先へ進んだ。
曲がりもいよいよ大きくなり、おそらくは入り口からは見えなくなってくるだろう矢先。
「え?」
気づくと僕は、道の終わりの数メートル先に立っていた。
どこへつながるか分かっているから、そこがあそこから数メートル歩いた先の出口であるとすぐ分かる。でも、そこまで至る道筋を僕はまったく意識できていなかった。
確かに、あそこを通ってここまで来たのだろうに、何を見てどのように歩いたかさっぱりわからない。
振り返って見る、道の先。ここからだと、僕が先ほど立っていた位置もちょうどカーブに隠れて確かめることはできない。
いったい、なにがあったのか……できれば引き返したかったが、今度は足がそれを完全に許してくれなかった。
棒になったよう、とはまさにあのときのことをいうのだろう。
足以外は思うがまま動かせる。そのぶん、足だけは重い石の長靴を履いてしまったかのように、まったく僕の命令を受け付けない。
ほどなく、目に見える早さでぞぞぞっと、両足の表面にジンマシンを思わせる発疹が走る。
でも、ことは終わらない。
その無数の発疹、ひとつひとつからにゅっと細い体が次々と湧いた。
ヒルのようだった。その一本一本の細さは、あの葉に垂れ下がった鏡のごとき破片をつないでいる姿にそっくりだったんだ。
皮膚の内より、発疹を通して出たそいつら数十匹は、僕の足から離れるや次々に動きを止めていく。のみならず、その白い身体はみるみる灰色を帯びるとともに、靴で踏んでも跳ね返すほどの硬さを帯びていく。
石化、というものを僕は生まれてはじめてみた。足はもう自由に動くようになり、発疹も引いたものの、もうあの道を通る気にはなれない。
あそこで本来見ていたもの。それを意識しないことで見なかったこととし、その被害をあのヒルもどきが受けてくれたとしたら、無下にはできなかった。
今は街の工事によってあの道も取り壊されてしまっているが、格別なにかが見つかったという報せはないんだよ。




