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居並びウィルド。

 *

 「そういうわけで、八組の刳生瀬が部員になってくれることになったよ」

「へ?」

 初日から派手に遅刻して見せた赤坂さんも、流石にあれは偶々だったようで、遅刻確定十分前に教室に現れた彼女が席につくより先に、その後ろの席の主である僕は早速今朝の報告をしたのだった。案の定、一瞬訳の分からなそうな赤坂さんだったが、そこはそれ、直ぐに理解が追い付いたらしく、表情にぱっと明かるみが増す。

「ほんとですかっ?」

「敬語敬語」

「ほ、ほんとぅっ?」

 僅かに語尾の撥ねるのは未だ変わらず、赤坂さんが顔を真っ赤にして言いなおす。

 登校時の無表情から、不可解な表情、沸き上がるような笑顔、真っ赤な顔と、朝からめまぐるしい。今日も安定して可愛い子だった。

「それじゃあ、揃ったんだねっ、部員」

「そうなるね。刳生瀬に関しては放課後に退部届を持っていく予定だから、赤坂さんにもその時に対面してもらうことになるけど」

「分かった。ありがとう、井岡くんっ」

 本当にうれしそうに、言う。

 むき出しの感情に僕が少し面喰っていると、喜色満面だった赤坂さんは急に慌てた風になって、それから、また真っ赤になって黒板の方に顔を向けてしまった。

 はしゃぎ過ぎたのが恥ずかしかったらしい。

 ううむ。

「よう、井岡。変な顔をしているな」

「おはよう上野。君は朝から失礼な男だな」

「お前にだけは絶対に言われたくない」

「いや、何て言うか、こう言うのって有りなのかなぁって思ってね」

「何の話だよ」

 赤坂さんだ。なんか、反応の逐一が可愛らしい。本当に同い年なんだろうか。

 こういう人って人生得ばかりなんだろうなぁ。男女問わず好かれそうだし。

 ずるいぜ。本心かどうかは一先ず置いといて。

「赤坂さんか。転校生なのに難儀な人だな。可哀想に」

 僕の視線の意味に気がついたのか、上野が僕の後ろで呟く。

「なんだよ、その言い分じゃ僕に関わるとろくなことないって言ってるみたいじゃないか」

「ないだろ。……ところで、桂はまだ来ていないようだが」

「気になるんだ?」

「お前は一々白々しいな」

 嫌そうな顔をされてしまった。上野は誰かれ構わず毒を吐くからな。

「違う。人を勝手に性格の悪いキャラクターに仕立て上げるな。お前だからだよ」

「僕の事がそんなに嫌いだっただなんて!」

 親友だと思ってたのに、とか、嘯いてみる。心底嫌な顔をされた。

 うん、まぁ、見透かされてる。とは言え、有る程度捻くれて応対しないと僕らしくないしな。

 それはそうと、隣の席に目を向けてみる。机の側面には鞄も掛かっていないようで、と言うことは、桂ちゃんはまだ学校にすら到着していないと言うことになる。まぁ、彼女はサボるにしても遅刻ギリギリに入ってきて日下女史が来る直前に出ていくわけだし、おかしくはないけれど。

 そう言えば、こいつにも報告しとかないとな。

「上野。研究部のメンバーなんだけど、後の二人が決定したよ」

「ほぅ? 二人と言うのは初耳だな。昨日の内に、桂の方からは入部の旨を聞いていたが。丁度退部届を貰いに行った直後だったんで、もう一度職員室に行く羽目になった」

「あらそう。仲のよろしいことで」

「お前は余計な口を利かずに会話が出来ないのか」

「無茶言うなよ」

 僕の会話内容の構成は、要件と無駄で最低でも五分五分なのだ。

 やっぱり心底嫌そうな顔をしつつも、上野は話を先に進めるつもりらしかった。そのあたり、僕の相手を心得ている。心得られちゃってる。

「……それで、もう一人ってのは誰なんだ」

「八組の女子生徒」

「お前なぁ」

 いい加減に呆れた顔をされた。そりゃそうだ。いやはや僕も学習しないものである。無論確信犯だけどさ。

「刳生瀬だよ。僕とあいつは小学校時代からの親友なんだ」

「嘘つけ。一年の時、お前と刳生瀬が仲良さ気にしているところなんて一度も見てないぞ」

「辛辣だなぁ。嘘だけどさ。でも、嘘八百ってほどでもない。あいつとは本当に、僕が小学生の頃から顔見知りなんだ」

 嘘半分ってところである。顔だけは知っていたが、言葉を交わしたのは今朝が間違いなく初めてな訳だし。

 なんか、思い返すと、僕が刳生瀬を選んで話しかけた理由、数年越しの今更にしては弱い気がする。いや、その辺だって勿論、僕が深く考えてるわけなんてないんだけど。

 つくづく適当に生きてきたものだ。

「刳生瀬か。……正直お前と刳生瀬に接点があったことすら驚きだが、引き受けてくれたと言うなら、まぁ、それで良いんだろう。まさか脅しつけてなんか無いだろうな」

「君こそ僕をなんだと思ってるんだよ……」

 流石に失礼じゃなかろうか。そう言う印象すらも、僕の自業自得と言わざるを得ないところだけどさ。

「とにかく、そう言うわけだから、刳生瀬の分の退部届も、放課後までに貰っといてくれるかな。あと、桂ちゃんにも連絡しといて。メンバー揃ったから顧問つけて、一回集まろうって」

「分かった。顧問はどうするつもりなんだ」

「決まってんじゃん」

「……まぁ、そうだろうな、お前なら」

 勿論、これこそ勿論、日下女史に決まってる。あの人以外に僕の眼鏡に適う教師はこの学校には存在しないのだ。水準以上で、そして、ずば抜けている。

 面白いじゃん。どうせあの人、断らないだろうし。

「日下先生に頼んで大丈夫なんですか?」

 と、昨日一日関わってみた印象からか、椅子に横座りになった赤坂さんが会話に復活してくる。その疑問はもっともなんだけど。

「敬語敬語」

「大丈夫、なのっ?」

 お約束は忘れない。

「大丈夫でしょ。既に日下女史は四つくらい顧問掛け持ちしてるし、あの人の性格なら、発足の面子確認したら乗るに決まってる」

 何せ、この僕ですら文句なしで変人であると断定している連中ぞろいである。失礼ながら、赤坂さんも含めて。可愛いだけの女の子に僕がこんなに進んで関わって行こうなんて思うわけがないのだ。

 でもって、日下女史は変人大好きである。自分自身アブノーマルオーラ全開のくせに、やたらと上野や桂ちゃんに寛容なところがあるからな。同族優遇とでも言おうか。

 まぁ、僕もその恩恵に与かっているところが多々あるわけだが。少なくとも、桂ちゃんと同程度くらいには。

「待て井岡、お前の中では俺は変人枠なのかよ」

「あたり前だろ。何心外そうな顔してんだよ」

 それこそ心外である。上野が変人じゃないって言うなら、僕だってそこまで変人じゃない。

「……まぁ、深くは問わん」

「懸命だね」

 引き際を弁えている。相変わらず。こなれてるなぁ。

 ガラ、と、教室のドアが開いて、桂ちゃんの姿が見えた。僕らが声をかけるより早く、僕の隣になった机のわきに鞄をかける。遅刻三分前だった。いつも通りだ。

「……なんで井岡が隣にいるの」

「僕の前に転校生が来たからだよ」

「……赤坂さん、ね。日下女史、いい加減干からびないかな」

 登校から早々、未だ無人の教卓を恨めしそうに睨んで、桂ちゃんが言った。中々直接的な物言いである。担任教師になんてことを、と、ここは僕が突っ込む場面ではあるのだが。

「おい桂。あろうことか担任教師に対して植物の末期と同じ状態になるよう望むなんて、俺はお前に失望せざるを得ないぞ」

 放っておいたら全力の馬鹿が全力で空回りしてくれるのがいつものパターンなので、ここはスルーだ。 案の定、とても想い人に対する責め句とは思えないような言い回しで、上野は桂ちゃんを非難した。彼の場合吐いてる台詞通りの感情を本気で持っているので、発言の際の表情が本気も本気、今だって桂ちゃんに対して、好きな女の子に対して、心から失望したような顔を浮かべている。視界の端で赤坂さんがたじろぐのが見えた。

 うん、まぁ、上野の常態本気っぷりは、初見じゃ驚くよな。昨日親指がどうこうで僕と応酬したけれど、あの時はまだ赤坂さんは状況把握すら追いついていなかったみたいだし。

 さて、しかし、赤坂さん以上の慌てっぷりを見せるのは桂ちゃんである。両側通行の、それが対向車線であるが故に擦れ違う片恋の相手。

「……別に、本気で言ってるわけじゃないよ」

 あくまで、表面上は何でも無い風に装って、言い訳する。けど、表面に浮かぶ焦燥は隠し切れていなかった。器用な彼女の、体力不足以外の数少ない弱点だ。こと上野の関わる案件になると、いつものクールっぷりが太陽圏外に吹き飛んでしまう。

 と、言うのは、些か大袈裟にしても。

 お互い想い合っているというのに、この二人の会話は大体がこんな感じだった。まぁ、こんなにわかりやすい表情の変化に気づかない上野が、僕視点で見ると全面的に悪いと思うのだけど。

 クラスメイトに気づいてない人間が一人もいないレベルなのに。当事者だけは。

 本人だけは気付かないって、漫画なんかでは良く言うけどさぁ。

「あの、井岡くん、もしかして桂さんって、上野くんのこと苦手なのっ?」

 ……当事者以外にも、気付かない人はいるらしかった。

「なら良いんだが」

「そ」

 と。

 あっさり留飲を下げた上野に安心したのか、そのまま教室を出ていこうとした桂ちゃんを制止する声が、どこかから響いた。

「桂。二日続けてサボるのは流石に感心できないな」

 関心は無いけどな。超つまらないギャグを飛ばす声は、間違いなくクラス担任のものなのだが。

「それと井岡、いや、部長は赤坂になるのか? 研究部の顧問、引き受けよう。何を隠そう、数年前の第一期メンバーに頼まれて初代顧問になったのも、この私だからな」

「……や、それはまぁ、どうも」

 僕らの話していた窓際の、その窓の向こうから顔だけ出した……この場合教室に入れた、と表現すべきか、とにかくそんな滑稽な日下女史の姿は、毎朝同様、クラスの空気を凍りつかせるのに十分な威力を持っていた。

 しぶしぶ席に着く桂ちゃんも、さっきのギャグに大ウケして机に突っ伏している後方の馬鹿も、唖然とする赤坂さんも、そのまま窓枠に足をかけて教室に入って来た日下女史も、ひとまずは無視することにして。

 研究部発足を確かめながら、僕は全く違う事に考えを巡らせるのだった。

 つまり逃避だった。

 この人たち、本当にもう、朝からメンドクセー。

 とかなんとか言いながらも、他ごとに考えを巡らせた結果、他でも無い自分から起こしてしまった他ごとに、これまた面倒極まりない言い回しだが、それもともかく他ごとに、僕は頭を抱えたい衝動に襲われるのだった。

 抱えないけど。

 あぁもう。

 脳裏に思い返されるのは、流し台の融解した第一理科実験室。

 もう一昨日の出来ごとながら、問題に上がってない辺り、未だ発見されざるというところなのだろうが。

 事の面倒さに、僕は辟易した。

 愉快に面倒くさい面子の集まった研究部。

 融解で面倒くさい第一理科実験室。

 何より、僕は僕に辟易していた。

 世界、都合のいい感じに滅びねぇかなぁ。

 なんて。

 変人そろい踏み、、研究部再発足メンバー確立! ということで。

 未解決の融解事件(さむっ)も思い出しつつ、居並びウィルドでした。


 それでは、また次回お会いできることを願って。

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