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相似オポジット。

 *

 上野と桂ちゃんを仲間に引き入れて、一日が終わった。

 ここまでの首尾は上々と言って間違いないが、ただ一つ困った事に、研究部発足に加担してくれそうな人材は、僕の知り合いリストにはもういなかった。最低でも後一人と、ついでに顧問の問題が残っている。どうしたものかな。

 それはそれとして、早朝六時。目ざまし時計より二分早起きして、購入来一度もその役目を果たしたことのないアラームの設定をオフにする。セットしておく意味も無い気がするけど。無意味っていうのも悪くない。

 さらっと着替えたら、靴を履いて日課のランニングだ。

 運動部でも無ければ鍛錬を趣味にするでもない僕だが、どうしてか、それも何時からか、誇張でなく台風がこようとも、毎朝三十分、自宅のマンションの前を流れる川沿いを、通学路とは逆方向に走っている。理由は無いし大した意味も無いが、まぁ、体育の持久走なんかでは重宝するし、割と悪くない運動神経を如何なく発揮するには根幹となる体力が不可欠だから、我がことながら首を捻りつつも、日課であるからには日課として、僕は毎日走る。

 今朝は晴れだった。川沿いの道。川の逆方向には桜並木である。秋になれば川を挟んで反対側を走ることにしている。あっち側は紅葉が並木になっているのだ。同じ走るなら季節感を感じられた方が良いだろう。

 とか、情緒あふれる生き方を選んでみたりしてるくせにこの捻た性格なのは何故か。

 まぁ多分、僕くらいになると、情緒っぽいのがむしろ捻くれてみえるのだ。

 ぐにゃぐにゃなので。

 ともあれ、今の季節は桜並木を。もう、ほとんど散ってはいるけど。

 ひた走る。

 と。

 往路半分……七分くらいが過ぎた頃、今はまだ緑色の葉をつける紅葉並木の側から、いつもの顔が走ってくるのが見えた。

 同い年くらいの女の子だ。

 普段は下ろしたままのめちゃくちゃ長い髪を、ポニーテールに纏めている。それでも長い。毛先が腰の位置よりも全然下に来ている。膝裏……くらいだろうか。

 長い長い。

 川を挟んだ位置関係で、僕と彼女の視線は、一瞬だけ交わった。そのまま、お互い速度を緩めずに目の前の道を行く。

 おそらく、僕が走りだしたのとそう変わらない時期から、彼女の姿を川の向こうに見るようになった。

 台風であろうとも、彼女が走っていない日は今まで一度も無い。そして必ず、この辺りの地点で川越しにすれ違うのだ。

 一瞬だけ目線をかわして。不思議な顔見知り関係だった。

 もう数年の付き合いになるのに、彼女と僕はランニング中、一度たりとも会話を交わしたことは無い。秋になれば僕は向こう側に渡るわけだから、そうなると川を挟まずに顔を合わせることもあるのが道理だが、しかし、世の中は上手く出来てるもので。

 秋が深まってくると、あの女の子は必ず此方側――――桜並木を沿って走るのだ。

 僕が言うのもなんだが、季節感の無い方をわざわざ選択する辺り、確実に捻くれ者だろう。僕ほど、とは言わないが。

 所詮「にわか」か、とか、勝手に馬鹿にしてたりもする僕である。失礼な上に余計なお世話も良い所である。

 折り返し。

 ペースを変えず、復路。同じ道だけど、方向が変わるだけで大分景色が違って見える。そんな細かい情緒は実の所持ち合わせていないけれど、そのあたりは感覚でカバーすると言うことで、やっぱり黙々と、僕は走った。

 もう七分、経って。さっきとほとんど変わらない地点で、また、彼女と擦れ違い。

 さらに七分が過ぎる頃に、僕はマンションのエントランスに入るのだった。日課終了。温暖な気候の中、丁度いい感じに汗が滲んでくる。

 シャワーで汗を流しながら、ふと思いついた。

 小学校こそ違ったが、この近所に住んでいるのは間違いないわけで、かの女の子と僕は、中学を同じにしている。

 偶に見かける分には部活に熱心な風でもないようだったし。一応、顔見知りでもあるわけだし。

 五人目候補として、声をかけてみようか。


 *

 かけてみた。

 八時半までに教室にたどり着いていれば出席扱いになる我が校だが、歩いて十分で登校が完了する僕は、七時過ぎには全ての出立準備を終えて、だから七時半ごろには、職員室にいるまだ少ない教師に嫌な顔をされながらも(八時になれば担任が鍵を開けに行く決まりがあって、故にそれより早く登校してくる生徒は手間がかかって鬱陶しがられるのだ)クラスの鍵を受け取り、勿論誰もいない教室に入る。

 電気もつけずに荷物を置いて、欠伸を一つ、それから教室はまた空になった。

 廊下を歩く。一番下駄箱に近い僕のクラスから(三組の前、六組の後ろ側が正面に来る位置にそれぞれ階段があり、前者の方が近い)、一番遠い八組へと。

 遅刻まで一時間あるこの時刻に、酔狂な彼女は登校してきているのだ。

 三年八組、刳生瀬(くるおせ) 葉波(はなみ)

 話したことは一度も無いけど、実の所一年の時は同じクラスだったから、席が隣り合わせになったこともあったりはして。

 名前は覚えている。そりゃあこれだけ個性的な名前、一度聞けば忘れまい。名簿を見た時は唖然としたものだ。

 ともあれ、話したことは無い。席が隣合わせになろうと、それまで毎朝顔を合わせていようと、一度も。

 だから正真正銘、窓際二列目、前から数えて三番目の席に座る彼女に対して口にした言葉が、僕と彼女が初めて交わした会話の皮切りだった。

「おはよう、捻くれ者」

「奇遇だね、わたしも今丁度そんな挨拶を考えてたとこですよ、井岡 三九郎」

 おはよう、捻くれ者。

 と。

 刳生瀬は言った。

 教室前方のドアを開けて、刳生瀬が首だけこちらに向けたタイミングでの挨拶だったにも関わらず、これまで一度も話したことのない僕の名をフルネームで呼んだ上で、彼女はそう返してきた。

 というか、ご挨拶だった。お互いまともな神経じゃない。

 や、僕が仕掛け人だけど。

「ご挨拶も良いとこです、今さらお前に話しかけられるなんて思わないし」

「そういうのをご挨拶とは言わない、予想外ってんだ。つーかいきなりお前呼ばわりかよ」

「ご不満で? なら言いなおします。――今さらお前様に話しかけられるなんて思わないですし」

「君は僕の配偶者か!?」

「やめてください、名誉棄損とセクシュアル・ハラスメントで訴えます」

「ほんとにご挨拶だな!」

「おはよう、捻くれ者」

「僕の眼は正しかった、君は確かに捻くれ者だ!」

 僕ほどではない、との意見は未だ覆しがたいが。僕は僕の捻くれ具合に所謂中二病的な信頼を置いている。あほらし。

 いやさ、ほいさ、しかしこの女、中々面白いじゃないか。僕はこの二年間を幾分か無駄にしてきたらしい。上野や桂ちゃんで手いっぱいだったってのもあるけど。あいつらも一筋縄じゃいかないからなぁ。

「捻くれ者、ね。やっぱりご挨拶ですが、何を根拠にお前はわたしをそんな風に言うんですか?」

「毎朝走ってるだろ。……わざわざ季節外れの方の道を。それを言うなら、なんで君は僕を捻くれ者だと判断するんだよ」

「いえ、今まではちょっと疑ってた程度でしたけど、今確信しました。わざわざ、とか言うのは、それに気付きながら反対を走るのは捻くれっぷりがわかりやすくてカッコ悪いとか思ったからですよね。立派に捻くれてます」

「ほほぅ、言ってくれるじゃないか」

 看破されていた。油断ならねぇ。

「あ、それと井岡 三九郎、最初の一年はわたしが捻くれているからだったと認めますが、それからの数年は、お前の法則に気づいて、鉢合わせを避けた結果です。ぶっちゃけどうでもよかったんだけど、捻くれ者と直接擦れ違うのは嫌なので」

「君絶対僕の事嫌いだろ」

「大嫌いですね」

 同級生の女の子に嫌われてしまった。いや、正しくいわば、嫌われてしまっていた、か。現在完了、なおかつ進行形である。ご挨拶だなぁ。

「それで大嫌いな井岡 三九郎、ランニングを始めてからで言うと通算五年余りの付き合いだけど、今さらお前がわたしに声をかけた理由を聞かせて欲しいです」

「あぁ、そうだった。っていっても、ここまで話した時点で君が首を縦に振る可能性は無きに等しいんだが……」

 大嫌いって明言されたし。ん、まぁ、理由の説明を求められてるのだから、一応説明せざるを得まい。

「じゃあ一つ。知らざぁ言って聞かせやしょう」

「うざい前置きは省いてください」

 うざいって言われた。我ながらそう思うけどさ。

「首を振る……と言うと、何か依頼でもあったと言うことですか」

「簡単に言うとそうなるね」

「難しく言うと?」

「頼みたい事があったりしなかったりしなかったりしなかったりしなかったりする」

「ややこしいだけです」

「君に頼みがあるのかもしれない」

「まどろっこしいだけです」

「午前七時半に登校してきている唯一無二の男子生徒が同じく早々登校している女子生徒に依頼があって話しかけに来た」

「回りくどいだけですね」

 無駄な応酬だった。いや、簡単に言うとって表現は大概「要点をまとめると」みたいな意味合いで使われることが多いから、難しく言えと言われても判断に困るのだ。状況説明を言葉を増やして試みたわけだが。

「じゃあ君ならどう言うんだよ」

「懇請しに来ました」

「なるほど」

 綺麗な答えだった。何も言い方を難しくする必要は無かったのだ。ううむ、僕の思考回路もまだまだらしい。

「って、そういう話じゃないんだよ。だから、依頼をしに……懇請しに来たわけだけど」

 一息おく。どうやら今度は茶々を入れずに聞いてくれるらしい。捻くれ者らしい引き際だった。この辺りは見事。僕ほどではないが、と付け加えるのも忘れない。

「部活を作ろうと思うんだ」

「へぇ。何部ですか? と言っても、この学校って強制入部規則があるので今さら無い部活があるのか疑問だけど」

 その通りである。野球部やサッカー部等の運動部、手芸部や文藝部なんかの文化部も勿論、中学では珍しいラグビー部や茶道部、ここ数年需要が高騰してきているらしいアニ研など、この学校には相当数の部が存在する。マイナーな部がほとんどではあるが、五人いれば創設出来るのと、顧問の並立が許可されているのと、一度出来た部は廃部されない限り最低部員数が二人以上に下げられるのがあって、何年もかけてかなり広い範囲のジャンルが網羅されているのだ。名ばかりで溜まり場にしている連中もいると聞くが、なんにしろ、有るものがほとんどなのである。

「研究部だよ」

「研究部」

 復唱して、刳生瀬は少しだけ瞼を持ち上げた。訝しげな反応だ。まぁ、化学部も科学部も存在するから、類似部を選べばいいじゃないかと思っているのだろう。

 が。

「……二年前に、廃部になりましたね」

「知ってるのか」

 意外な言葉だった。校内のあらゆる事情に精通している僕を持ってしても、数が有り過ぎて見る気になれなかったホームページの部活動紹介から情報を得た赤坂さんに聞いて、初めて知ったと言うのに。

「知ってます。だってアレの創設者は、わたしの従兄ですから」

「へぇ」

「小学生の頃に一度会ったことがありますが、尋常な人間じゃなかったです。それまでわたしは、捻くれてるなりに自分は少し世俗離れしているような気分でいたんだけど、……身の程をわきまえようと思うくらいには」

「なんだそりゃ」

 余談ですよと言って、刳生瀬は話を打ち切った。彼女の中途半端な捻り具合の要因になったらしい上、僕が赤坂さんとの出会い以外に研究部に興味を持った理由たる脅威的な発明品の作成者で有る可能性も持った人物だ、こちらとしてはもう少し話を聞いてみたいところだったが、どうにもその気は無いようなので諦める。どちらにせよ、その人が作った研究部と僕らが作ろうとしている研究部は別物なのだ。遺物を漁らせては貰うけども。

「それで、井岡 三九郎、お前は研究部を再建するつもりなんですか」

「そのつもりだよ」

「それで、創設メンバーが足りないから、わたしに声をかけたとか、そんな具合ですね」

「そのとおりだよ」

 僕の肯定を受けて、刳生瀬はふむと考え込んだ。「決めた」と、顔を上げる。

 目線が合った。毎朝と同様に。

 まだ朝だけどさ。

「入ります、研究部。さしあたっては今所属してる部を辞めたいんで、面倒だから退部届を貰ってきてください」

「人使い荒いな君」

 これでメンバーがそろったと考えれば安いものだが。……その辺の感情も読んできているのだろう。中々の曲者じゃないか。

「朝のランニングと言い、正反対なのに変に似ているね、僕らは」

「やめてください、名誉棄損とセクシュアル・ハラスメントで訴えます」

「この場合セクハラはおかしいだろ!」

 名誉を棄損されたのはむしろ僕の方だった。

 どこまでもご挨拶な奴だ。つくづく捻くれていやがる。

 ともあれ。

 顧問さえ立てば、これで晴れて、研究部設立である。

 並立可能である以上、顧問の擁立なんてどうとでもなるし。

 登校次第、朝一番で赤坂さんに良い知らせをしてあげられそうだ。

「あの、わたしはそろそろ朝の無駄思考に浸りたいので教室に帰ったらどうですか?」

「無駄思考とか言うくらいなら素直に邪魔だと言えよ!」

「邪魔なので教室に帰ってください」

「ご挨拶だな!」

「さようなら」

「間違っちゃいないけども!」

 さよならも挨拶だ。

 まぁいいだろう。

「それじゃあまた放課後に来るけど……、そうだ君、今は何部に入ってんの?」

 退部届を貰うにしても、これまた規則で、所属している部の顧問に貰わなければいけないのだ。理由を聞かれて引き止められることもあり、僕のようにまるで言葉も無くあっさり渡されることもあり。

 どうせ刳生瀬は後者だろうけど。

「失礼な男ですね。否定はしないけど」

「なら糾弾もするな」

 失礼とか、言われ損である。こちらも否定はしないけど。

「それで、何部なの?」

 重ねて聞く。

 変に似ている僕ら。

 捻くれ者の僕ら。

 まぁ、予定調和と言いますか。

「天文部です」

「あ、そ」

 似通っているのに逆側な、ひねた二人の出会い。相似オポジットでした。


 刳生瀬とか、またアホな苗字を考えた物だと自分でも想いますが、本編主人公――Kさん(笑)の従妹ってことになると大した違和感も感じられないような。

 創設者がどうとか、九割方の読者諸賢が把握しきっていることと存じますが、その辺は追々。


 それでは。

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