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第9話



「俺にとってお前が大切な存在だからに決まってるだろう!」

と、そう言った時の彼の顔が余りにも深刻だったのに、相馬は真摯なまなざしをまっすぐ受け止めることができなかった。



足を挫いたことで一隊から遅れを取り、その背中が小さくなる中で取り残された二人はしばらく黙ったままお互いの顔を見ていた。そのあとに続く言葉を失った野村と、何を答えたらいいのかわからない相馬。重たい沈黙の時間の流れは、酷く遅い。

すると野村のほうから口を動かした。

「…いや、ごめん、無し。いまの、無し」

目の前で合掌し、頭を下げて謝る野村。先ほどまでの深刻な表情から一変、飄々としたいつもの調子に戻る。

「いやいや、何言ってんのかね、俺…恥ずかしいこと言ったよな。…ほんと、忘れてくれ、頼むから忘れて」

口早に冗談のつもりだったのだ、と茶化すくせに野村は目を合わせようともしない。相馬は思わず

「何の…つもりなんだ」

とつい追及していた。しかし野村は強情に「なんでもないって」と手を振った。そうして振り切るようにもう一度座り込み背中を向けた。

「ほら、乗れよ。もうだいぶ遅れちまった」

「…」

ここで話をやめて有耶無耶にしていいのか相馬は迷った。けれど、野村が言う通り隊からは随分離れてしまった。ここで立ち話はできないし、挫いた足の痛みもまだ残っている。野村の背中に負ぶさる以外の選択肢はなかった。

「…ああ」

野村に導かれるままにもう一度背中に身を任せた。野村はゆっくりと歩き始めたがお喋りなはずなのに固く口を閉じたまま、もう何も言おうともしない。

ずっと親友でいた。いまだって、一番の心を許せる相手だと思っている。

だからこそわかる。

彼が嘘を付いた。誤魔化して、なかったことにして言葉を捨てた。

(俺を…大切だって…?)

好意を持つという意味では同じだ。面と向かっていったことはないが相馬だって野村のことを好きだから、気に入っているからこうして二人で歩んできたのだ。だけれど、彼が言うニュアンスとはきっと違う。

(女を好きになるように…?)

そこでふと思い出す。彼は女や男にこだわりが無く好きになれるのだと。そうしてその時、相馬が「誰かいないのか?」と訊ねたときに、妙に黙り込んだことを。

(まさかあの時から…)

あの時から自分のことをそんな風に見ていたのだろうか。

「相馬」

ひたすら口を閉じていた野村がふと声を発した。もう喋らないものと思っていた相馬の方が驚いた。

「な、なに…」

「…さっきのは無し、だけど…やっぱり俺はお前に死んでほしくない」

そうだ、喧嘩のきっかけはそれだった。相馬は途端に自分の体が強張るのがわかった。

「そんなのは…お前の決めることじゃない」

この命をどう使うかは自分で決める。たとえ野村でも止めることはできない。頑固だと馬鹿にされても、この罪を抱えながら生きるほど自分は強くはない。

助けられなかった近藤局長。

見捨ててしまった沖田先生。

「それにこれは…俺の、本望なんだ」

決して逃げるわけじゃない。罪から逃れたいわけじゃない。ただ、自分が死んでお詫びできるとしたら、それは自分の願いでもあるのだ。

お詫びになればまだいいくらいなのだ。

「ごめん」

謝ってほしいわけじゃないのはわかっている。けれどただでさえ不器用な自分は、現実から目を背けるほど器用じゃない。

すると相馬の固い決意を感じたのか野村はもう何も言わずただただ相馬を背負い、歩む足を早めた。

やがて離れていた本隊の姿が見えた。丁度休憩をとっていたようで追い付きそうだ。

そんな時にぽつりと野村が言った。

「お前は…俺の、半身なんだよ」

何故か。

何故かその言葉が、一番、相馬の決心を揺るがせた。




仙台で新撰組に合流したのはそれから数日後のことだった。

「野村、相馬!」

会津藩の降伏、奥羽越列藩同盟の瓦解を経て主君と戦場を無くした兵士たちが、続々と仙台の榎本武揚の元へ集まっていた。新選組も合流しているのだと噂で聞き、野村と相馬が探し回ると、皆より頭一つ出た姿を見つけることができた。伍長で古参隊士である島田だ。

長身で大きな手を振りながらかけてきた島田は、嬉しそうに顔をほころばせていた。

「無事か!」

野村と相馬の肩を叩きながら破顔する。

「島田さんもご無事で何よりです…!」

流山で別れて以来の再会だが、島田は特に変わっていない。見たところ怪我も無さそうで、新撰組は無事なのだとすぐに分かった。

「良く合流できたな。斉藤先生から彰義隊に合流するように勧めたとのことは聞いていたのだが…」

「そうです。偶然お会いして…そうだ、斉藤先生にお礼を申し上げなければ」

彰義隊に合流できなければ、あのまま路頭に迷いここまでたどり着くことはできなかった。斉藤を探して相馬が辺りを見渡す。

しかし斉藤の姿はなく島田も顔色を曇らせた。まさか、と最悪の事態を想像したが

「斉藤先生は会津に残られた」

と島田が切り出した。

「もともと会津に所縁のある御方だ。戦況が悪くなり次なる転戦を求めて離脱するべしと会津公からはご命令をいただいたが…斉藤先生らはそのまま残られた。おそらく籠城されただろう」

「そうですか…籠城を…」

会津が降伏したことは知っているだろう。だから安否はわからないが

「斉藤先生なら大丈夫だろ」

と野村が気楽なことを言ったので、何だかそんな気分になった。島田はそんな野村を「相変わらずだな」と微笑ましく受け止める。

(やはり…)

野村には新撰組が必要で、また底抜けの明るさと前向きさは新撰組に必要だ。相馬は決して卑屈になっているのではなく、ただ単純にそう思う。

「まあ、とにかく皆に顔を見せてやろう」

島田が「こっちだ」と二人を先導する。野村はそのあとに続いたが、相馬は

「…土方副長は、どちらへ?」

と訊ねた。野村は眉間に皺を寄せた。事情を知らない島田はあっさりと土方の居所を明かした。

「土方副長はただ今、軍議中だ。そろそろ戻ってこられるだろう」

「そうですか…」

「そんな顔をしなくても、すぐに会えるさ」

いったいどんな顔をしていたのだろうか。

死ぬことを意識して、強張っていないだろうか…?

島田が相馬の肩を叩いて「ほら」と二人を急かす。野村は苦虫を噛み潰したような顔をして、でも何も言わずに島田のあとに続いた。




歴史を基にしたオリジナル小説です。

手持ちの資料等参考にしておりますが、どの説が正しいかよりもどの説が面白いのかを優先して作品に取り入れています。細かな部分で史実と違う部分もあると思いますが、お手柔らかにお願いします。

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