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第7話



鼓膜を揺らす爆発音。生暖かい風。遠くで聞こえる悲鳴に、騒がしい足音。

草むらの頼りない壁に息を潜めて敵を待ち、油断できない緊迫感のなかで瞬きもできずにいる。

「…もう、刀を振り回しているようじゃ、いけねえな」

そんな静まり返ったなかでポツリとつぶやいたのは、予想外なことに土方副長だった。いち早く着物を脱ぎ棄て洋装に着替えた彼には不似合いともいえる刀を握りしめている。

「な…何をおっしゃいますか…」

すぐそばで待機を命じられていた相馬は、声を潜めつつ唖然と問い返した。今まで誰よりも武士道にこだわり続け、誰よりも敵を憎み、ここまで戦ってきた彼がそんな弱音を言うなんて相馬には信じられなかった。

けれど悲壮な相馬とは違って、土方副長はこんな状況であっても爽やかに言う。

「次の戦までに銃の遣い方を覚えておかねえといけねえ」

冗談めかして言う姿はむしろ憑き物が落ちたかのようだ。

確かに思い知った。伏見奉行所で大敗し多くの仲間を失い、その後も負け続けこんな場所まで逃れてきた。けれどだからといって、刀は銃に負けるなんて事実をあっさりと受け入れてしまった彼の姿に相馬はぎゅっと唇を噛みしめた。耐えようとしたものの、怒りと憤りと悔しさと悲しみが込み上げて、堪えきれずに

「…そんなこと、聞きたくありませんでした…!」

と意見した。土方副長に意見するなんて初めてのことだ。

「俺たちは武士です、刀を捨てるなんて選択はありません!」

「おい、相馬!」

近くに居た島田が大声を上げて反抗する相馬を諌める。敵に囲まれたこの状況で居場所を知られるのは自殺行為に近い。相馬は我に返り「すみません」と謝ったが憤った己の気持ちは収まらない。そしてこんな時に限って心情を分かり合える野村はいない。

(俺たちは本物の武士だ…!)

この戦が始まる前、確かに幕府に取り立てられて本物の武士になった。肩を抱き合って仲間と喜び祝い、誰よりも涙を流して喜んでいたのは近藤ら創設期のメンバーだ。農民の子に生まれた彼らが刀の腕だけでここまで上り詰めたなんて、今まででは全く前例のないことだった。

あの喜びを捨て去ることはできない。

「相馬、この戦…勝てると思うか?」

激昂する相馬に土方は穏やかに訊ねた。しかしその答えを述べるのは容易ではない。皆、わかっていて、わかっていないふりをしているのだ。

「……」

相馬は黙り込んだ。だが「言え」と土方に促されて渋々、

「…負ける、と思います…」

と答えた。

薩長連合の武器装備や技術はこちらと次元が違う。為す術もなくただただ撃たれて死んでいく味方を見て、とても「勝てる」とは思えなかった。すると土方は副長は「そうだよな」と同意した。

「たぶんそうだ。この戦では勝てない。生き延びることができれば、まだマシなくらいだ」

「……」

相馬は頭を抱えた。近藤局長が離脱したため、新撰組の長は土方副長だ。その彼がそんなことを言えば士気は下がり益々負け戦となる。控えている島田も顔色を悪くした。

だが、土方副長は構わず続けた。

「だが、次は勝つ」

「え…」

その力強い言葉が、相馬には幻聴に聞こえた。抱えていた頭を上げて土方副長の表情を見ると彼は全く絶望していなかった。むしろその目は目の前の惨状ではなく、明日の戦を見据えていた。

「今日は負けたとしても…勝ち続ける明日の為に、生き延びてやる」

野心に満ちた瞳は「新撰組の鬼副長」のそれに違いない。

そうだ。

目の前のつまらないことに囚われている限り、ここで足踏みしているだけだ。今日負けたとしても明日勝ち続ける。刀を捨てて銃をとったとしても、この心に在りつづける魂は消えるわけではない。

きっとこの人は、己の侍としての誇りを証明するために戦い続けるのだ。

その凛々しい横顔に一筋の希望を感じた。明日への道筋を改めて確認することができた。


しかし風が吹いた。生暖かい風が、草むらを揺らし、目の前の現実を突きつける。

着物を脱ぎ棄てて、とっくの昔に洋装に身を包んだ敵が足並みをそろえてこちらに迫る。

その手に錦の御旗を掲げて。

お前たちが賊軍だと蔑みながら。

後に鳥羽・伏見の戦いと称されるこの戦はただただ己の弱さを実感する、負け戦となった。



上野の戦は、まるであの日を繰り返したかのようだった。

野村と相馬は千駄ヶ谷を抜け出し、無事に上野に集結する彰義隊に合流した。新政府軍に抵抗する彰義隊に加わり、ゆくゆくは新撰組との合流を目指すはずだった。

だが、その思惑は外れてしまった。彰義隊は江戸城無血開城に納得しない強硬派による抵抗であったが、戦が始まるやいなや期待に反して敗戦を続けた。開戦してすぐに四方を囲まれ、新式のスナイドル銃、アームストロング砲や四斤山砲による最新式の武器による砲撃に為すすべもなく、たった一日で彰義隊は壊滅してしまった。ほとんどの者が殺され、この後明治の時代になっても厳しい罰を受けることとなる。

ただ一部の生き残りは根岸方面より脱走し、いまだ抵抗を続ける東国諸藩…奥羽越列藩同盟に合流すべく北上した。そのうちの一隊、彰義隊頭池田長裕が率いるなかに、野村と相馬が居た。


「…春日さんとは気が合わねえ」

常盤各地を転戦する頃には季節はすっかり変わり夏になっていた。江戸から逃れ戦を繰り返してきたが、状況は悪化するばかりで勝利の文字は見えない。行き詰ったなかでずっと野村は何も言わず戦い続けていた。なので、そんな風に愚痴を言うのは相馬でさえ初めて聞いた。

「春日隊長か?」

相馬が訊ねると、野村は頷いた。

「整った顔して賢そうだと思ってたけど…やっぱり旗本の出のお坊ちゃんだ。何もかもを順序だてて考えすぎだ」

「…お前は本能で走り出す性格だからな」

相馬がからかうと「うるせえな」と拗ねた顔をして、握り飯を頬張った。

新撰組だということで相馬と野村は小部隊を任された。真面目で人の信頼を得やすい相馬と違って、人当たりは良いが勘と感覚で突っ走る野村は、なかなか苦戦しているようだ。上司に当たる春日から野村はちくちく文句を言われているようで、反りが合わないのは傍から見ても明らかだった。

「ふん。どんな綺麗なやり方でも構わねえけど、それで負けたら話にならねえよ。今までぬくぬくとお勉強に勤しんでいた奴と違って、俺たちはちゃんと死線を潜り抜けてここまでやってきたんだ。戦は学問じゃねえ、勘と判断だ」

「…土方副長みたいなことをいうよな」

相馬は笑った。

土方副長は普段から手習いを欠かさない近藤局長と違って、物事を自分の感覚に沿って判断していた。野生の勘というわけではないが、自分の頭の中で正しい道筋を判断できる…そんな天才だったのかもしれない。

「なあ、相馬」

野村は握り飯を食う手を止めた。先ほどまでの表情を一変させて、深刻な表情で相馬に問うた。

「ずっと聞きたかったんだ。お前…決心は変わらないのか?」

「…」

野村は敢えて曖昧に聞いてきたが相馬にはその意味がすぐにわかった。

相馬をここまで生き延びさせて、戦う選択をさせる原動力。それは土方副長と再会を果たすため。そして、近藤局長を救えなかったことを目の前で詫びるため。切腹という形で、贖うため。

「当たり前だ。俺はいまそのためだけに生きている。それに…沖田先生のこともある」

「沖田先生…?」

「俺は沖田先生を見捨てて逃げてしまった」

野村は顔を歪めた。そして「お前だけのせいじゃねえだろ」と答えた。

千駄ヶ谷から逃げ出してから沖田はどうなったのか知ることはできなかった。もしかしたら上手く切り抜けたのかもしれないし、そうではないのかもしれない。しかしそれを知るすべはなくただ逃げ出したことを後悔し、相馬にとっては罪を積み重ねただけだった。

「俺はお前の様に強くないから…自分を責めることしか、できないんだ」

「相馬…」

「俺にとって死んでお詫びできるなら…それが一番後悔しない道だと思う」

上野から転戦し、ここまでやってきた時間で、その事実を相馬はある程度受け入れた。悟ったと言ってもいい。むしろそれくらいで贖えることができるなら、有難いくらいに。

しかし野村はその歪んだ顔をさらに険しくした。その選択を野村はいままで一度も納得してくれない。

「…相馬、俺はさ…」

躊躇い気味に言いかけたところで

「大変だっ!」

と、兵士の一人が駆け込んできた。つかの間の休憩をとっていた周囲に、その声は大きく響いた。

「何事だ!」

誰かが問う。すると駆け込んできた兵士が青ざめた顔で告げた。

「いま…知らせがあり、会津藩が降伏したそうです…!」

ぽとり、と。

野村が持っていた握り飯を落とした。辺りがしんと静まり返り、口をぽかんと開けたまま呆然とした。そして自分たちが歩んでいる道が、より一層荊の道になるのだと、実感したのだ。





歴史を基にしたオリジナル小説です。

手持ちの資料等参考にしておりますが、どの説が正しいかよりもどの説が面白いのかを優先して作品に取り入れています。細かな部分で史実と違う部分もあると思いますが、お手柔らかにお願いします。

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