表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第4話



ようやく相馬が落ち着きを取り戻した頃には、斉藤が「そろそろ行く」と再び手拭いを頭巾の様にして巻いた。鋭い眼光が隠れて、町人の中に紛れやすくなる。

「土方副長は会津いらっしゃるんですよね…?」

野村が訊ねると斉藤は少し黙り込んだ後に

「お前たちは会津にはいかない方が良い」

と思わぬことを言ったため、野村と相馬は顔を見合わせて驚いた。

「どうしてですか。俺たちは土方副長にご報告しなければならないことが…」

「今の状態から江戸を脱し、単独で会津に行くのは難しい。…上野に立て籠もっている彰義隊という部隊がある。そこに加わり行動を共にした方が良い。確か原田さんも加わっているはずだ」

「原田先生が!」

その名前に野村は歓喜した。鳥羽伏見の戦い以降に袂を分かち、永倉新八とともに新撰組を離れた原田左之助。沖田と同じく、野村は原田にも可愛がられ、その別れの際には「お前も来い」と酷く別れを惜しむほどの仲であった。

「…わかりました。彰義隊に加わり、どうにかして新撰組と合流できる機会を待ちます」

相馬は焦る気持ちを抑えて斉藤の指示に従うことにした。一か月ほど牢に入れられたままの二人には何の情報も伝手もない。そんな道に迷うなかで、斉藤に出会えた奇跡はおそらく何かを暗示しているはずだ…と言い聞かせる。

すると斉藤が

「ここまで来たのなら、千駄ヶ谷へ寄っていけ」

とさらに二人を導いた。

「千駄ヶ谷…?」

「植木屋の平五郎という家に、沖田が匿われている」

その名前に相馬は喉を鳴らした。また、原田との再会に沸いた野村も、その顔色は冴えなかった。

沖田は鳥羽伏見の戦いの後、具合を悪くして戦線を離脱した。とても立っていられる状態ではなく、良くここまで来たと医者を驚かせるほどに重症であったため誰が見てももうその命が長くないことがうかがえた。その沖田は離脱際に

「近藤先生は何があってもお守りしてください」

と何度も何度も隊士たちに懇願した。今まで一番近くで近藤局長を守ってきたのに重要な時に離脱しなければならないという彼の無念さが伝わって、隊士たちは皆、何ともいえない悲痛さを味わった。

(だが…俺が、その約束を破ってしまった)

相馬の胸がドクンと跳ねて、また込み上げる吐き気に気持ち悪さと痛みを感じた。

守れなかった自分が、いったいどの面を下げて沖田に会えるというのか…。

己を甚振るように問いかけるが、また痛みしか生まれない。

「相馬」

名を呼ばれ、野村の手のひらがまた肩に触れた。何故だろうか、牢を出てからそれだけの仕草で酷く心が落ち着く。まるで悲しみを、悔しさを、痛みを分かち合ってくれるかのように感じる。

「もう沖田は長くはない」

斉藤は一切の感情を見せずにきっぱりとそう言った。わかっていたことをしかし他人に口から聞くと一層現実味があった。

「会って行ってやれ」

「……はい」

答えに詰まり返事ができなかった相馬の代わりに、野村が答える。すると斉藤は頷き返して二人に背中を向けた。

「また会おう」

振り向きもせずにそう言うと、斉藤は去って行った。



斉藤の導きのままに、二人はどうにか千駄ヶ谷へやってきた。相馬としては気がすすまない気持ちももちろんあったが、あっておけばよかったと後悔するのは嫌だ、と己を奮い立たせた。官軍の目は厳しく、何度も身の危険を感じたがどうにかたどり着くことができた。

「植木屋…か」

物陰に隠れて周りを窺う。土地勘の全くない二人にはどこがどの道に繋がっているのかさっぱりわからない。ましてや『植木屋平五郎』なんて思い当たる場所もない。

「誰かに訊ねたほうがいいのか?」

「そうだが…」

相馬は迷う。訊ねる相手によってはリスクを伴う。ここでつかまってしまえば、本来の目的さえ果たせないのだ。しかしせっかちな野村は待ちきれないようで

「こんな場所で屯っているほうがよっぽど怪しいだろ」

と勝手に判断して道に飛び出した。「おい」と相馬は止めようとしたが、既に遅く、野村は若い娘に声をかけていた。

「娘さん。ちょっとお尋ねしてもいいかい」

できるだけ警戒されないようにと野村は明るく振る舞うが、声を掛けられた娘は警戒して少し後ずさった。まだ二十歳にもならない少女のようなあどけなさがある娘だ。野村がどれだけ繕っても、官軍と賊軍が入り乱れ、治安の悪くなった江戸城下ではとても警戒心を解くことはできないだろう。

(大声でも出されたら拙い…)

不安げに見守る相馬とは裏腹に野村は笑顔を崩さずに

「道を聞きたいんだ。植木屋平五郎っていう…」

家は知っているかい?と訊ねようとしたのだろうが、それは最後までつながらなかった。若い娘が「はっ」と何かに気が付いたようにして驚くと、咄嗟に野村の手を取ったのだ。

「え?ちょっ…」

予想もできない展開に驚く野村は、娘に手を引かれるままに歩き出す。

「野村…!」

相馬は周囲を窺いつつも道に飛び出して若い娘と野村の後を追った。

強引に野村を連れ出した娘だが、しかしそれは二軒先の家までだった。裏口らしい扉を開けると野村の背中を押して中に入れた。さらに追ってきた相馬を見るや、きっときつく睨んでくる。

「…早く入って!」

小声だが、娘に強い口調で命令された。相馬は戸惑ったが、野村が家の中に入った以上、己もそうせざるを得ない。それに騒ぎに気付かれる方が厄介だと判断し、促されるままに中に入った。

娘は相馬をなかにいれると裏口の扉の錠を閉ざす。そして驚いたことに懐から短刀を取り出した。

「おい…」

「冗談だろう?」

娘の持つ短刀の刃先は、もちろん相馬と野村に向いていた。娘は愛らしい顔つきからは想像もできないほど強い瞳で睨み、

「…あなたたち、何者なの…!」

と厳しい口調で糾した。

「何者って…」

町娘とはいえ、自分たちは賊軍として扱われる罪人でもちろん正体を明かすわけにはいかず娘の質問の返答を野村と相馬は顔を見合わせて思案するが、良い言葉が思いつかない。戸惑ったまま、野村が苦し紛れに言ったのは、

「怪しい者じゃない…」

というどう見ても信じてもらえない一言だった。

すると案の定娘は

「嘘!」

と益々訝しくこちらを睨み付け、野村の喉元に刃先を向けた。

「植木屋平五郎に何の用事なの!」

娘は物怖じする様子もなく野村を問いただす。助けを求めるように、野村の目線がちらりと相馬へ向けられた。しかしここまで警戒する姿を見て、相馬は逆に確信した。

「…娘さん。もしかして、植木屋平五郎に所縁が…?」

「……」

娘は否定も肯定もしない。ただ少し迷い目を泳がせた。相馬はおそらく間違いない、と踏み

「俺は新撰組の相馬という」

あっさりとその正体を明かした。野村は「おい」と驚いたような顔をしたが相馬が「この男は野村という隊士だ」と続けざまに紹介したので、もう後には引けなくなった。

娘は目を丸くしてしかし短刀を持った手を降ろした。きつく睨み付けていた瞳もすこし和らぐ。

「…本当に?」

娘が年相応の物言いになる。相馬は優しく「そうだ」と答えると、

「ごめんなさい」

短刀をそそくさと仕舞いつつ、娘は謝った。

「いや、こちらこそ驚かせてすまない。この馬鹿が勘違いさせてしまって」

「馬鹿って…」

相馬の物言いに、野村は何か言いたげだったが、相馬は無視して続けた。

「もうわかると思うんだが、俺たちは植木屋平五郎さん宅に匿われている沖田先生に会いに来たんだ。良ければ道案内を…」

「ここよ」

「え?」

「ここが植木屋平五郎の家。沖田さんが養生しているのは離れ」

今度驚くのは相馬と野村のほうだった。どうやら幸運なことに植木屋平五郎所縁のものに出会い、目的地まで案内してもらっていたようだ。余計な手間と危険が省けたのは有難いことでもあった。

「じゃあさっそく会わせてくれよ」

やはりせっかちな野村が頼むが娘は顔を曇らせた。その表情から色よい返事は期待できない。

「…もしかして、そんなに具合が悪いのだろうか…?」

余計なことを話さない斉藤でさえ「もう長くない」と言っていた。その様子からも悪い予感しかできなかったが、娘の表情を見るとそれが間違いないのだとより一層確信する。娘は逡巡しつつも

「それは…そうですが、それよりも…」

「それよりも?」

野村が促すと娘は視線を外し、しかしまた強いまなざしで二人を見つめた。

「近藤先生のことは、絶対に伝えないでください」

「え?」

「お亡くなりになったのは…町中の噂です。皆知っています。でも、どうにか隠しているんです」

それまで厳しいまなざしを向けていた娘の瞳が、少しだけ揺れた。

「…毎日、毎日…お聞きになるんです。近藤先生はお元気なのか、ご活躍なのかって…それが唯一、沖田さんの生きる糧になっているんです。それを奪ってしまったらきっと…」

きっと、生きる気力さえ失ってしまう。娘はそう口にするのを恐れてそれ以上は言わなかった。

相馬は唇を噛んだ。今まで感じていた罪の意識が、さらに深く刻まれるようだ。

おそらく噂の的になっているであろう近藤の斬首は、面白おかしく世間に伝わっている。平五郎の家人は沖田にそれを伝えまいと必死になっている。

そして沖田はと言えば師匠の無事を願いまだ生きなければと自分を奮い立たせている。

(…俺は罪深い…)

ここから逃げ出してしまいたいという我儘を、どうにか堪える。

しかしそうしているうちに

「騒がしいと思ったら、懐かしい顔ですね」

と穏やかな声が背後から聞こえた。

相馬と野村が振り向くと、そこには口元を綻ばせて二人を出迎える、かつての鬼の姿があったのだった。






歴史を基にしたオリジナル小説です。

手持ちの資料等参考にしておりますが、どの説が正しいかよりもどの説が面白いのかを優先して作品に取り入れています。細かな部分で史実と違う部分もあると思いますが、お手柔らかにお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ