蟻の森
女剣士ウィリアと治癒師ジェンは旅を続ける。
ウィリアの目的は剣士「黒水晶」を倒すことだが、相手はあまりにも強大だった。
今のままでは勝つことはできない。ジェンの師匠である森の魔女ホーミーの占いでは、三人の人物に会いに行くようにとのことだった。そのうちの一人、木こりのランバ氏に会うため、ノルカ村への道を進んでいる。
その日、二人の間にちょっとした意見の相違があって、口論をした。ウィリアは怒った表情で、ジェンは悔恨の表情で歩いていた。
途中に森があった。
魔物も出る森だという。ウィリアは修行のため、行く先々で魔物狩りを行っている。
ジェンが言った。
「ウィリア、僕は薬草を採ってるから」
「……」
返事をしないまま、ウィリアは森の中へ歩き出して、魔物狩りを始めた。
スライムなどがいるようだ。ウィリアは無言で剣を振るった。
ジェンは薬草採集を始めた。ため息が出た。
「昨夜の行動は、まちがいだっただろうか……」
あたりまえだ。
ジェンは薬草を採っている。ウィリアは魔物を狩っている。
ジェンの意識はどうしてもウィリアの方に向かう。
彼女は、森の中の少し開けたところにいる。その辺にいるスライムを倒しているようだ。
まだ怒っているだろうか……。
何か変な音がした。
剣を振る気配が消えた。
「?」
ジェンはいやな予感がした。
「ウィリア……?」
彼女のいたあたりに行ってみた。
誰もいない。
急に消えた?
愛想をつかして、逃げたのだろうか? とちょっと思ったが、さすがにそれはないと考え直した。
「ウィリアーっ!!」
大声を出して呼んでみた。
あたりを見回す。
「……さん……ジェンさん……」
かすかな声が聞こえた。
声のした方角へ行ってみる。
穴があった。
地面に、深そうな穴がある。周囲が崩れていた。
「なんだ? これは?」
フチに立って、中を見た。
中には横方向にも穴が空いていた。
そこから、何かが見えた。
アリ。犬ほどもある大きさのアリが顔を出していた。
「魔物化したアリか!?」
土の下に巨大アリが巣を掘っていて、その上をウィリアが通り、穴が空いて落ちてしまったようだ。
すぐ助けに、と思ったが、思いとどまった。
「下は、たぶん暗い……」
周囲が見えなくては危険すぎる。カリゴーク洞窟で使った頭につけるランプを持ってこようと、荷物の所に走った。
そのとき、地面が崩れた。
「わーっ!!」
ジェンまで落ちてしまった。
地面が崩れて、下についたと思ったらまた崩れて、何回か繰り返してようやく止まった。
「うう……」
衝撃は受けたが、ケガはしていないようだ。
周囲は暗い。
上の方にわずかな光が見える。落ちてきた穴だ。
何かの気配がした。
〈キシシ……〉
硬い物がこすれる音がする。
それがこちらへ向かってきた。
ジェンは風魔法を放った。
それに当たり、音はしなくなった。
見えてはいないがアリである。巣の中に入った異物を排除するつもりだろう。
「ウィリアが危ない……!」
ジェンはまた声を出してみた。
「ウィリア―っ!!」
声が帰ってきた。
「ジェンさん……!」
さいわい、位置的には近くのようだ。手探りすり足で、声のする方向へ進んでいく。
「ウィリア!」
「ジェンさん!」
声が大きくなってくる。
しかし、ウィリアは何かと戦っているようだ。
剣を振る気配がする。アリと戦っているのだ。
剣を振っているところに近づくのは危険すぎる。ウィリアがアリを退治するまで、少し待った。
「はあ、はあ……」
周囲のを退治したようだ。
ジェンが近づく。
「ウィリア!」
「ジェンさん! 来てくれたのですね……」
「来たというか、僕も落ちちゃった……。なんとか脱出しないと……」
「そうですね。はあ、はあ……。出る方法を考えましょう」
ジェンはウィリアの方に注意を集中した。
ウィリアの生気が若干乱れている。
「ウィリア、ケガしてない?」
「足を何箇所か噛まれまして……」
「ちょっと見せて」
暗闇の中、ウィリアの方に手を伸ばす。金属に当たった。鎧だ。鎧の隙間に手を差し入れた。
「ちょっと!! どこ触ってるんですか!!」
「あ、これ、お尻か。ごめん。足は、こっちだな……。血が出てるな……」
治癒魔法をかけて、ケガしたところは回復した。
しかし、ここはアリの巣の中である。こすれるような音がまた近づいてきた。二人の周囲に集まってきている。
ウィリアは剣を持っているが、暗闇の中で振り回すと、下手するとジェンが斬られてしまう。
「ウィリア、手をつなぎながら戦おう。僕はこっちから来るのを風で倒す。君はそっちからのを……」
「わかりました」
アリの群れが二人を襲う。よく見えないまま、ジェンとウィリアはそれぞれの方向から来るアリを倒した。
「ふう……」
ジェンが大きなためいきをついた。
再度、群れが襲ってくる。二人でまた倒す。
ジェンが言った。
「まずい……。切れそうだ」
「切れる?」
「魔力がですか?」
「ああ」
「昨夜、娼館に行ったのですよね?」
「……ああ」
「やることやったのですよね?」
「ああ、そうだ」
ジェンはそっけなく言った。
「以前と比べて、それほどは魔法を使ってないと思いますが」
「その……ひさしぶりなので、なんだかうまくいかなかった。最大魔力の二割ほどしか回復しなかった」
「そんなことあるのですか?」
「気分とか、体調が関係するから……。あ、また来たな……」
三たび群れが襲ってくる。
なんとか倒した。
「……だめだ。もう、無い」
ジェンの魔力が尽きた。
「……」
横からウィリアの両手が伸びてきた。それはジェンの肩を触り、首を触り、両側の頬をはさんだ。
唇に柔らかい感触がした。
唇と唇がしばらくの間重なって、そして離れた。
「……魔力は、どうですか」
ジェンは自分の魔力を感じ取った。
「ありがとう。かなり、回復した」
「よかったです。ジェンさん。わたしたちは仲間です。できることはなんでもします」
「……ありがとう」
やや目が慣れて、周囲の様子も見えるようになった。断続的にアリが襲ってくる。それを倒す。
「きりがありません。ジェンさん、魔法剣を使います。風魔法をください」
「魔法剣……?」
ウィリアの剣に風魔法をまとわせた。
ウィリアが剣に念を込める。
「……はっ!!」
斜め上方に魔法剣を放った。
アリの巣が崩れた。
土砂が落ちてくる。砂だらけになったが、なんとか埋まらずに済んだ。
地上までの坂ができた。
「出ましょう!」
「ああ!」
二人は坂を登ろうとした。
しかし、もろい土でできた坂である。登ろうとすると、足下がくずれて後退してしまう。
そのうちアリも寄ってきて、二人を攻撃する。それを倒す。足下が崩れて後退する。
「ジェンさん、背中を押す風はできませんか?」
「そうか!」
ジェンは風魔法で、二人の背中にちょうど当たるような風を起こした。
なんとか駆け上がる。
地上に出た。
また落ちてしまわないよう、足下の地面を確かめながら森の中を進んだ。
ようやく森から出ることができた。
森から出ると野原だった。一面、コスモスが咲いている。
疲れ切ったジェンは野原に寝転んだ。
「はあ、はあ……」
大の字になって、休息を取る。
ウィリアもその横に寝転んだ。
ウィリアは手を伸ばして、大の字になっているジェンの手を握った。
ジェンの手に、ウィリアの手の温かさが伝わった。
「……」
二人はそのまま、しばらく横になっていた。