魔女の森(5)
ウィリアとジェンは街道を進む。目的地は、森の魔女さまの占いで出た、会うべき人物の一人ランバ氏がいるノルカ村である。
ジェンはランバ氏に会ったことがあるという。王城親衛隊で稽古したときのことで、親衛隊でも上位の剣士で、魔法剣の達人と言われていた。
「ジェンさんは、ランバ氏と手合わせをしたことはあるのですか?」
「ない。さすがに親衛隊の上位ともなると、格が違うというか、簡単に手合わせをお願いしますなどとも言えない。ただ、噂では、魔法剣の達人ということだった」
「魔法使いの方が側にいらっしゃるのですか?」
「いや、一人で魔法剣を出すということだった」
「じゃあ、魔法も使えると?」
「それが、聞いた話では、いわゆる魔法は使えないんだけど、魔法剣は使えるらしい。希にそういう人がいるということだ」
「……それは、強力そうですね」
ウィリアはそう言ったが、思い出して暗い顔になった。
「ですが、魔法剣でも、黒水晶には効きません……。魔法剣で奴の指を斬ることができましたが、すぐに再生されてしまいました……」
「ん……? 再生?」
「はい。指がすぐに盛り上がって、たちまち元のように……」
「いや、それは、効いている」
「え? でも……」
「体を再生するためには、その分の物質やエネルギーが必要だ。仮にすぐに再生されるとしても、それを何回も、何百回も、何千回も……くりかえしていけば、再生するための資源が枯渇するかもしれない。斬られたものがくっついて元のようになるのとは、その点で違う」
「うーん……。そうかもしれませんが、奴のエネルギーは、容易に尽きるとは思えません」
「それでも、わずかであっても、前進だ。君は黒水晶を傷つけた唯一の人間だ。自信を持っていいと思う」
「……そうですね。後ろ向きに考えては、何も進みませんね」
黒水晶に痛めつけられてからウィリアの表情は暗かったが、わずかながら眼の輝きを取り戻した。
ノルカ村へ進む一方で、魔物狩りでの修行も行う。
山を抜ける道が分かれていて、一方に看板が立てられていた。
〈魔物・魔鳥大量発生 通行禁止〉
二人は禁止された方の道を行く。魔物こそ探しているものである。
断崖の道だった。右は岩壁、左は崖になる。慎重に進む。
鳥が襲ってきた。
ウィリアが斬る。それは崖下に落ちていった。
背後からも襲ってくる。ジェンが風魔法で倒した。
何匹も襲ってきた。
崖に巣を作るツバメが魔物化したものらしい。上からも下からも、多数が二人を襲ってくる。
「ウィリア、僕は上を狙う! 君は下からのを斬って!」
「はい!」
上から襲ってくる鳥をジェンが風魔法で倒す。一方、崖の下から襲ってくるものは、ウィリアが剣で斬り落とした。
次々と襲ってくる。二人はそれらを倒した。
一瞬、攻撃の間が空く瞬間があった。
「ウィリア!」
ジェンがウィリアの剣に風魔法をまとわせた。
魔法を受け取り、ウィリアが剣に念を込める。
次の大群が襲いかかってきた。
ウィリアは魔鳥の大群に、魔法剣を放った。風の力を得た魔法剣は大きく拡散し、魔鳥の大群を一瞬で倒した。
そのすきに、二人は崖の道を急いで渡った。
次の村に着いた。比較的大きい村である。
二人は宿で一室を取った。
食堂で夕食を取り、部屋に入る。
ウィリアは鎧を外す。ジェンは荷物を置いてマントを取った。
「魔力をかなり使った。ウィリア、今夜は手をつないで……」
ジェンはウィリアに振り向いた。
そして驚いた。ウィリアは、鎧を外して、さらに鎧の下の服も脱いで、下着姿になっていた。
ウィリアが恥ずかしそうに言った。
「あ、あの、ジェンさん、ホーミー様に、手をつないで寝るだけなんて半端なことをするなと叱られました。我慢させてすみません。どうか遠慮せずに、抱いてください……」
ウィリアの下着姿を前にして、ジェンは固まっていた。
ウィリアは胸当ても取ろうとした。谷間が現れる。
ジェンは早口で言った。
「あ、いや、いいんだ! あの、村に娼館があるみたいだから、そっちでやってくるから! じゃ!」
「え?」
ジェンは財布を持って、あわてて部屋を出て行った。
「……」
ウィリアはその夜、きわめて納得できない気分のまま、一人ベッドで寝たのであった。
翌朝、宿の朝食が出る。
ウィリアは一人で食べていた。
そこにジェンが帰ってきた。
「や、やあ、おはよう」
「……」
ウィリアは険しい顔つきのまま、返事を返さなかった。
ゲントは斜め向かいに座って、おずおずと朝食を食べた。
宿を出るときにも、ウィリアは何も言わなかった。自分の用意だけをさっさと済ませて、外に出た。
ジェンが荷物をまとめて後に続く。
二人は街道を歩いた。無言のままだった。
ウィリアはずっと、機嫌の悪そうな顔をしていた。
無言のまま歩く。
しばらくして、ウィリアが口を開いた。
「……昨夜は、お楽しみだったのでしょうね」
「……あ、ああ」
「それはよかったです」
「ウィリア、怒ってる?」
「怒ってなんかいません」
絶対に怒ってる。
「ジェンさんが楽しめたなら、何よりです。まあ、わたしなんかより、娼館の美人の方が、ずっといいでしょうからね」
「……」
少し間が空いた。ジェンが言った。
「……ウィリア、それは、違う」
「?」
「正直に言おう。僕は君を抱きたい。抱きたくてたまらない。どんな女性よりもずっと、君を抱きたい」
「え……?」
「だけど……嫌がられてまで抱きたくはない」
ウィリアは振り返って言った。
「嫌がってなんかいません。いいって言ってるんです」
「だけど、夫婦でも恋人でもない関係で、交わるのはよくないって言っただろう?」
「たしかに言いましたが、それがどのくらい負担なのかを知りませんでした。ホーミー様に諭されて、失礼なことだとわかったのです。あなたを苦しめたくはありません。気にせずに、抱いてください」
「いや、君の倫理観を無視してまで、抱こうとは思わない」
「つらい思いをさせたくありません。抱いてください」
「いや、いいよ」
「あなたも頑固ですね」
「君だって」
「わたしがいいって言ってるのです」
ジェンがウィリアを見つめて言った。
「ウィリア、きみ、抱かれたいの?」
そう言われて、ウィリアは赤くなった。
「抱かれたくなんか、ありません!!」
「じゃ、いいよね」
「ええ! いいです!」
ウィリアはぷりぷりと怒った顔で、また無言で歩いた。
一方、言い分を通した方のジェンはなぜか、うなだれていた。人生において過ちを犯した罪人のような、後悔と絶望の表情だった。
ウィリアは怒ったまま、ジェンは絶望したまま、街道を進み続けた。
――だが――。
暗い場所から、その様子を見つめていた者がいることを、そのときの二人は知る由もなかった。
暗い部屋。
カーテンが閉まっている。
水晶玉が輝いている。その中には、ウィリアとジェンの姿が映し出されていた。
それをじっと見つめる女性がいた。
「まったくもう……。あのお嬢ちゃんも面倒だけど、ジェンもしょうがないね。据膳を断るなんて……」
横にいたクラインが言った。
「ホーミー様、おやめくださいよ。控えめに言って、悪趣味ですよ」
「あら、かわいい弟子が心配で、見守ってやってるんだから、いいじゃないのよ」
「二人の好きにさせてあげなさいよ。ジェンも別のところで済ませてきたようだから、もういいでしょう」
「あのお嬢ちゃんが乱れる姿を見たかったんだよ! あたしは!」
「やっぱり悪趣味だと思いますよ?」