魔女の森(4)
ジェンがいろいろと仕事をさせられて、魔女の館に二泊した。ウィリアも、何もしなくては申し訳ないと言って仕事を求めた。銀器磨きなどをした。
三日目の朝、朝食を頂いたあと、ジェンが魔女に切り出した。
「ホーミー様、お世話になりました。我々は旅に戻ります」
ウィリアも一緒にお辞儀をした。
「待ちな」
ホーミーは食後のお茶を飲みながら言った。
「ジェン、マキ割り、ペンキ塗り、屋根の掃除、側溝の落ち葉拾い、いろいろご苦労だったね。お嬢ちゃんもね。何もしてあげられないのは悪いし、役に立たなかったと思われちゃ森の魔女の名折れだ。餞別に、あんたらがこれから何をすればいいか、占いをしてあげよう」
「えっ……。ありがとうございます!」
「もっとも本職じゃないのでね。そんなに得意じゃないし、占いで全部が順調に進むかは保証できない。ただ『影響』はあるよ」
「『影響』?」
「占いに従えば、あんたらの旅の結果がなにか変わる。必ずいい方向に向くとも限らないし、ほんのちょっと違うだけということもある。たとえば、単に死ぬ運命だったのが、納得して死ぬ、だけということもある」
ウィリアはまっすぐ見て言った。
「納得して死ぬ……。それで充分です。望んでいることです」
ホーミーは眉をひそめた。
「まったく、武人は鬱陶しいねえ。命を大切にしないで……。まあいいわ。それからお嬢ちゃん、占いで、城に戻った方がいいと出たら、戻るんだよ」
「え……」
「でないと占いをしてあげないよ」
「……わかりました。戻ります」
ウィリアは目をつぶって、顔を下げた。
ホーミーが水晶玉を取り出した。
クラインが部屋のカーテンを閉めた。暗くなる。
ホーミーは水晶玉に念を入れた。
水晶玉が輝き出す。
呪文を唱える。
水晶玉の光がぐるぐると動き出し、様々な形に変化した。
しばらくたつと、それはいくつかの人の形になった。
「ふむ……」
ウィリアはそれを覗き込んだ。
「面白いものが出たね……。『城に帰れ』という結果になるかと思ったけど、違うようだ……」
「……ど、どうなりました?」
ホーミーはジェンとウィリアに言った。
「三人の人影が見える……。三人の人物と会いなさい。それが結果だ」
ジェンが尋ねた。
「その、三人の人物とは?」
「さあ?」
「え? さあって?」
「水晶玉にははっきりとは出てない。とにかく三人の人物だ。会いに行きなさい」
「いや、ホーミー様、ざっくりしすぎでしょ! 三人の人物というだけじゃ、何もわからないですよ!」
「うん……。それもそうだけど……。特定しないとだめ?」
「お願いしますよ!」
「しかたないね……。いちばん面倒なの出ちゃったね。ちょっと待って。クラ、文字盤と、世界地図と、振り子持ってきて」
クラインがそれらを持ってきた。机の上に置く。ホーミーは文字盤の上に振り子を垂らして、念を入れた。
振り子が文字盤の上を揺れる。
「一人目は……ランバ。木こりのようだね」
次に世界地図の上に振り子を垂らして、位置を調べた。
「……北西の山中、ノルカ村にいるようだ」
次に、もう一度水晶玉に念を入れた。
「こんな感じの男だ。見ときな」
水晶玉に、初老の精悍な男が浮かんだ。
「あれ?」
ジェンが怪訝な顔をした。
「見たことあるぞ? えーと……? あ! この人、木こりじゃなくて剣士じゃないですか?」
「いや、振り子では木こりと出てたよ?」
「見覚えがあります。王城親衛隊に練習に行ってたとき、そこのトップクラスの剣士がこの人でした。特に魔法剣にかけては並ぶ者がない達人だとか……」
「じゃ、剣士やめて木こりになったんだろう」
「そんな。王城親衛隊の剣士ですよ?」
「あんただって剣士やめて治癒師になったじゃないか」
「う……」
ジェンは言葉に詰まった。
「まあ、剣士なのか木こりなのかは、会って確かめてみな。じゃ、次……」
文字盤と世界地図で二人目の人物を調べた。
「二人目は……マリガッチヨ。物理学者だ。南部のニコモの街にいるようだ」
三人目の名前を文字盤で調べた。
「お?」
ホーミーが意外そうな顔をした。
「?」
「三人目はね……ランファリ。魔導師だ」
ウィリアもジェンも、その名前には聞き覚えがあった。
「え? ランファリさんって、数十年前、魔王を倒したパーティーにいた方じゃないですか!?」
「よく知ってるね」
「もちろんです。英雄ですから」
「英雄ねえ。ははは」
「また笑いますね? なぜですか?」
「あの子がここにいた頃は、頑固で偏屈で、こいつはものにならないなと思ったんだけどね。それが英雄とはね」
「え? ランファリさんもここで修行を!?」
「そう。十年ばかりいたけどね。頑固で偏屈な上に、手先が不器用で、物覚えが悪くて、なんでこんな弟子を取ったんだろうと思ったが……。なにしろ頑固だからね、あきらめなかった。あんなんでもひとかどの者にはなれるんだね」
「そうですか……。あ、でも、そのパーティーが魔王を倒したのは数十年前のことだから、かなりのお年なんじゃないですか?」
「そうだね。八十は超えてるだろう」
「その方はどこにいるのですか?」
「待っててね……。えーと……」
ホーミーは世界地図の上で振り子を回してみた。
しかし、振り子は、方向の定まらない動きをするだけだった。
「……」
ホーミーは難しい顔をしていた。
「どこにいるのか、わからないね。たぶん、隠蔽の魔法を使ってるんだろう。悪いけど、こいつの居場所はあんたら探して。まあ、有名らしいから、どっかでヒントは得られるだろう」
「わかりました」
「相当な年だから、急がないと死んじまうかもしれないよ」
「は、はい!」
「まあ、こんな三人だ……。一人目と三人目は縁があったようだが……」
横にいたクラインが言った。
「二人目の奴も、この森に来ましたよ」
「え? こんなやつ来たっけ?」
「弟子にしてくれと、土魔法を使う魔法使いが来たことあるでしょう。ホーミー様が占って、伸びしろがないから別の道を進めって言って帰したやつです」
「あー! あれか! そうか。別の道を進めとは言ったけど、そうなってたか。なるほど。何かしらの縁があるやつばっかりだね。とにかく会ってみな。なんかが変わるから。いい方向じゃないかもしれないけどね……」
ホーミーが、マリガッチヨとランファリに手紙を書いてくれた。そしてクラインと一緒に、二人を見送ってくれた。
出発の前に、ホーミーがウィリアに耳打ちした。
「いいね。半端なことするんじゃないよ」
「は、はい、わかりました」
二人はお辞儀をして館を後にした。
「……」
ホーミーは去って行くジェンとウィリアの後ろ姿を見ながら、遠い目をしていた。
「ホーミー様、どうしました?」
「あの子が来た頃を思い出してね……」
ジェンが弟子入りを許され、館に住むことになった当時、困った癖があった。
夜中に「うわああああ!」と叫ぶのだ。
ホーミーが「うるさい!」と叱る。ジェンも謝るのだが、時々くりかえす。直らない。しかたないのでジェンの寝室だけ防音魔法を施すことにした。
ホーミーは何があったか気になって、調べてみた。
「あんたの記憶、見せてもらった」
「……」
「友達が死んで、治癒師になりたいと思ったか。まあ、そんなきっかけでもかまわないけどね……。ただね、あんたの心の底には、別の目的があるようだ」
「え……?」
「ピエト教団の治癒魔法で復活できなかったお友達。別の流派のここならば、もしかしたら生き返すことができるのでは、と思ったかい?」
「……」
「だけど、しばらくやってわかっただろう? そういうことはできない。本格的に死んだ者を生き返すことができるのは、いたとしたら創造神だけだ。それでもあんたは、修行を続けるのかい?」
ジェンは遠い目になって答えた。
「……続けます。僕には、この道しかないのです。立派な治癒師になって働き、生涯を終えようと思っています……」
ホーミーはそのときの様子に、なにか危険なものを感じていた。
「どうもあの子のことは気になるねえ……。あのお嬢ちゃんが助けになってくれればいいんだが……。と言っても、あのお嬢ちゃんも危なっかしい感じだね……。これからあの子ら、どうなるのやら……」