魔女の森(3)
その日は、森の魔女ホーミーの館に泊まった。
翌日ジェンは、弟子なんだから働けと言われて、裏庭でマキ割りをやらされた。
ホーミーとウィリアは、居間でお茶を飲んでいた。
「どう? あの子、一緒に旅してるんでしょ? 迷惑かけてない?」
「いえ。ジェンさんには、助けてもらってばっかりです。わたしが無謀な戦いで死んでも蘇生してもらったり……。ジェンさんはいつも、冷静で思慮深い判断をするので、信頼しています」
「あの子が冷静で思慮深い? あはははは」
ホーミーは笑い出した。
「よく笑いますね? 今度は何がおかしいのですか?」
「あの子が冷静だなんてとんでもない。あのね、あの子がここにいた頃ね……」
ジェンは森の魔女ホーミーの弟子になった。
さいわい彼には治癒師としての潜在能力があった。ホーミーの指導を受けて、治癒魔法が使えるようにはなった。
だが、まだまだ力が足りないので、練習を重ねなければいけない。
ジェンはそのときも、裏庭でマキ割りをやらされていた。
大量のマキが積まれている。冬になるまで、ある程度細かくしておかなければいけない。
ナタで薪を割る。剣術学園で大剣を振り回していたジェンにとっては、なんということのない軽作業だ。
ある程度、マキ割りが進んだ。
座って一息入れた。
ジェンは、ナタを見た。
刃が鈍く光っている。
「……」
指先が、ナタの刃に触れた。
ナタを滑らせる。
「くっ……」
指先が切れた。
切れた指先に、治癒魔法をほどこす。元通りになった。
「ふう……」
位置を変えてやりなおす。指の中ほどを切った。
治癒魔法で治す。
腕を切った。
これも治す。
ズボンの裾をまくり、足を出す。足にナタを振り下ろした。
ナタが骨まで達した。
「ううっ……!」
痛みをこらえながら、治癒魔法をかける。治すことができた。
「はあ、はあ……」
次は、材木の上に左手を置いた。
ナタを振り下ろす。
数本の指が一度に切断された。
「うおお……」
治癒魔法をかける。切断された指がくっついて、元通りになった。
ホーミーは居間にいた。クラインがお茶を入れる。
お菓子の用意をしながら、クラインが言った。
「裏庭で、気が乱れてますなあ……」
ホーミーがお茶を飲みながら言った。
「ああ……。まったく……。紅茶がまずいわ」
「やめさせますか?」
「まあ、練習熱心で感心と言えなくもない。そのままにしときな。あとで裏庭は清めといて」
「わかりました」
ホーミーはお茶を飲んでいた。
「……ん?」
「……?」
ホーミーとクラインは違和感を覚えた。
さっきまで、裏庭から乱れた生気が感じられたが、それが突然なくなった。
二人は裏庭へかけ出した。
「あのバカ、何したんだい!?」
裏庭へ着いてみると、地面の上にジェンの体があった。ナタで腹部を深く切り裂いて、多量の血が流れていた。
「そこまでする人いないよ!」
ジェンはホーミーに助けられ、ベッドに運ばれた。
「すみません」
ジェンは上体を起こし、申し訳なさそうにうなだれていた。
「ご迷惑をおかけしてしまって……」
「迷惑もそうだけどね、あんた、治癒師になるんなら、もっと命を大事にしな! あたしがいなかったら、本当に死んでたよ!」
「申しわけありません」
「練習はしてもいいけどね、せいぜい手足! それから、あたしがいないときは自分の体での練習は禁止! いいね!?」
「……てなことがあってね」
「……」
ウィリアも、ジェンの修行にかける熱意と、その無謀さにちょっと引いた。
「あの子、本質的にバカなんだから、一緒にいるあんたがしっかりしなよ?」
「は、はい」
ホーミーはお茶を飲んだ。ウィリアも飲んだ。茶葉がいいのか、入れるクラインの腕がいいのか、紅茶はおいしかった。
ウィリアは昨日から、左手の小指につけてる指輪が気になった。
「あの、ホーミー様」
「なんだい?」
「この指輪ですけど……。つけたままでいいでしょうか」
「あんただって、それに助けられたんだろう? つけてたらいいじゃないか」
「そうなんですけど、妊娠を防ぐ指輪なんて、してると人に変に思われるんじゃないかと……」
「指輪の効力なんて、あたしくらいでなければ見ただけではわかんないし、物のわかる人は細かいこと言わないから、だいじょうぶ」
「ですけど……」
ウィリアは小指の指輪をぐるぐる回していた。
「あんた、これからも旅を続けるんだろう? 野盗とかに負けて孕まされたら大変じゃないか。あと、オークとかゴブリンにつかまって苗床にされるとか? あいつらだって強い奴はいるよ?」
ウィリアはぞっとして、指輪を回すのをやめた。
「そ、そうですね」
「第一、ジェンと一緒に旅してるんだろう? ないとデキちゃうんじゃないの?」
「あ、それは大丈夫です。最近は手をつないで寝ているので」
「手をつないで寝ている? どういうことだい?」
「あのですね……」
ウィリアはホーミーに、手をつないで一晩寝れば魔力が回復すること、それをジェンが受け入れてくれたことを説明した。
「……で、それ以来、あんたとジェンは同じベッドで? アレもしないで? 手をつなぐだけで寝てんの?」
「ええ、まあ、そうです」
「あんた、鬼か」
ホーミーはウィリアをシビアな目付きで見た。
「お、鬼かって……。たしかに、我慢させてて悪いなとは思ってますけど……。鬼とまで言われるほどひどいことでしょうか?」
「ひどいね。どのくらいひどいかと言うと、砂漠を一ヶ月さまよった餓死寸前の人の前で、飲み食いのパーティーを開くくらいひどいよ」
「そこまで!?」
「そう。そこまで」
「でも、ホーミー様は女でしょう? 男性の感覚がわかるのですか?」
「わかる。あたしも、性別が関係する魔法を研究するときに、たまに生やしたりするからね。男がどんなにヤリたいと思ってるかはわかるよ」
「はあ……」
「だけどそんなに、ジェンとのエッチが嫌かね? 痛かったりするのかい?」
「い、いえ。ジェンさんは優しくて、痛かったり苦しかったりすることはなかったです」
「そうだろう。あの子がここにいた間、女扱いについてはあたしがじっくり指導してやったからね」
ああ、やっぱり森の魔女さまに指導を受けたんだ、と、ウィリアは残念な気分になった。
「とにかく、そんな半端なことはするもんじゃない。一緒に寝るなら、ちゃんとやらせな! かわいい弟子をイ○ポにされちゃたまらない」
「は、はい。わかりました」
「だけどね、あんたも、あの子としばらく旅をしてるんだろう? いい奴じゃないか。見てくれも悪くないし。体まで重ねたのに、好きにならないの? 好みのタイプじゃない?」
「好みじゃないとかではないです。非常に魅力的な人だと思いますが……好きにならないよう努力しています」
「なんでさ」
「だって……。彼とは結婚できません。彼の将来は、二つ考えられます。旅の治癒師として一生を過ごすか、領国に戻って領主になるか……。どちらにしても結婚はできません。仮に私が黒水晶を倒したとしても、国法では領主同士は結婚できない決まりですし……」
「結婚できなくたって、エッチして子供作ることはできるよ」
「それは、だめですよ!」
「なんでだめなのさ」
「だって……だめですよ……」
「だから、なんでさ」
「……」
ホーミーは立ち上がって窓の外を見た。木が茂っていた。
「聞いたことあるかい? 学者の言う話じゃ、この世界にいる生き物は昔はみんな同じだったと。兄弟が別れていくつもの種類になったそうだ」
「はい……」
「人間だって、もともとは他の獣のように、好きになったらくっついて子供を産んでたんだ。それが、倫理だ、法律だ、たしなみだなどと、勝手な決まりを作って自然な心をおしつぶす。いいこととは思えないね」
「……」
「ま、あんたがジェンを好きになるかどうかは、あんたの勝手だ。ただね、手をつなぐだけとか、そういうのはやめなさい。いいね?」
「ハイ」
「だけど本当に好きにならないの? 結婚できないとか、そういうことがなければ好きになった?」
「その……魅力的な男性だとは思うのですが……。だけど、あの人、エッチだし……」
「生物はみんなエッチなの!」