魔女の森(1)
女剣士ウィリアと、治癒師ジェンはともに旅をしていた。
ウィリアの目的は、父を殺し、彼女の純潔を奪った剣士「黒水晶」を倒すことである。それを目指して、命がけの修行を行ってきた。
しかし、旅の途中で、黒水晶と鉢合わせする。その力は圧倒的であり、まったく相手にならなかった。黒水晶の時間制限により逃れることができたが、彼我の力の差は、ウィリアの心に大きな傷を残した。
治癒師ジェンはある提案をした。ジェンの師匠である「森の魔女」の知恵を借りようと。
レドウ修道院から里へ下りて、シュローの街に着いた。比較的大きな街で、王国の機関などもある。交易でも賑わっている。
まず王国の駐屯部隊あてに、レドウ修道院が壊滅した報告を書いた。警備の隙を突いて建物に投げ込む。
「旅の者ですが、レドウ修道院が『黒水晶』によって壊滅したことを報告いたします。先日レドウ修道院に立ち寄ったところ、誰もおらず、不審に思って入ってみると、すべて殺されていました。去って行く黒水晶の姿が見えました……」
ウィリアもジェンも正体を隠して旅しているので、詳しいことは書かなかった。怪文書と思われるかもしれないが、無視することはできないだろうし、確認すれば事実とわかるだろう。
次に市場へ向かう。
ジェンは、きょろきょろとあたりを見回した。
「何を探してるのですか?」
「えーと……。おいしそうな物」
「?」
ジェンは市の外れの店でいくつか薬草を買った。そのとき店主に尋ねた。
「あのね、ここらへんで、ちょっと高級だったり、珍しい食べ物とかお菓子とか、
輸入したものとか、売ってる店ない?」
「それだったら、あのアーケードの中に輸入食品店があるぞ。入って三軒目だったかな」
ジェンとウィリアは教えられた店に行ってみた。
店内は華やかで、高級そうな物が数多く並べられていた。
「いらっしゃいませ。何にいたしましょう」
「あの、目新しいもので、おいしいお菓子とか、そういうのない?」
「目新しいもの、と申しますと、これなんかいかがでしょう」
店主は焦げ茶色の、小さなクルミぐらいの玉を見せてきた。
「最近、海外から輸入が始まった、チョコレートというお菓子です」
「食べていい?」
「これはお高くて……。バラ売りもしますが、ひとつ一ギーンです。よろしいでしょうか?」
横で見ていたウィリアが驚いた。
「え? 一個で一ギーン?」
一ギーンあれば、安い食堂だと一人前の定食が食べられる。
「頂きましょう」
ジェンは一ギーン払ってチョコレートを食べてみた。
「うん……」
更に一ギーン払った。
「ウィリア、食べてみて」
ちょっと苦い。しかし口の中に溶けていって、強い甘さが感じられた。
「はじめての味ですが、おいしいですね」
「悪くない。頂きましょう。その三十個セットのやつください」
「ありがとうございます」
チョコレートの箱をかかえて店を出る。
「それ、どうするんですか?」
「手土産」
王都から北の方角。古い森があった。
森には魔女が住むという。
はるか昔から、人間からは見えない場所で、ひたすら魔法の研究をしているという。攻撃の魔法、治癒の魔法、ともに強大な力を持つらしい。
人々はそれを「森の魔女」と呼んで崇めた。
深い知恵と知識を持っており、昔話では、悩む若者に知恵を授ける存在として描かれている。また、史上「勇者」と言われる者にも、いくたびも指針を与えたという。
そして、彼女の弟子になれば、魔法使いとしても、治癒師としても、ひとかどの者になれると言われている。魔法や治癒術を習う者の多くが弟子入りを切望して森を訪れた。
しかしその性質はきまぐれで、弟子にするかしないかは気分で決めているという。多くの者が森を訪れたが、弟子にしてもらえた者はほんの一握りであった。
彼女が住む森は、正式な名称はあるが、人々はつねに「魔女の森」と言った。獣や魔物も出る森で、半端な力の者は入ることさえできない。
ジェンとウィリアは、その森に向かった。
ジェンはあまり晴れた顔ではなかった。
「正直、君に会わせたくはなかった……」
「森の魔女さまは、厳しい人なのですか?」
「いや、厳しくはない。むしろ、優しい人なんだけど……。まあ、会えばわかる。もうすぐ魔女の森だ。話はよそう」
森の入口には祠があった。野菜や穀物などが供えられていた。
「これは?」
「近くの村人が、森の魔女さまに捧げる供物。このへんまでは魔物も出ないが、もう少し奥に行く。気をつけて」
入っていくと、スライムや、コウモリの魔物など何匹かが襲ってきた。ウィリアが斬る。
森の中、やや開けた場所に出た。
「森の魔女さま……」
ジェンが上を向いて声を出した。
「弟子の、ジェンです。お知恵を借りたくて、参りました……」
返事はなかった。
「どうか、姿をお見せください……」
木々の間を風が渡る音だけがしている。
「前の街で、お菓子を買ってきました。チョコレートというやつで、最近輸入されたそうです。なかなかいけます……」
そのとき、周囲に風が巻き起こった。
風は強くなり、二人を取り囲む竜巻のようになった。その風から霧が吹き出して、周囲がかすんだ。
少しして風が止んだ。霧がゆっくり晴れていく。
すると、目の前に、さっきまでなかった古い館が現れた。
ドアが開いた。
何者かが出てきた。
小さな人だった。背丈は大人の半分ちょっとぐらいだろうか。しかし体つきはごつごつしていて、力はありそうだった。
執事風の服を着ていて、足には脚絆を履いている。髪は灰色で、同じ色の髭を豊かに生やしていた。目つきは鋭く、そして、肌の色は緑だった。
ジェンが彼にお辞儀した。
「クラインさん、お久しぶりです」
「ジェンか。元気そうだな。お会いになると言っている。入れ」
「ありがとうございます。あ、彼女は、同行者のウィリアと言います」
「ウィリアです。よろしくおねがいします」
「ウィリアさんですか。どうぞお入りください」
二人は、クラインと言う小さな男に導かれて、館の中に入った。
ウィリアは、この奇妙な男に、好奇心を抑えられなかった。
「あ、あの……」
「何でしょう」
「失礼かもしれませんが、クラインさんは、その、人間ではないですよね?」
「ええ。私はドワーフです。代々、『森の魔女さま』の召使い兼助手をやっております」
「そうですか……。わたし、亜人の方に会うのは初めてで……」
「エルフとかもそうですが、大体は人間の少ない土地に住んでいますからな。もっとも、『亜人』というくくりは、気にならないでもないですがな」
「あっ! すみません!」
「まあ、地上では人間が圧倒的に多いので、しかたありません。さて、魔女さまは応接室でお待ちです。失礼のないようにお願いします」
クラインは、応接室の前に立った。
「連れてきました」
中から声がした。
「お入り……」