表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/178

レドウ修道会(2)

「黒水晶……!!」

 修道士たちの死体が散らばっている。

 黒鉄の鎧を着込み、黒水晶の面頬をつけた剣士が、その中に立っている。

 父を殺し、討伐隊の仲間を殺し、ウィリアを二度も犯した、不倶戴天の敵。黒水晶の剣士だった。

「……!!」

 ウィリアの頭の中は混乱した。

 殺したい。

 だが一方で、理性が彼女を止めた。

 黒水晶の力は強大だ。いくら修行を重ねた今でも、相手にならない。負ける。負けて殺される。

 黒水晶はウィリアを見た。

 水晶の奥で、眼が光ったような気がした。

 ウィリアは逃げた。

 いまは、黒水晶には勝てない。

 戦ってはいけない。逃げるほかはない。

 黒水晶が追ってきた。音でわかる。

 逃げる。

 だが、奴の方が速い。

 追いつかれる。

 黒水晶の剣が、背後からウィリアの首を狙う。

 見なくても、剣の殺気は感じられる。

 ウィリアは壁を蹴り、横に跳んだ。

 黒水晶の剣が空を切った。

「ほう?」

 黒水晶は意外そうな声を出した。

 ウィリアの体が転がる。

 起き上がる。

 黒水晶がいた。

 こちらを睨んでいる。

 ウィリアも、黒水晶を睨み返した。

 走って逃げることは不可能だ。

 剣を構える。

 黒水晶が口を開いた。

「……フォルティスの、娘だな?」

「……」

「やはり妊娠はしなかったようだな。……忘れたか? 三回目はないと言っていたはずだ」

 ウィリアは眼に力を入れて、黒水晶を見た。

 黒水晶はウィリアに左手を突き出した。

 左手に念を込める。

 麻痺の妖術だ。

 しかし、麻痺よけの効果を肉体化しているウィリアには効かなかった。

 黒水晶は意外という口調で言った。

「麻痺よけを肉体化していたか。それに前に会ったときより、だいぶ腕を上げたようだ。たいしたものだ。だがな……」

 黒水晶は、持っていた剣をなぜか鞘にしまった。

 次の瞬間、ありえないほど高速に動いて、拳でウィリアの腹部を殴った。

「ぐふっ!!」

 ウィリアの体が大きく飛んで、通路に転がった。

 黒水晶は倒れたウィリアを足蹴にした。脇腹にあたり、肋骨の折れる感触がした。

 黒水晶は、ウィリアの胸ぐらをつかみ、持ち上げた。

「わかっているんだろう? 俺の強さは? その程度の腕では、まったく相手にならないということが」

 ウィリアはまだ剣を握っていた。

 黒水晶を突こうとした。

 だがその寸前に、黒水晶はその腕を握り上げた。

 骨の折れる音がした。

「うあっ!」

 黒水晶はもう一度ウィリアを蹴飛ばした。体が転がる。

「報告は受けている。フェリク、タイガ、そしてギネオンもか? 部下をやってくれたようだな。本当にたいしたものだ。お前は偉いな。父の仇をとるためにすべてを捨てたのだろう? しかし……」

 さらに蹴った。

「俺はそういう奴を、何人も倒してきた。父の仇、母の仇、主君の仇などとほざきながら、向かってきた奴をすべて殺した。わかるか? 恨みだろうが、執念だろうが関係ない。強い者が勝って、弱い者は死ぬんだ」

 もう一度大きく蹴った。体が遠くに飛ばされた。

「……」

 黒水晶が近づいてくる。

 ウィリアは、左手で懐を探し、ジェンからもらった魔法札を取った。

 それを振って、剣にまとわせた。

 折れた右手に渾身の力を込めた。振り向きざま、黒水晶に向かって魔法剣を放った。

 魔法剣の力が黒水晶に向かった。

 黒水晶は直前にそれを察知し、体を動かした。

 魔法剣はわずかに、黒水晶の右手に当たった。二本の指が落ちた。

「……!」

 当たった……!

 わずかなりとも、黒水晶に傷をつけることができた。

 しかし……。

「……」

 黒水晶は、斬られた指の断面を見つめた。

 手に力を込めた。

 見る見る、指は再生した。

「あ……」

 魔法剣さえも、効かなかった。

 もはや、何もできない。

 黒水晶は、自分の再生した指を見た。そして、笑い出した。

「あははははは」

 ウィリアに近づき、まだ剣を握っている右手を蹴り飛ばした。また骨が折れた。剣は向こうに落ちた。

「お前には感心させられる……。フォルティスの娘よ。人間で、この俺に三回会ったのは、お前が唯一だ。そして、傷をつけたのも唯一だ」

 もう一度胸ぐらをつかみ、顔を覗き込んだ。

「褒美に、死ぬ前に好きなことを言わせてやる。言い残したことがあれば言え」

 ウィリアの目の前に黒水晶がいる。

 何もできなかった。

 何もできないまま、殺される。

 死ぬ。

「……」

 なぜか、以前の時とは異なる感情が湧いてきた。

 死にたくない。

 生きていたい。

 だが、死ななければならない。

 涙が溢れた。

 自分は、死にたくないという恐怖に苦しみながら、死ぬのだ。

 ウィリアは全身の痛みをこらえながら言った。

「……言い残すことは何もない。殺すがいい」

「……おまえ、泣いているのか?」

「……」

「死ぬのが怖くて、泣いているのか? すべてを捨てたおまえが?」

「……そうだ。わたしは、死ぬのが怖い。すべてを捨て、修行を重ねた結果が、このざまだ。笑うがいい。これがわたしの到達点だ。さあ、殺せ」

「……」

 黒水晶は、少しの間、無言だった。

 ウィリアは死を覚悟していた。

 死ぬ。

 死にたくない。

 せめて、一目会いたい。一目会って死にたい……。

 涙は溢れ続けた。

「ははははは」

 黒水晶は哄笑した。

「正直な奴だ。気に入った」

 黒水晶は、ウィリアを床に放り投げた。

 そして体の上に乗った。

「な……何を!」

「もう一回だけ、花嫁にしてやる。どうせ子供は産まれないだろうがな!」

 黒水晶はウィリアの鎧と服を引きちぎった。胸から下半身までが露わになった。

「や! やめろ! もてあそぶくらいなら、すぐに、殺せ!!」

 ウィリアは痛む全身をねじらせながら、はかない抵抗を試みた。

「……すでに汚れたおまえが、なぜ、拒む?」

「……」

「好きな男でもできたか?」

「……そんなのは、いない……」

「では、抱いてやる」

「や、やめろ! いや!」

 そのとき、通路の向こうから足音がした。

 黒水晶がそれに気付いた。

「邪魔を……」

 立ち上がり、そちらに向かおうとする。

 ウィリアははっとした。

 この修道会に来るとしたら、ジェンに違いない。

 ウィリアは精一杯の声をあげた。

「来ないでーっ!! 来ちゃだめーっ!!」

 しかし、足音は早がけで近づいてきた。

 黒水晶が何歩かそちらに向かった。

 そのとき、黒水晶に異変が起きた。

「うっ……!!」

 動きが止まった。

「……」

 黒水晶はウィリアを振り返った。

「……運のいいやつだ……」

 そう言うと、黒水晶は剣で壁を破壊した。そして建物の中から去って行った。

 入れ違いに、通路の向こうからジェンが走って来た。

「ウィリア!」

「ジェンさん……!」

 駆け寄ってくる。

 ウィリアはとっさに、露わになった自分の体を、ジェンから隠した。

「み……見ないで! 見ないでえ……!」

 ジェンの足が止まった。

「おねがい……! 見ないで……!」

 不思議な感情だった。

 ジェンにはすでに、自分の裸体を見せている。いまさら隠しても、何も意味はないはずだ。

 しかし、黒水晶に顕わにされた体を、ジェンに見せるのだけはどうしても嫌だった。

 ジェンは遠くから、治癒魔法を使ってウィリアを治癒し、服と鎧を再生した。

 ジェンが駆け寄ってきた。

「ウィリア……!」

「……」

「黒水晶……なのか……?」

 ウィリアは、ジェンの胸に抱きついて、泣いた。




 暗い空間であった。

 黒水晶の剣士は、膝を抱えて座っていた。

 話しかける者がいた。

親友ともよ……〉

「……」

〈あまり遊ぶものではない。地上に長くいるのは、我にとっても苦しい。太陽の光もそうだが、月の波動……。それによって、我の中にある大量の魔力が湧き上がる……。苦しくてたまらぬ……。早めに切り上げてくれ……〉

「……わかっている。苦しいのは俺も同じだ」

〈それに……。あの女に、情けをかけたか? 刹那もかからずに殺せたはずだ。脅かす者の芽は、すぐに摘んだ方がよい……。あれは、取るに足らぬものではない。下っ端とは言え部下を倒されている……。見逃さず、殺せ……〉

「情けではない。ただの気まぐれだ……。次に会ったら見逃しはしない。必ず殺す」




 殺された修道士の中で、蘇生できる者はいなかった。

 二人は山道を下った。できるだけ早く、レドウ修道院が壊滅したことを知らせなければならない。

「……」

 ウィリアは無言だった。

 いままで、命を捨てる覚悟で修行をしてきた。だが、黒水晶には、まったく歯が立たなかった。奴が気まぐれを起こしていなければ、すでに命はなかった。

 ぽつりと、言った。

「ジェンさん……」

「ん?」

「まったく、相手になりませんでした……」

「……」

「剣も、魔法剣も……。わたしがしてきた修行は、無駄だったようです……」

「……」

「どうしたら、奴を倒せるのでしょうか……。どうしたら……。どうしたら……」

 ウィリアの眼から涙がこぼれた。

 ジェンもまた、無言のまま歩いた。

 しばらくして、言った。

「知恵をお借りしよう」

 ウィリアはジェンの顔を見た。

「お借りしよう……って、誰に?」

 ジェンは真顔になり言った。

「ウィリア、行こう。僕の師匠、『森の魔女さま』のところへ……」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ