レドウ修道会(1)
女剣士ウィリアは修行の旅を続けている。父を殺し、彼女の純潔を奪った剣士「黒水晶」を倒すためである。旅には、元剣士で剣を捨てた治癒師ジェンも同行している。
治癒師ジェンは表向きは旅の薬屋を営んでいる。また同時に、魔法用具の販売もしている。
先日たまたまジェンの恩師に出会った。先生は剣が効かない魔物に出くわして、逃げられなくなっていた。魔物はジェンが魔法で倒した。
先生と別れるとき、ジェンは魔法札を進呈した。魔法の威力が封じ込められており、使うと炎や氷の攻撃魔法が出せるものである。これを持っていれば、もう同じようなことは起こらないだろう。
ジェンはウィリアに声をかけた。
「思ったんだけどさ、僕がいるときには魔法剣を使えるけど、離れているときもあるだろう? そういう時のために、魔法札で魔法剣を使えるように練習しておくといいんじゃないかな」
「魔法札で魔法剣? ああ、それなら一人でもできますね。やってみます」
適当な空き地を見つけて、近くの岩を的にする。
「魔法札を使ったことは?」
「ないです」
「こういうやつだ」
ジェンはいくつかの紙袋を出した。封筒みたいな紙袋の中に、札がそれぞれ一枚入っている。袋の表面には、使い方が印刷されていた。
「えーと……。袋を開いて、札を出す……。札を指の間に挟んで、丸いマークがある所に念を込めながら振り下ろす……」
「やってごらん」
ウィリアは袋の中から札を取りだし、指の間に挟んだ。
マークに念を込める。
「やっ!」
手から風魔法が放たれ、岩にぶつかった。
「できました!」
「これは難しくない。次は、魔法を剣にまとわせなくてはならないが、ちょっとコツが必要で……」
ウィリアはもう一枚魔法札を開いた。左手に持ち、右手に持った剣に向けて魔法を放とうとする。
「やっ!」
魔法が出なかった。
「あれ?」
「右手に剣を持っているわけだから、左手にも念を入れるのがまず難しいだろう。何回かやってみて」
右手は剣を持っているわけだから、どうしても意識が行く。左手も意識して、魔法を出そうとしてみた。
何回かの失敗のあと、左手から風魔法が出た。
しかしそれは、剣にぶつかって、衝撃を与えただけにとどまった。
「あ……」
「うん、まとわせるのが難しいと思う。続けて」
ウィリアは何回もくりかえしてやってみた。剣や札の持ち方を変えてみたり、持ち手を左右入れ替えたりしてみたが、なかなか成功しない。
十数回の失敗があった。
「やっ!!」
そして、始めて剣に魔法の力がかかった。
ウィリアは剣に念を込め、魔法を増大させる。
岩に向かって振る。
ガン! という衝撃音がした。
「できました!!」
「やったな!」
「でも……」
ウィリアは岩にできた傷跡を見てみた。
「あまり威力は出ないですね?」
「まあ、魔法札で出せる魔法は、それぞれの属性の最低クラスだからね。念で増幅してもそんなに威力は出ないと思う」
「もっと強力な魔法札はないのですか?」
「理論上はあるが、実際にはほとんどない」
「なぜですか?」
「魔法札ってね、念を入れれば使えるんだけど、逆に言うと念が入っただけで発動しちゃうんだよ。なにかの拍子に暴発する危険がある。そうならないために封印紙で守ってるんだけど、その封印紙の性能が、最低クラスの魔法札を守れる程度なんだ」
「ああ、なるほど……」
「もっとやってみて」
数回の練習をしてみた。
「慣れてきました。ところで、フレイさんに見てもらったところ、わたしの『属性』は炎だということです。炎の魔法札でやればもう少し強くできるかもしれません。ありますか?」
「炎の魔法札ね……。ええと……。はい、これ」
ウィリアはそれでやってみた。
「やっ!」
炎魔法が岩に当たる。砕くほどではないが、先ほどの風魔法よりは強いようだ。
「こっちの方が強いようです。もっとありますか?」
「ああ、あるけど……。なるべく、練習は風魔法でやって」
「え? なぜ?」
「その……。魔法札って、素材や、魔法力を入れるための原価がかかっていてね。一枚十ギーンほどかかるんだ。ちなみに二十ギーンで販売している」
「え!? そんなに!?」
「素材もだけど、魔法使いに魔法の力をこめてもらうのに一枚数ギーン使っている。風魔法なら僕ができるので、原価が安く済む」
「すみません。そんなにするものだと思わなくて、無駄に消費してしまいました。もう何百ギーンか使わせてしまいましたね。すみません……」
「無駄じゃないよ。魔法剣が使えるか使えないかで、生死を左右するかもしれない。その準備だと思えば高くない」
「いえ、ジェンさんに甘えていました。お支払いします」
「別にいいよ。このところ商売が順調なので、金ならある。君の分は君が持ってた方がいいだろう」
「そういえば、従者の給料も支払うと言っていたのに、延び延びになってしまいました。あと、ジルフィンの街で盗まれた分も。だけど、それを払うには手持ちが足りません。すみませんが、どこかで報奨金を稼ぎますので、待っててください」
「いいってば。どちらかの金が奪われるということもある。その時助けてもらうために、それぞれ同じぐらい持ってた方がいい」
「それはそうですね……。だけど、いつかお支払いしますからね」
「気にしないで。いずれ君をゼナガルドに送り届けたとき、報奨金をがっぽりもらうつもりだから」
ジェンは微笑みながら言った。
「いや、戻りませんよ?」
ウィリアは不満そうに言った。
次の目的地はレドウ修道会である。
辺境にあるが、格式高く、長い歴史を持つ修道会である。王家の崇敬も厚い。
ジェンがウィリアに説明した。
「レドウ修道会の大きな役割として、王城の魔法設備に念を入れるというのがある」
「魔法設備に、念を入れる?」
「そう。王城の各所に魔法設備が備えられている。多くは、結界を作成して魔物の侵入を防ぐものだ。それらの設備も、働かせるにはエネルギーがいるわけだが、いくつかのものでエネルギーの注入をそこが受け持っている」
「修道院の人が行って?」
「いや。王城の兵隊が、何年かに一度、エネルギーの容器をこっちに運んできているということだ」
「遠いから大変ですね」
「まあ、伝統だからしょうがないのだろう」
「それで、そこには何の用事で……?」
「去年、薬を売りに行った。これがけっこう売れて、ぜひまた来てくれと言われたんだ」
「修道会なら、治癒魔法とか薬とか、自前でできそうな気もしますが」
「僕もそう思ったけど、いろいろと戒律がきびしい会なので、不便しているらしいんだ。まず、武器を持ってはいけないと……。これだけで、材料を取りに出歩くことが難しくなる。修道会にいれば、高位の僧侶の聖魔法で大抵の敵は撃退できるが、それができる人は何人もいない」
「なるほど……」
「最近の魔物の強化によって、かなり困っているみたいで……。あれ?」
ジェンが歩みを止めた。
「どうしました?」
「しまった! 前に行ったとき、薬の材料になる葉を持ってきてくれと言われていた。前の森で採ろうと思ってたんだけど……」
森を通り過ぎてしまっていた。
「ちょっと戻って採ってくる。君は先に行っててくれ」
「わたしも行きますよ」
「えーと、ここだと、修道会の方が近い。修道会の中は女性は入れないけど、教会の建物までは入れるから、そこで待ってて」
「わかりました。ジェンさん、荷物を持ちますから、採集道具だけ持って行ってください」
「すまないね……。じゃ、おねがいする。なるべく早く行くから」
ウィリアはジェンから荷物を受け取り背負った。ジェンは採集道具を持って、森までの道を走った。
「急がなくてもいいのに」
ウィリアはゆっくり歩いた。ここには、多少の魔物はいるかもしれないが、そんなに強いのはいないようだ。
草原と林が混じる穏やかな光景が広がっている。林の一部は紅葉が始まっていた。
風景を楽しみながら道を行く。
ふと、前から何かが近づいてきていた。
「!?」
魔物か、と一瞬身構えたが、魔物ではないようだ。
道の前方で小さな砂煙が上がっている。
近づいてきた。
ウィリアに向かってくる。
近づいてくるそれは、リスの群れだった。何十、何百というリスが、道を走ってきた。
それらはウィリアの左右を通り抜けた。
ウィリアが振り返ると、リスの群れは道を走って、森の方に向かっていた。
「……何だったんだろう?」
レドウ修道会に着いた。
修道会の建物が何棟か並んでいる。それに接続して、教会が建っている。それほど大きくはないが、立派な教会だった。
「すみません……」
ウィリアは教会に入った。
中は無人だった。
ジェンの荷物を背中から降ろし、長椅子に座った。
教会内を見渡した。多くの彫刻や聖像がある。
ウィリアは立って、それらを鑑賞した。
いずれも見事な彫刻だった。造形は精緻を極め、ところどころに金や宝石がちりばめられている。
「……」
ウィリアは違和感を持った。
これほど見事な彫刻があるのに、教会内に人が一人もいないのは、変だ。
仮にウィリアが悪人だったら、彫刻を壊し、宝石や金の部分を持ち去るだけでも一財産できるだろう。あまりにも不用心だ。
こういうところには大抵、当番の人とか警備の人が、少なくとも一人はいるはずだ。
誰もいない。
なんだか、不安になった。
教会の脇に扉があった。鍵は開いていた。ウィリアはそこへ入った。
教会から、修道会の建物へ続く通路がある。
修道会の方へ進む。
建物の入口は開いていた。
女子禁制らしいので気にはなったけど、入ってみた。
「すみませーん……」
人の気配がしない。
入口から少し入ったところに、部屋があった。講堂らしい。
ウィリアは、ドアの取っ手を回してみた。
ドアが手前に開いた。向こう側に何かが立てかけられていたようだ。
「?」
倒れる音がした。
それは、人の死体だった。
「!」
ウィリアは講堂の中を見た。
死体があちこちに倒れていた。どれも修道士のようだ。
その中で一人、入口に背中を向けて立っている者がいた。
黒鉄の鎧を着ている剣士。
それはウィリアに振り返った。顔には、黒水晶の面頬がついていた。
「黒水晶……!!」