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エゼレッタ村(4)

 ゴウキ先生が連れてきた学生たちは六人いた。剣術学園から四人。魔法学園から二人。いずれも男子で、宿の大部屋に泊まっていた。

 消灯前の時間。剣術学園の四人はジェンについての噂をしていた。闘技会で前人未踏の三回優勝を成し遂げながら、事故で親友を死なせてしまい姿を消した剣士。彼のことは学園でも伝説として語り継がれていた。

「ジェンさん……。本当にいたんだな」

「なんか変だとは思ったんだ。治癒師って言ったけど、すごい体格が良くてさ」

「三回優勝するくらいの人だから、もっとギラギラした感じを想像していたけど、優しそうだよね」

「優しいから、剣を捨てたんじゃないの?」

「そうか」

「だけど、剣を捨ててから数年で、斬られた腕をつなげられるぐらいの治癒師になったってことだろう? それもすごいよね」

 そして、いつのまにか話題は、ジェンと一緒にいた女性剣士のことに変わっていった。魔法学園の二人も会話に加わった。

「一緒にいる女剣士の子、リリアさんって言ったっけ? かわいいよね」

「年はいくつぐらいだろう。俺たちとあんまり違わないんじゃないかな?」

「なんであんな若い子が女剣士してるんだろう」

「蛮族だと、小さいうちから剣士や戦士になるけど」

「あの人が蛮族のわけないだろう。なんか、上品だよ」

「上品な女剣士なんて、なかなかいないよね。謎だな」

「やっぱりさ、あの子……ジェンさんの彼女なのかな?」

「まあ、そうだろうな」

「いいな……」

「でも、宿の部屋は別の個室を取ってたよ?」

「とすると、肉体関係はない?」

「どうなんだろう?」

「だれか聞いてこいよ」

「バカ言うな」

「あんなかわいい子と一緒に旅して、なにもしないはずないよ」

「だけど、ジェンさんの趣味はあっちの方で、女性には興味ないという噂なかった?」

「いや、先輩の先輩が、ジェンさんに何度か娼館に連れて行ってもらったって言うから、その噂は嘘だよ」

「ジェンさんはいいなあ。オレも冒険者になって、修行の旅をしたい」

「何が目的なんだよ」

 主人が消灯にきて、学生たちは眠りについた。




 実習の最終日である。

 今日は魔物の出る森に、ゴウキ先生と、ウィリアとジェンも一緒に行く。

 学生の方は剣士二人と魔法使い一人の三人で組んで、二組に分かれた。あまり離れない距離で魔物狩りをする。片方にはジェンが、もう一方には先生とウィリアが付いた。

 森の中を歩く。

 ウィリアは学生たちには、偽名でリリアと名乗っている。ゴウキ先生が少し離れた時に、一緒にいた学生が好奇心を抑えられず、彼女に尋ねた。

「あのう……リリアさんは、ジェンさんの彼女なんですか?」

「え」

 ウィリアは少しの間言葉に詰まった。

「いや、その、ジェンさんとは、別に彼女とか、そういうんじゃないです。旅の仲間なんですよ。ただの。はい」

 言葉では否定していたが、ちょっと赤くなっていた。学生たちは、その表情を見ていろいろ察した。

 奥に進む。

 ヤブが動いた。

「何かいるぞ?」

 中から灰色の、イタチを大きくしたような魔物が出てきた。風で攻撃する魔物、鎌鼬かまいたちだ。

「鎌鼬だ! 危ない! リリアさん、僕の陰に……!」

「リリアさん、オレの陰に……」

 剣士の二人が出て、ウィリアをかばおうとした。

 しかし、すでにそこにはいなかった。

 鎌鼬を見た瞬間、素早く飛び出し、隙を与えず一太刀で斬っていた。

 斬ったあと、学生を振り返って言った。

「え? 今、なにか?」

 学生たちは唖然として彼女を見た。

「い、いえ、なにも……」

 背後からゴウキ先生が声をかけた。

「ああ、言い忘れたが、お前らよりよほど強いからな。邪魔しないように」

「は、はい……」

 いわゆる本筋の剣士で女性はほとんどいない。剣術学園は男子校だし、格式ある道場で女性を受け入れているところは少ない。学生たちも、彼女の実力はたいしたことないだろうと高をくくっていたので、驚きは大きかった。




 二組で、森の中で魔物狩りをする。スライムの仲間や、魔物化した鳥や小動物など、いくつかの戦果はあった。

 昼にはまとまって弁当を食べた。

 ゲント先生が学生たちをねぎらった。

「お前ら、なかなかやるな」

「はい。ありがとうございます」

「でも、先生、狩ったのがどうも小物ばかりで……」

「せっかく来たのだから、もう少し大きいのを狙いたいです。午後から、もうちょっと森の奥に行っていいですか?」

「うむ……。いつもならそうするのだがな、ここ二年ほどは、魔物が活発化、狂暴化の傾向にある。今、奥に行くのはどうか……」

 先生は悩む顔になった。

「先生、少しぐらいならいいんじゃないですか?」

 ゲントが言った。

 先生はゲントの顔を見た。治癒師がいれば、考慮すべき危険性のラインは大幅に下がる。

「うむ……。では、少し進むか。だが、あまり奥に行くではないぞ」

「はい!」




 森の奥に進む。木々が暗い色になってきた。

 ウィリアが言った。

「この感覚は、魔素……。いや。魔素が毒の気体となった、魔瘴を感じます。あまり深入りしないようにしましょう」

 学生たちも周囲を見回し、匂いを嗅いだ。

「ああ、なんか変なものを感じますが、これが魔瘴ですか」

 ゴウキ先生も言った。

「わしはその辺の感覚は鈍いのだが、たしかに感じる。気をつけろ」

 危険なので、もう一組とあまり離れないで進んでいる。

「わーっ!!」

 あっちの組の方で声が上がった。

「なんだ!?」

 行ってみる。

「どうした!?」

「あ、あ、あれ」

 魔法使いの学生が震えている。先生は指さす方を見た。

「熊か!」

 ウィリアもそれを見た。

「熊……熊!?」

 たしかに熊のようだったが、あまりにも奇妙だった。

 全身が紫がかっていて、体のあちこちの毛皮に穴が空き、肉や骨が見えている。

 ジェンが叫んだ。

「魔瘴化された熊だ!」

「魔瘴化?」

「魔瘴による肉体の破壊と、魔物化が同時に起こったやつだ。このまま死ぬとアンデッドになる」

 剣士の二人が剣を構えている。その前で魔瘴化された熊は頭を低くしている。

 突進してきた。

 二人はよける。

 熊は、そのうちの一人を追いかけた。

「わーっ!」

 爪をかけようとする。

 ガキッ!

 その爪を、ウィリアの剣が防いだ。

 熊はウィリアに振り向く。

 もう一方の腕を振り回す。

 ウィリアは跳んでよけ、同時に熊の腕に傷を負わせた。

「グワオーッ!!」

 熊は後ずさりする。

 ウィリアが剣を構え、熊に正対した。

 すると、横から腕をつかまれた。ジェンだった。

「え? ジェンさん?」

「ここは、彼らにまかせよう」

「あ、はい」

 ジェンは学生たちに叫んだ。

「君たち! みんなで、こいつを倒せ!」

「えっ!?」

「後ろから見ててやる! やれ!」

 六人の学生は顔を見合わせたが、一人が言った。

「やろうぜ!」

「おう!」

 六人で熊を取り囲む。

 魔法使いの一人が、熊に氷魔法を放った。

 氷の刃で熊の体が切り刻まれる。熊は興奮し、魔法使いに突進した。

「ひゃあ!」

 突進する熊の体を、両脇の剣士が刀で攻撃し、防いだ。

「グオオ!」

 反対側からもう一人の魔法使いが炎魔法を放った。

 今度もまた熊は突進してきたが、両脇の剣士がそれを守った。

「よし、行けるぞ……あっ! うしろ!」

「え?」

 学生が振り返ると、背後から鳥の魔物が襲ってくるのが見えた。

「うわあ!」

 肉を切る音がした。

 そして、鳥が地面に落ちる音がした。

 ゴウキ先生が、剣で鳥の魔物を斬っていた。

「背後は守ってやる! 前に集中せよ!」

「は、はいっ!!」

 六人で熊を取り囲んでいる。さらにその外側にゴウキ先生、ウィリア、ジェンがいて、彼らの背後を守っていた。

 彼らは、魔法と剣で交互に攻撃をかけた。

 それぞれは致命傷にはならないが、熊の力を確実に削いでいる。

 熊の動きが鈍くなった。

「いける!」

 剣士の四人が一斉に攻撃した。剣は熊の体深くに刺さった。

 続いて、魔法使いの二人が氷と炎で熊の体を切り刻み、焼いた。

 熊は分解して、紫色の泡となり、骨を残して溶けた。その骨もくずれ、土になった。

「やった!!」

「勝ったぞ!!」

 パチパチパチという音がした。ウィリアが拍手をしていた。

 続いて、ゴウキ先生とジェンも拍手をした。学生たちは照れた顔をした。




 帰るときの学生たちは、いずれも満足そうだった。

 大物を狩りたいとは言っていたが、あの程度の大物は想定外だっただろう。サポート付きとは言え、それを倒したのは貴重な経験になったはずだ。

 ゴウキ先生、ウィリア、ジェンは、学生の後ろから付いていった。

 夕日が学生たちの笑顔を照らしていた。

 しかし、ウィリアは、ゴウキ先生の表情に気付いた。学生たちを見ながら、なぜか悲しそうな顔をしていた。涙を流してはいないが、そうであっても不思議ではないほどの眼であった。ウィリアの視線を見て、ジェンもそれに気付いた。

 ウィリアが尋ねた。

「あの……先生、どうしたのですか?」

「む? 何が?」

「いえ……なにか、気になることでもあったのでは……」

「いや、何もない。ただ、ちょっと……亡くした教え子を思い出してな……」

「……」

 黒水晶討伐隊の壊滅により、何人もの教え子を亡くしていた。いまの王国の状況では、有能な剣士になればなるほど、命を落とす危険は高くなるだろう。

 先生はずっと、その眼で学生たちを見つめていた。




 宿に泊まって、翌朝になった。

 先生と学生たちは王都へ帰る。ウィリアとジェンは逆の方向に旅立つ。

 ジェンは先生にお札を五枚渡した。

「先生、これを持っていてください」

「む? なんだこれは?」

「魔法札です。炎、氷、風、水、雷の種類があって、これを使えばそれぞれの攻撃魔法を放つのと同じ効果が得られます。万が一、剣が効かない魔物に出会ったとき、使ってください」

「うむ……。この手のものを用意しなければとは思っていたが、プライドが邪魔して持たないでしまった。しかし、必要ではあるな。すまないがもらっておこう。もし次に会うことがあれば、必ずこの礼はするぞ」

「お礼なんていいですよ。先生、お元気でいてください」

「お前もな。そしてウィリア殿も」

 村の出口で別れる。去って行くウィリアとジェンに、先生と学生たちはいつまでも手を振ってくれた。



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