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エゼレッタ村(2)

 森からエゼレッタ村へ下る坂。

 ウィリアとジェンは、ゴウキ先生を両側からかかえて、坂を下っていた。

 二日間魔物と戦い続けたゴウキ先生は、村が見えたとき緊張の糸が切れ、その場で眠ってしまった。呼びかけても大声を出しても、ゆすっても叩いても起きなかった。

 かかえて行こうということになったが、その体は重い。先生はそれほど大柄ではなかったが、筋肉の塊で、百キロぐらいはありそうだ。そして着ている鎧が非常に重い。ありえないほど厚い装甲で、体重と同じくらいあるらしい。

 工夫した結果、両側から腕を持って、足は太ももの下を持ち上げようということになった。意識を失った人間というのは、可動部分が多いので非常に持ちにくい。二人がいくら鍛えていても、運ぶのは難儀であった。

「お……重い……。こんなに重い鎧があるんですか?」

「王国で一番重い鎧だと言っていた。たぶん実際にそうだと思う」

「せめて鎧だけでも置いて行けませんか?」

「高価なものだし、なくすと悪い。いたずらな魔物もいるかもしれないし……」

「治癒魔法でなんとか……」

「傷は治せるけど。こういう極端な疲労は、体力の回復を待つ以外どうしようもないんだ」

 段差で滑ったり、先生を取り落としそうになったり、苦労して進む。

 なんとか平地まで到達した。魔物が入ってこないように、周囲に村結界が張ってある。その中は畑が広がっている。

 村結界の中まで入った。

「はあ……。はあ……。ここまで来れば、もう大丈夫だ。ウィリア、応援を呼んできてくれないか。できれば荷車も。僕はここで待ってるから……」

「はあ……。はあ……。わかりました……」

 ウィリアは道を進んで、周囲の畑を見た。農夫が何人か作業をしている。

「すみませーん」

 農夫がこっちを見た。

「おや、何かね?」

「倒れた人がいるんです。非常に重いので、荷車とかあったら貸してくれませんか?」

「倒れた人? そりゃ大変だ。ちょっと待っててくれ」

 農夫が二人ほど、荷車を引いて来てくれた。

「ありがとうございます。こっちです」

 村結界の近くでジェンが待っていた。先生はまだ眠っている。

「あ、この人、学校の引率で来た先生でねえか?」

「そうだと思います」

「宿で騒ぎになってたんだよ」

 四人で協力して、先生を荷車に積む。

「重いな!」

「重いんです」

 荷車を引いて村まで行く。

 宿屋に向かった。その近くで、十代の男子が数人固まって話をしていた。先生が引率してきた学生らしい。どうしようかと相談しているらしかった。

 そこに先生を荷車で運んできたので、彼らは色めき立った。

「あ! 先生!」

 剣士らしい格好のが四人、魔法使いらしいのが二人いる。

「先生は、どうなったんですか?」

 ジェンが答えた。

「命に別状はない。眠っているだけだ。森の中で、剣が効かない魔物に引っかかって、二日間戦ってたらしい」

「二日間!?」

「信じられないかもしれないけれど……」

 剣士の格好をした一人が言った。

「いや……ゴウキ先生ならわかります」

 先生の体力はよく知られているらしい。

「とにかく、寝させて、体力の回復を待った方がいいと思う。まず鎧を脱がそう」

 宿の主人や従業員も出てきて、協力して鎧を外す。

 でっぷり太った主人が言った。

「んじゃ、この先生、ベッドに寝ててもらうか。みんなでかついで……」

 ベッドに運んでいこうとした。

 ウィリアが止めた。

「ちょ、ちょっと、待ってください。このまま寝せるのですか? 血と汗でべとべとですよ?」

「うむ……。そうだな」

「体を拭きますから、すみませんがお湯をください。あと、下着の替えはないでしょうか?」

 ゴウキ先生の体はがっしりして、標準サイズのものは着られそうにない。太った宿屋の主人が言った。

「おれの下着でよければ」

「おねがいします。あとすみませんが、ふきんも譲ってください」




 部屋の中に運んで、ムシロを敷いてその上に寝かせる。

 ウィリアとジェンは先生を裸にして、体の汚れをぬぐった。傷は治癒魔法で治っているが、体中に血と汗がこびりついていた。

 全身が毛深い先生の体を、ウィリアは丁寧に拭いてあげた。パンツを脱がすと、さらに毛深くてややこしいものがあったが、そこもちゃんと拭いた。

 体をきれいにして、新しい下着をつける。二人でベッドに寝せてやった。

「ぐおー……」

 ここまでされてもゴウキ先生はまだ目が覚めず、いびきをかいていた。

「ま、もう大丈夫だ。あとは目覚めを待とう」

 ドアがノックされた。

「はい?」

 ジェンが開けると、引率されてきた学生たちがいた。一人が言った。

「あ、あの、先生を助けていただいたそうで、ありがとうございます……」

「いや、まあ……」

 学生はとまどった眼で、ジェンと、部屋の中にいるウィリアを見た。

「あの、失礼ですが、あなた方はどういう人たちでしょうか?」

「えーと……。僕はジェ……ゲントと言う。彼女はウィ……リリア。見ての通り旅の者だが、たまたま先生と知り合いでね。森の中で戦っていたので、魔法で加勢したんだ。その後一緒に村に向かったが、峠のあたりで倒れて、そのまま寝てしまった」

「寝てるだけですか? 医者に診せた方がいいのでは?」

「それは大丈夫。その……僕は治癒師なんで、生気の状態を見ればわかる」

 治癒師、と聞いて、彼らの見る目が変わった。治癒師は貴重な人材である。

「君たちは、ゴウキ先生の帰りを待ってたんだよね?」

「そうです。『わしが帰るまで動くな』と言われて、先生だけ森の調査に行きました。明日までかかるかもしれないと言われていたのですが、二日経ってさすがにまずいということになって……。捜索に行こうか、だけどもし先生がやられたなら危険だ、と相談していて、まとまらなかったのです」

「森にはそんなに強い魔物はいないようだ。ただ、さっきも言ったとおり、剣が一切効かないやつがいる」

 剣士の生徒たちは顔を見合わせた。

「それもそんなに強くはないので、魔法を使えるメンバーがいれば問題ない……。さて、そうすると君たちは、また魔物討伐をしてないんだよね?」

「そうです。滞在できるのが五日ぐらいなので、なるべくやっておきたいのですが……」

「うーむ……」

 ジェンはちょっと考えた。

「じゃあ、先生はまだ休まれているので、僕が君たちのつきそいで行ってあげよう」

「いいんですか!?」

「乗りかかった船だ。協力しよう」

 学生たちは討伐の用意をしに行った。

 ジェンはウィリアに言った。

「ウィリア、僕は彼らと行ってるので、君は待っててくれ」

「はい。わたしは先生の鎧を洗っています」

「すまないね」

 ジェンは学生たちと出て行った。ウィリアは、これも血と汗がこびりついた鎧を、洗い、磨き、丁寧に拭いた。きれいになったものを部屋の一角にきちんと積み上げた。




 夕方になって、ジェンと学生たちが帰ってきた。

「おかえりなさい」

「ただいま。先生は?」

「まだ眠っていらっしゃいます」

「そうか」

 学生たちは、成果が上がったのか、それぞれ満足そうな顔だった。それに対してジェンの顔は少々曇っていた。

「ジェンさん、なにかあったのですか?」

「……うん。あの森ね、あんまり強いのはいないと思ったんだけど、鎌鼬かまいたちの種類が出てきて、一人、腕を切断されちゃった」

「まあ」

「すぐ治せたけどね。……全国的な魔物強化のせいなのか、想定外の強さだった。ちょっと、治癒師無しで行くのはあぶない。明日もついていってやろうと思う」

「ジェンさんも人がいいですねえ」

 学生がジェンのところにやってきた。

「ゲントさん! 先ほどは、腕を治してもらって、ありがとうございます!」

「ああ、大丈夫か? 痛かっただろう?」

「痛かったですが、武人になる者、これくらい平気です!」

 魔法服を着た者がやってきた。

「ゲントさん、あんな本格的な治癒術、初めて見ました。すごいです!」

「いや……。それほどでは……」

「僕も、治癒術ができるようになりたいと勉強しています。いまはまだすり傷を治すくらいしかできませんが」

「そうか。がんばれよ」

 学生が去って行くと、ジェンは遠い目になった。

「若い人は、元気があっていいね」

「ジェンさんだって、まだ若いといっていいんじゃないですか?」

「年齢的にはまだ若いかもしれないが、僕はもう、あんなに輝けない」

「そんなこともないと思いますよ?」




 ウィリアとジェンは、先生の部屋に泊まった。

 今日は学生以外にも客がいて、宿には空きのベッドがないらしい。学生たちはベッドを代わると言ってくれたが、それを断った。また、先生の様子も心配ではあった。

 先生はまだ眠っている。

 ウィリアが言った。

「ジェンさん、魔力を使ったんじゃないんですか?」

「うん、多少……」

「手をつなぎましょうか?」

「……」

 手をつないで、一晩寝れば魔力が回復する。

 しかし……。

 ジェンは、寝ている先生を見た。ウィリアもつられて先生を見た。

 手をつないで寝ると、起きなかった先生が起きて、その姿を見られそうな気がする。

「今日はいいや」

「そうですね」

 ウィリアは部屋にあった長椅子、ジェンは床のムシロに寝ることにした。野宿することを考えれば充分な寝床だった。


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