エゼレッタ村(1)
女剣士ウィリアと治癒師ジェンは、修行の旅を続けている。
大きな街道を外れ、森の中の道に入った。少し先に村があるはずだ。
魔物も出る森らしいが、それほど強いものは出ないと聞いている。
道を歩いていると、何か音が聞こえてきた。
「なんでしょう?」
近づいてみる。
茂みの間で、金属の音がする。鎧の音のようだ。人の声や、息づかいも聞こえる。
「くっ……。ハア、ハア」
誰か人間がいるらしい。二人は急いだ。
頑丈そうな鎧を着た戦士がいた。そのすぐ近くに魔物がいた。空中に青白い炎みたいなものが浮かんでいて、それが戦士にブレス攻撃をしている。戦士は逃げようとしているが、魔物はすばやくて、逃げ道に先回りしているらしい。
とっさに動いたのはウィリアだった。
「やーっ!!」
剣で魔物を斬る。
しかし、剣はすり抜けてしまった。
「え?」
次に、鬼火を倒したときのように、剣で聖印を結ぶ方法で斬ってみた。しかしこれも効かなかった。
鎧の戦士が言った。
「それは、まったく剣が効かんのだ!」
後ろからジェンが来た。
「なるほど……。はっ!」
ジェンが風魔法を放つ。魔物はあっけないほど簡単に四散した。
「大丈夫ですか?」
ウィリアが鎧の戦士にかけよった
「はあ、はあ……。いや、かたじけない。あんな低レベルの魔物にやられては、末代までの恥となるところだった……」
声を聞くと、年配の戦士らしかった。鎧は古めかしいが、装甲は厚く、頑丈で重そうだった。
ウィリアは、どこか見覚えがあるように感じたが、はっきりとは思い出せなかった。
ジェンがつぶやいた。
「あれ? この鎧……」
「お礼を申しますぞ……」
戦士は面頬を取って見せた。白い髭の生えた老人だった。
「あっ!」
ジェンは思わず声を上げ、一歩下がった。
老人はジェンの顔を見た。
「ん……? あ! おまえは、ジェンではないか!? 生きておったか!!」
「あ……先生」
どうやら知り合いらしい。
「何をしているのだ! みんな探しておるのだぞ! すぐ、帰らぬか!」
老人はジェンの腕をつかんだ。
ジェンは横を向いた。
「……お言葉ですが、帰りません」
「なに?」
「僕は別の道を選びました。いまは治癒師として修行をしています。剣は捨てました。そして戦士にも領主にもなるつもりはありません。治癒師として生きようと思います」
「む……」
ジェンは老人の方を向き、訴えるような眼をした。
老人は肩を落とした。
「……そうか。治癒師になったという噂はあったが、なっていたか……。仕方がない。おまえの選んだ道だ」
「すみません」
「まあ、よい。生きていたのだから」
「それで先生、さっきのでケガはしていませんか? 治しますね」
ジェンは老人の両肩に手を当てた。治癒魔法が働いた。
「おお……全身の傷が治ったようだ。なるほど、治癒師としても一人前になったのだな。まあ、お前なら、どの道に進んでもひとかどの者になるだろう」
ジェンは頭を下げた。
ウィリアは二人のやりとりを見ていた。
「あ、先生、彼女はいっしょに旅をしているウィリア……あ」
対外的には偽名を使うことにしているが、うっかりウィリアと言ってしまった。
ウィリアは老人にお辞儀をした。
「ウィリアと申します。ジェンさんとは一緒に旅をしています」
「ウィリアさんですか。わしは、剣術学園で教官をしております、ゴウキ・コゴと申す者です」
コゴ先生もお辞儀を返した。
ジェンが言った。
「ところで、先生、なぜこんなところに?」
「うむ、それがな……。魔物討伐実習の引率で来たのだが……」
「魔物討伐実習?」
「ああ。三年生でやるあれだ」
「そんなのありましたっけ?」
「お前たちも行っただろう。ライドと、魔法学園の二人と一緒に、魔物発生区域に行ったんじゃなかったか?」
「ああ、あれか。でもあのときは引率の先生はいませんでした」
「教員も足りないので全員に引率はつけられない。おまえらの場合、治癒師役のメンバーもいたので引率はいらないことになったはずだ」
「ああ、そういえばそうでした」
「そういえばそのときの計画書では、魔物発生区域の入口付近で狩りを行うとなってたが、お前ら中心まで行ってサイクロプスを狩ってきたな? あとでわかって問題になったぞ。危険すぎるって」
「あ……すみません」
「まあよい。それで今回は、魔法学園の子も含めて六人つれてきている。一昨日のことになるが、強すぎる魔物がいないか確認に森に入ったら、あれに遭遇してしまった。剣は効かないし、逃げようと思っても回り込まれて、ずっと逃げられなかったのだ」
「え? 一昨日?」
「うむ」
「じゃあ、先生は、二日間も魔物と戦ってたんですか!?」
「うむ。二回夜になって、朝になったからそうだ」
「飲まず食わずで!?」
「そうなるな。……そう思ったら、急にのどが渇いてきたな……」
ウィリアが水筒を取り出した。
「あの、先生、よろしければこれを」
「おお、すみませんな。いただきます」
先生はごくごくと水を飲み干した。
「ああ、生き返った」
「よろしければ食べ物も。乾パンぐらいしかありませんが」
「何から何までかたじけない」
「ところで、先生、引率してきた生徒が心配してるんじゃありませんか?」
「うむ。そうだ。早く帰らねばならない。泊まっているところは、ここから少し行ったエゼレッタ村だ」
「僕たちもそこへ行く予定でした。一緒に行きましょう」
三人は連れだって歩き出した。先生の足取りはしっかりしていた。
森は里より一段高くなっていて、エゼレッタ村は少し下がったところにある。
森を抜け、峠にさしかかった。
「おお、見えた。あれがエゼレッタ村だ。ここまでくれば……」
先生は行く方向を指さした。
平地には畑が広がっていて、その中にかわいらしい村がある。のどかな光景である。
「……」
先生の体がくずれる。道に大の字に倒れた。
「先生!」
二人はかけよった。
「……」
ジェンは口元に耳をあてて息を確かめ、体に触って生気の状態を確認した。
「何が……?」
「命に別状はない。眠っているだけだ。村が見えたので緊張が緩んだんだろう。二日間戦っていれば無理もないが……」
二人は村を見た。
村は見えているが、まだけっこうな距離がある。
「どうしよう?」