ヴァレオスの街(1)
治癒師ジェンと剣士ウィリアは街道を歩いていた。
魔法使いフレイと別れたあと、ウィリアはどうも元気がない。
「もっと一緒にいたかったな……」
寂しそうな顔をしていた。
ウィリアは以前、同性の友達があまりいないということを言っていた。フレイとは二、三歳ぐらい年が離れているはずだが、子供の頃以来にできた同性の友達なのだろう。
ジェンは提案をした。
「ウィリア、風魔法で、魔法剣の練習をしないか?」
「魔法剣を?」
「次に彼女に会ったとき、上達していないとガッカリされるじゃないか」
「そうですね。やりましょう!」
適当な場所を見つけた。大きな岩がある。的としてちょうどよさそうだ。
ウィリアが剣を構える。
ジェンは剣に風魔法をまとわせる。
それを受け取り、充分に気合いを込めて、ウィリアは剣を振り下ろした。
岩に衝撃が走り、表面に傷がついた。
「いいぞ」
「はい。前回やった時より手応えがあります」
二人で何度も、魔法剣を練習する。
やっているうちに、放たれる力は強くなっていく。
岩を相手に何回も練習した。
「やーっ!!」
バキ!
そしてついに、音とともに岩に亀裂が入った。
「やったな!」
「何度も当てましたので……。でも、かなり手応えを感じるようになりました」
ウィリアは照れくさそうに微笑んだ。
街道は林の中に入った。
斧で木を切る音が聞こえる。
数人の木こりが木を切っていた。なにやら不満げな声が聞こえる。
「おい、どうすんだよ。この調子じゃあと三日でできねえぞ」
「しょうがないでしょ。人手がないんだから」
「間に合わないと領主にどやされるんだよ。困ったなあ……」
どうやら人手が足りなくて、期日までに仕事が終わらないようだ。
ウィリアが、木こりの親方らしき人に話しかけた。
「すみません、木を切っているのですか?」
「見りゃわかるだろう。あんたは?」
「修行中の剣士です。練習のため、木を切るお手伝いをさせていただいてよろしいでしょうか?」
「木を切る? 剣で? やってくれればありがたいが、できるのか?」
「できると思います。どれを切ればいいですか?」
「とりあえず、これできるか?」
親方が指定した木は、一人では抱えきれないほどの太さがあった。
「やってみます」
ウィリアは木の前に立って、集中した。
「やーっ!!」
気合いとともに、剣を水平に振った。
木は切断面からゆっくりすべり、倒れた。
見ていた木こりたちは目を丸くした。
「他にありますか?」
「あ……ああ。このへんからこのへんまで、できるだけ切ってほしいんだが」
数十本ありそうだ。
「これ、三日でやるつもりだったんですか?」
「引き受けたときにはできると思ったんだよ……」
横の木こりが言った。
「親方、いつも見積もりが甘いから」
「うるせえな」
「やってみます。すみません、あぶないのでちょっと離れてください」
木こりたちを離れさせた。ウィリアもちょっと離れた。
「?」
ウィリアは、ジェンに目で合図を送ってきた。魔法剣を使うということだろうか。ジェンは木こりたちに気付かれないように、そっとウィリアの剣に風魔法を送った。
「……やーっ!!」
ウィリアは剣を振った。
風をまとった魔法剣の力が、地面と平行に飛ぶ。
数十本の木がたちまち切断された。倒れる音が林の中にいくつも響いた。
「……」
見ていた木こりたちはしばらく無言だった。
「他にありますか?」
「……いや、これだけあればもういい……。その……。お礼をしたいが……手持ちがなくて……」
「お礼なんていいですよ。いい練習になりました。では失礼します」
「あ、待ってくれ。昼メシまだか? せめてこれ持って行ってくれ」
「なんですか? これ?」
「オニギリって言うやつで、米を固めたもんだ。たいしたもんじゃねえがもらってくれ。ほら、そっちの兄ちゃんも」
「ありがとうございます。いただきます」
ウィリアは微笑んで、木こりたちに別れを告げた。木こりは後ろから棒立ちになって見送った。
「あれは……なんだったんだろうな」
「なんかの精霊ですかね?」
「そうかもな……。まあとにかく助かった。今日はあと、飲みに行くか?」
「だから親方は見積もりが甘いって言うんですよ。こんなに切ったのどうするんですか。急いで馬とか荷ぞりとか手配しないと」
「あ、そうだった」
二人はオニギリを頬張りながら街道を歩いた。
「米はゼナガルドでも食べますが、塩気だけでもおいしいですね……。あれ? 中に何かあります」
「本当だ。ああ、これは、塩蔵した鮭だ」
「あ、塩鮭ですね。食べたことがあります。これも合いますね」
ウィリアは機嫌がよくなった。
彼女が機嫌よくなるのは大抵、人の役に立ったときだ。お礼の有無にはかかわらない。役に立つのが心から嬉しいようだ。
ジェンはその顔を見て思った。ゼナガルドに戻ったなら、彼女はきっといい領主になると。
ウィリアがふと、こちらを見た。
「ジェンさん、何をニヤニヤしてるんですか」
「え? いや、別にニヤニヤしてないよ」
「してましたよ。なにか変なこと考えてたんでしょ」
「いや、考えてない。僕は、地顔が笑ってるように見えるらしいんだ。むかし父にも注意されたけど、別にニヤニヤしてるつもりもなかったし……」
「ほんとかなー?」
ウィリアはおどけた感じで言った。
ヴァレオスの街。
ここは服飾産業で栄えている。街の人もファッションに熱心で、オシャレの街としても有名である。
「うわさ通り、みなさんお洒落ですね」
ウィリアが人々を見て感心の声を上げた。道を歩く人々、特に女性は色とりどりの服を着ていて、デザインも凝っている。ひらひらした服や、シックな服や、体の線を強調した服など、方向性もまちまちだ。
ジェンも人々の様子を見た。
服も凝っているが、化粧も凝っている。それぞれ洗練された個性的な化粧をしているのが目に付いた。とはいえ、ジェンの感覚では、ちょっと厚化粧すぎな気がした。
ジェンはつい、ウィリアの顔を見た。旅続きで、化粧などしていない顔だ。しかしその方がかわいいように思った。
「なに見てんですか」
「えっ!? いや、別に」
「やっぱり変なこと考えてたんでしょ」
「い、いや、考えてない。ほら、あの、ファッションの街だからさ、君がオシャレしたら、どうなるかなって思って……」
「お洒落ですか。見ていれば楽しいですけどね、わたしはいいです。あまり、服とかは興味がないので」
「そう……。かわいい服も似合うと思うけどね」
「なんですか。うまいこと言って、くどくつもりですか?」
「い、いやいや。そういうわけじゃない」
二人は少しの間、会話せずに歩いた。
ウィリアが口を開いた。
「あの、ジェンさん」
「ん?」
ウィリアは目を伏せながら言った。
「あなたには感謝しているのです。もし、男性として必要であれば、できることはいたします。いつでも言ってください」
「……」
要するに、セックスしたければしてもいい、と言ってくれているようだ。とは言っても、ではおねがいしますという気にはなれない。ウィリアがそれを望んでいないのは明らかだからだ。
「ありがと」
それだけを言って、また会話がとぎれた。
歩いていると、防具屋があった。
店先の格子の中に、鎧が展示されている。希少な女性用鎧のようだ。ファッションの街だけあってきれいな鎧だ。各所に意匠が凝らされ、黄金色に光っている。
「あっ……これ」
ウィリアはふらふらと、格子にはりついた。女性用鎧をじっと見つめる。
「すごい……。細工がきれい……。デザインもいい……」
夢見るような目つきで、その鎧を見ていた。
ジェンは値札を見た。五千ギーンとなっていた。大金ではあるが、鎧としてはものすごく高価というわけではない。
ウィリアはじっと見ている。ジェンが言った。
「そんなに気に入ったなら、買ったら?」
ウィリアが困惑の表情でジェンを見た。
「簡単に言わないでくださいよ。どうやって持ち運ぶんですか」
「いま着ているのを下取りに出して、そっちを着ればいいじゃないか」
「だめですよ。この鎧、動きやすいし、気に入ってるんですから。それに材質からすると、今の方が防御力は高いし」
たしかに、これだけ精緻に細工できる材料では、あまり防御力は期待できなさそうだ。
「じゃ、いらないよね?」
「ええ……。いらないです……。いらないんですけど……。でも……欲しい……」
「なんだかわかんないな。使わない鎧なんて持ってたってしょうがないだろう」
「まあ、使わないんですけど……。でも、いざという時のために、いくつか持っててもいいかなと……」
「いくつかって、いくつか鎧を持ってるの?」
「ええ、まあ……」
「いくつ?」
「その……。城に、八揃いほど……」
「多いよ! 鎧なんて、予備が一揃いあれば充分だろう!」
「い、いや、八揃いの中には、子供の頃に着ていたものとかもあるので、そんなにむやみに集めてるわけではないです。イザニア伯爵のところなんか、もっと見事なものが数十もあって……」
「その人、私設博物館まで持ってるガチのコレクターだよね? 僕も学生のとき見学に行ったけど。ああなりたいの?」
「いや、あそこまでを目指してるわけじゃないですけど……」
ウィリアはあきらめられないようで、まだ格子に張り付いて鎧を見ていた。
「でも、やっぱりいいな……」
ジェンはそれを見て、彼女が領主になったら、この手のむだづかいをしそうだなと思った。
「黒水晶を倒したら、きっと買いに来るんだ……」
キミ、刺し違えて死ぬって言ってなかった? とちょっと思った。