表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/177

アールゴの街(3)

 ウィリアとフレイは、魔法で塔の上まで上がった。

 階段出口の陰に隠れ、隠蔽魔法も使って、様子を伺う。

 やはり変化へんげ兵が数多くいた。

 その中に一人、様子の異なる者がいた。長身の男性だ。髪が長く、その色は深い青だった。鎧も着ていないが雰囲気は堂々としている。若そうで容姿は整っているが、表情から傲慢さがにじみ出ていた。立って街の様子を眺めている。

 階段を登ってきた変化兵がいた。

「ゴ、ゴ報告申シ上ゲマス……」

 男はそれをちらりと見た。

「なんだ」

「アノ路上ニイタ者ハ、魔法使イト剣士ノ二人デス。人数ヲ集メテ向カイマシタガ、強烈ナ炎魔法ト、魔法剣ニヨル攻撃デ、ヤラレマシタ……」

「……つまり、全滅したということか」

「ハイ」

「それで、おまえは、逃げ帰ってきたのか」

 男は報告してきた変化兵の首元をつかまえた。

「オ、オ許シクダサイ」

 男は兵を持ち上げた。次の瞬間、それを丸呑みした。

 ウィリアとフレイはそれを見て目を疑った。

 男は長身だが人間の体をしている。それが兵を丸呑みするのは物理的にありえない。第一、口に入るわけがない。しかしいまの光景は、丸呑みと言う他なかった。

「やっぱり、役に立たねえな。めんどくせえ……」

 男はつぶやいた。

「だが、匂いがするな……。うまそうな匂いだ。ちょうどいい……」

 男は振り返り、階段出口の陰にとびかかった。

 腕を振る。その腕には、巨大な爪が付いていた。

 ウィリアとフレイは寸前で避けた。石でできた階段出口の一部が崩れた。

 ウィリアは剣を構える。

 男が爪を振りかざす。

 爪を剣で受け止めた。

 力を逃がし、正対せいたいから逃れる。

 フレイが炎魔法を放った。

 男の動きは鋭く、火炎から身をよける。

 フレイに向かってきた。爪を振るう。

 フレイは防壁を張って、攻撃から身を守った。

 しかし男は再度攻撃し、防壁ごとフレイを叩いた。フレイの体が床に叩きつけられた。

 ウィリアがその間に割って入る。再度、爪の攻撃を受け止める。

 周囲に変化兵はいるが、男とウィリアの動きについていけず、おろおろ見ているだけである。

 動きの速さではウィリアが勝っている。男の側面に回り込み、右腕を斬った。

 腕がごろんと石の床に落ちた。

「……」

 男は落ちた腕を見た。

「なかなかやる……」

 男は体に気合を入れた。腕が浮かび上がり、男の体にくっついた。

「!」

 男はウィリアとフレイをじっと見た。

「きさまら、何者だ……」

 ウィリアは男を見つめて言った。

「名乗るほどの者ではありません。旅の剣士です」

 男は少し考える顔になった。

「なるほど。フェリクとタイガを倒したのはおまえか……」

「……」

 男は自分の右腕を見た。斬られた腕はくっついているが、袖は斬られたままだ。

「この服、気に入ってたんだけどな……。袖がなくなったじゃねえか……。許さん、許さんぞ……」

 男は憤怒の表情になった。

 その姿が、みるみる変わっていく。

 体が膨張し、毛が生え、巨大な獣の姿になった。

 巨大な獣は光る息を吐いた。

 それは極寒の息だった。ウィリアとフレイは防壁を作って防いだ。

 獣の体は、塔の上にいるには大きすぎるほどになった。爪を振って二人を狙う。

 フレイは咄嗟に移動魔法を使った。二人の体が光の泡に包まれて浮かんだ。

 再度、氷の息を吐いてきた。息に押され、光の泡が後ろに下がる。

 なんとか泡を制御し、下の街路に降りた。

 獣も飛び降りてきた。

 二人の目前に巨大な獣の姿が現れた。

 それは巨大な狼だった。その毛皮は月の光に輝いていて、色は深いあおだった。

 ウィリアは思い出した。

「銀狼……!」

 それを獣が聞きとがめた。

「銀狼? よく見ろ。蒼色あおいろだろ。この色は気に入ってるんだ。適当に言うな」

「……銀狼村の狼の仲間ですか?」

「よく知らねえが、しばらく前に人間界に出て行った同族がいたらしいな。封印されたってウワサだが」

「やはり……!」

「俺は蒼狼そうろうのギネオンって言うんだ。覚えとけ。死ぬまでの間な!」

 蒼狼は二人に飛びかかってきた。

 二人は左右に飛び退いた。

 蒼狼はフレイを追った。

 フレイは防壁を作るが、防壁も強大な力には持ちこたえられず、破壊された。

 爪がフレイに向かう。

 間に入ってきたウィリアが爪を押さえた。

 力を逃がし、爪から逃れる。飛び退きざまに、腕の一部を斬った。

 しかしその傷はすぐに塞がった。

 フレイが火炎魔法を放つ。

 烈火が蒼狼を燃やした。体が焼けただれる。しかし、すぐさま焼けただれた箇所は元に戻り、毛皮までも再生してきた。

「……!」

 再度、蒼狼は飛びかかってくる。

 二人は逃げる。

 フレイは振り返って、炎魔法を放った。

 今度は。蒼狼ではなく直前を狙った。地面が爆発する。衝撃で蒼狼の動きは止まり、土埃が舞って視界を遮った。

「ゲホゲホ……。くそ。あいつらどこに行った?」




 ウィリアとフレイは、建物と建物の隙間に入り込み、隠蔽魔法で隠れていた。

 しかし、狼は鼻がきく。すぐに見つけられてしまうだろう。

 ウィリアは眉をひそめた。

「あれが銀狼の同族なら、倒す方法がありません」

「銀狼……お二人が戦ったという魔物ですね。倒す方法がないとは?」

「あれは、首を斬ってもつながるのです。傷つけることができるのは聖剣だけ。ここにはありません。どんなに傷つけても再生されてしまいます」

 ウィリアは物陰から蒼狼を見た。恐怖を感じる。しかし、何とかしなければならない。命をかけても……。

 フレイが言った。

「ウィリアさん、魔法剣を試してみたらどうでしょうか」

「魔法剣……」

 ウィリアは銀狼村での体験を思い返してみた。聖剣を持ったとき、たしかに剣から力のようなものを感じた。

 その感触は、魔法剣と類似するところがある。もしかしたら有効かもしれない。

「やってみましょう。お願いします」

 ウィリアは剣を構えた。

 フレイが炎魔法を剣にまとわせる。

 力を込める。

 ウィリアは隙間から出た。蒼狼が目を向けた。

「そこか!」

 飛びかかってきた。ウィリアは立っている。飛びかかってくる蒼狼を待つ。引きつけて、直前で体をかわす。同時に、魔法剣を振った。

「ぐわっ!!」

 蒼狼は飛び退いた。

 剣は、蒼狼の眼を傷つけている。紫の血が流れていた。

「……」

 傷は塞がれない。

 もう一度、フレイが魔法を剣にかける。ウィリアが蒼狼を斬る。

 だが蒼狼は素早く飛び去り、攻撃をかわした。魔法剣がわずかに毛を切るだけに留まった。

 蒼狼は二人と距離を取った。

 右の眼から血が流れている。その傷は、塞がらなかった。

「くっ……! このっ……!」

 ウィリアとフレイが見ている前で、蒼狼は爪で自分の顔をえぐり取った。傷口ごと肉をはぎ取ると、その下から暗い色の肉塊がたちまち盛り上がり、顔と眼を再生した。

 ウィリアはあっけにとられた。

「器用なことしますね……」

 しかし、魔法剣が有効であることはわかった。

 フレイが魔法を放つ。

 ウィリアが斬る。

 蒼狼の胴体に傷が付く。

 蒼狼は耐えているが、手応えがある。傷をつけていけば倒せる。

 蒼狼は突進してきた。

「!」

 二人の間に割り入った。ウィリアが肩を斬るが、それをこらえて位置を取った。

 魔法剣でなければ傷をつけることはできない。それをわかって、二人を分断することにしたようだ。

 ウィリアとフレイの間に蒼狼がいる。それは注意して位置取りをしていて、二人を近づけないようにしていた。

 蒼狼はフレイに向かった。

 フレイは咄嗟に、建物の隙間に逃げ込んだ。防壁を張る。

 蒼狼は防壁を攻撃したが、体が大きいので建物の間に入ることはできない。

「……」

 振り返って、今度はウィリアに向かってきた。

 ウィリアは剣で対抗する。

 剣での攻撃は傷をつけられるものの、すぐに回復されてしまう。

 蒼狼は冷気を放った。ウィリアは防壁で防ぐ。

 魔法剣が使えなければ勝てない。ウィリアはフレイの様子を見た。

 しかし蒼狼もフレイが出てこないように注意している。

 足の間から、隙間にいるフレイが見えるが、蒼狼の足をすりぬけて魔法をかけるのは難しそうだ。

 フレイが隙間から顔を出して横を見た。表情が変わった。通りの向こうに何かを見つけたようだ。

 ウィリアの方を向いて、隙間から走り出してきた。

「ウィリアさん!」

 フレイが走る。

 蒼狼の影から出た。ウィリアとの間に障害物はなくなった。

 ウィリアが剣を構える。

 フレイは魔法をまとわせる。

「この!」

 蒼狼は、走り出したフレイを見逃さなかった。爪を振る。

 爪はフレイの背中から、胸を貫通した。

 大量の血が流れ、体が道に転がった。

「フレイさーん!!」

 蒼狼はウィリアに向き直った。飛びかかってくる。

 ウィリアはそれをさけた。

「……」

 剣には、フレイが放った炎魔法がまだ宿っている。フレイはもういない。これが最後の魔法剣だ。とどめを刺さなければならない。

 ウィリアは剣に精神力をこめた。

 魔法剣の力がどんどん増幅してくる。気を抜くと実体化して熱を持ちそうになるが、それを耐える。

 蒼狼が攻撃してくる。

 横っ飛びにかわす。

 魔法剣の力が極限まで高まった。

「やーっ!!」

 力の限り、剣を振った。

 魔法剣は蒼狼に達した。首が胴体から落ちた。

「あ……」

 巨大な狼の頭部が道に転がった。

 その目は、自分の胴体を見上げた。

 首を斬られた胴体は、少しの間、そのまま立っていた。しかし数秒後に崩れ落ち、紫の泡をぶくぶく吹き出して溶けていった。

 その直後、頭部も同様に分解していった。

 ウィリアは勝った。

 道に倒れたフレイの亡骸を見た。

「フレイさん……!!」

 思わず遺体にかけよる。

 すると、ウィリアの目の前で、血がフレイの体に戻っていった。傷つけられた体と服は見る見る元通りになった。

「えっ……? フレイさん?」

 フレイはゆっくり起き上がった。まだ分解が進んでいる紫の泡を一瞥して、満足そうな表情になった。

「ウィリアさん、やったのですね」

「え、ええ……でも……」

 そのとき、通りの向こうから走ってきた者がいた。

「はあ、はあ……。間に合ってよかった」

「あ、ジェンさん!」




 アールゴの街を出て、街道の分岐点まで来た。

 フレイが言った。

「ここでお別れです。この先に図書館があります」

「そうか……」

「……」

 ジェンはフレイと握手をして別れを惜しんだ。

 ウィリアも握手をした。

 なぜか、涙が出た。

「フレイさん……」

 ウィリアはフレイを抱きしめた。フレイもしっかりと、ウィリアを抱きしめた。

「ウィリアちゃん……」

「たくさんのことを教えていただきました。感謝してもしきれません。元気でいてくださいね」

「あなたも、元気でね」

 分かれ道を行くフレイに、ウィリアはずっと手を振っていた。やがて彼女の姿は見えなくなった。

「また、会えますよね」

「ああ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ