アールゴの街(3)
ウィリアとフレイは、魔法で塔の上まで上がった。
階段出口の陰に隠れ、隠蔽魔法も使って、様子を伺う。
やはり変化兵が数多くいた。
その中に一人、様子の異なる者がいた。長身の男性だ。髪が長く、その色は深い青だった。鎧も着ていないが雰囲気は堂々としている。若そうで容姿は整っているが、表情から傲慢さがにじみ出ていた。立って街の様子を眺めている。
階段を登ってきた変化兵がいた。
「ゴ、ゴ報告申シ上ゲマス……」
男はそれをちらりと見た。
「なんだ」
「アノ路上ニイタ者ハ、魔法使イト剣士ノ二人デス。人数ヲ集メテ向カイマシタガ、強烈ナ炎魔法ト、魔法剣ニヨル攻撃デ、ヤラレマシタ……」
「……つまり、全滅したということか」
「ハイ」
「それで、おまえは、逃げ帰ってきたのか」
男は報告してきた変化兵の首元をつかまえた。
「オ、オ許シクダサイ」
男は兵を持ち上げた。次の瞬間、それを丸呑みした。
ウィリアとフレイはそれを見て目を疑った。
男は長身だが人間の体をしている。それが兵を丸呑みするのは物理的にありえない。第一、口に入るわけがない。しかしいまの光景は、丸呑みと言う他なかった。
「やっぱり、役に立たねえな。めんどくせえ……」
男はつぶやいた。
「だが、匂いがするな……。うまそうな匂いだ。ちょうどいい……」
男は振り返り、階段出口の陰にとびかかった。
腕を振る。その腕には、巨大な爪が付いていた。
ウィリアとフレイは寸前で避けた。石でできた階段出口の一部が崩れた。
ウィリアは剣を構える。
男が爪を振りかざす。
爪を剣で受け止めた。
力を逃がし、正対から逃れる。
フレイが炎魔法を放った。
男の動きは鋭く、火炎から身をよける。
フレイに向かってきた。爪を振るう。
フレイは防壁を張って、攻撃から身を守った。
しかし男は再度攻撃し、防壁ごとフレイを叩いた。フレイの体が床に叩きつけられた。
ウィリアがその間に割って入る。再度、爪の攻撃を受け止める。
周囲に変化兵はいるが、男とウィリアの動きについていけず、おろおろ見ているだけである。
動きの速さではウィリアが勝っている。男の側面に回り込み、右腕を斬った。
腕がごろんと石の床に落ちた。
「……」
男は落ちた腕を見た。
「なかなかやる……」
男は体に気合を入れた。腕が浮かび上がり、男の体にくっついた。
「!」
男はウィリアとフレイをじっと見た。
「きさまら、何者だ……」
ウィリアは男を見つめて言った。
「名乗るほどの者ではありません。旅の剣士です」
男は少し考える顔になった。
「なるほど。フェリクとタイガを倒したのはおまえか……」
「……」
男は自分の右腕を見た。斬られた腕はくっついているが、袖は斬られたままだ。
「この服、気に入ってたんだけどな……。袖がなくなったじゃねえか……。許さん、許さんぞ……」
男は憤怒の表情になった。
その姿が、みるみる変わっていく。
体が膨張し、毛が生え、巨大な獣の姿になった。
巨大な獣は光る息を吐いた。
それは極寒の息だった。ウィリアとフレイは防壁を作って防いだ。
獣の体は、塔の上にいるには大きすぎるほどになった。爪を振って二人を狙う。
フレイは咄嗟に移動魔法を使った。二人の体が光の泡に包まれて浮かんだ。
再度、氷の息を吐いてきた。息に押され、光の泡が後ろに下がる。
なんとか泡を制御し、下の街路に降りた。
獣も飛び降りてきた。
二人の目前に巨大な獣の姿が現れた。
それは巨大な狼だった。その毛皮は月の光に輝いていて、色は深い蒼だった。
ウィリアは思い出した。
「銀狼……!」
それを獣が聞きとがめた。
「銀狼? よく見ろ。蒼色だろ。この色は気に入ってるんだ。適当に言うな」
「……銀狼村の狼の仲間ですか?」
「よく知らねえが、しばらく前に人間界に出て行った同族がいたらしいな。封印されたってウワサだが」
「やはり……!」
「俺は蒼狼のギネオンって言うんだ。覚えとけ。死ぬまでの間な!」
蒼狼は二人に飛びかかってきた。
二人は左右に飛び退いた。
蒼狼はフレイを追った。
フレイは防壁を作るが、防壁も強大な力には持ちこたえられず、破壊された。
爪がフレイに向かう。
間に入ってきたウィリアが爪を押さえた。
力を逃がし、爪から逃れる。飛び退きざまに、腕の一部を斬った。
しかしその傷はすぐに塞がった。
フレイが火炎魔法を放つ。
烈火が蒼狼を燃やした。体が焼けただれる。しかし、すぐさま焼けただれた箇所は元に戻り、毛皮までも再生してきた。
「……!」
再度、蒼狼は飛びかかってくる。
二人は逃げる。
フレイは振り返って、炎魔法を放った。
今度は。蒼狼ではなく直前を狙った。地面が爆発する。衝撃で蒼狼の動きは止まり、土埃が舞って視界を遮った。
「ゲホゲホ……。くそ。あいつらどこに行った?」
ウィリアとフレイは、建物と建物の隙間に入り込み、隠蔽魔法で隠れていた。
しかし、狼は鼻がきく。すぐに見つけられてしまうだろう。
ウィリアは眉をひそめた。
「あれが銀狼の同族なら、倒す方法がありません」
「銀狼……お二人が戦ったという魔物ですね。倒す方法がないとは?」
「あれは、首を斬ってもつながるのです。傷つけることができるのは聖剣だけ。ここにはありません。どんなに傷つけても再生されてしまいます」
ウィリアは物陰から蒼狼を見た。恐怖を感じる。しかし、何とかしなければならない。命をかけても……。
フレイが言った。
「ウィリアさん、魔法剣を試してみたらどうでしょうか」
「魔法剣……」
ウィリアは銀狼村での体験を思い返してみた。聖剣を持ったとき、たしかに剣から力のようなものを感じた。
その感触は、魔法剣と類似するところがある。もしかしたら有効かもしれない。
「やってみましょう。お願いします」
ウィリアは剣を構えた。
フレイが炎魔法を剣にまとわせる。
力を込める。
ウィリアは隙間から出た。蒼狼が目を向けた。
「そこか!」
飛びかかってきた。ウィリアは立っている。飛びかかってくる蒼狼を待つ。引きつけて、直前で体をかわす。同時に、魔法剣を振った。
「ぐわっ!!」
蒼狼は飛び退いた。
剣は、蒼狼の眼を傷つけている。紫の血が流れていた。
「……」
傷は塞がれない。
もう一度、フレイが魔法を剣にかける。ウィリアが蒼狼を斬る。
だが蒼狼は素早く飛び去り、攻撃をかわした。魔法剣がわずかに毛を切るだけに留まった。
蒼狼は二人と距離を取った。
右の眼から血が流れている。その傷は、塞がらなかった。
「くっ……! このっ……!」
ウィリアとフレイが見ている前で、蒼狼は爪で自分の顔をえぐり取った。傷口ごと肉をはぎ取ると、その下から暗い色の肉塊がたちまち盛り上がり、顔と眼を再生した。
ウィリアはあっけにとられた。
「器用なことしますね……」
しかし、魔法剣が有効であることはわかった。
フレイが魔法を放つ。
ウィリアが斬る。
蒼狼の胴体に傷が付く。
蒼狼は耐えているが、手応えがある。傷をつけていけば倒せる。
蒼狼は突進してきた。
「!」
二人の間に割り入った。ウィリアが肩を斬るが、それをこらえて位置を取った。
魔法剣でなければ傷をつけることはできない。それをわかって、二人を分断することにしたようだ。
ウィリアとフレイの間に蒼狼がいる。それは注意して位置取りをしていて、二人を近づけないようにしていた。
蒼狼はフレイに向かった。
フレイは咄嗟に、建物の隙間に逃げ込んだ。防壁を張る。
蒼狼は防壁を攻撃したが、体が大きいので建物の間に入ることはできない。
「……」
振り返って、今度はウィリアに向かってきた。
ウィリアは剣で対抗する。
剣での攻撃は傷をつけられるものの、すぐに回復されてしまう。
蒼狼は冷気を放った。ウィリアは防壁で防ぐ。
魔法剣が使えなければ勝てない。ウィリアはフレイの様子を見た。
しかし蒼狼もフレイが出てこないように注意している。
足の間から、隙間にいるフレイが見えるが、蒼狼の足をすりぬけて魔法をかけるのは難しそうだ。
フレイが隙間から顔を出して横を見た。表情が変わった。通りの向こうに何かを見つけたようだ。
ウィリアの方を向いて、隙間から走り出してきた。
「ウィリアさん!」
フレイが走る。
蒼狼の影から出た。ウィリアとの間に障害物はなくなった。
ウィリアが剣を構える。
フレイは魔法をまとわせる。
「この!」
蒼狼は、走り出したフレイを見逃さなかった。爪を振る。
爪はフレイの背中から、胸を貫通した。
大量の血が流れ、体が道に転がった。
「フレイさーん!!」
蒼狼はウィリアに向き直った。飛びかかってくる。
ウィリアはそれをさけた。
「……」
剣には、フレイが放った炎魔法がまだ宿っている。フレイはもういない。これが最後の魔法剣だ。とどめを刺さなければならない。
ウィリアは剣に精神力をこめた。
魔法剣の力がどんどん増幅してくる。気を抜くと実体化して熱を持ちそうになるが、それを耐える。
蒼狼が攻撃してくる。
横っ飛びにかわす。
魔法剣の力が極限まで高まった。
「やーっ!!」
力の限り、剣を振った。
魔法剣は蒼狼に達した。首が胴体から落ちた。
「あ……」
巨大な狼の頭部が道に転がった。
その目は、自分の胴体を見上げた。
首を斬られた胴体は、少しの間、そのまま立っていた。しかし数秒後に崩れ落ち、紫の泡をぶくぶく吹き出して溶けていった。
その直後、頭部も同様に分解していった。
ウィリアは勝った。
道に倒れたフレイの亡骸を見た。
「フレイさん……!!」
思わず遺体にかけよる。
すると、ウィリアの目の前で、血がフレイの体に戻っていった。傷つけられた体と服は見る見る元通りになった。
「えっ……? フレイさん?」
フレイはゆっくり起き上がった。まだ分解が進んでいる紫の泡を一瞥して、満足そうな表情になった。
「ウィリアさん、やったのですね」
「え、ええ……でも……」
そのとき、通りの向こうから走ってきた者がいた。
「はあ、はあ……。間に合ってよかった」
「あ、ジェンさん!」
アールゴの街を出て、街道の分岐点まで来た。
フレイが言った。
「ここでお別れです。この先に図書館があります」
「そうか……」
「……」
ジェンはフレイと握手をして別れを惜しんだ。
ウィリアも握手をした。
なぜか、涙が出た。
「フレイさん……」
ウィリアはフレイを抱きしめた。フレイもしっかりと、ウィリアを抱きしめた。
「ウィリアちゃん……」
「たくさんのことを教えていただきました。感謝してもしきれません。元気でいてくださいね」
「あなたも、元気でね」
分かれ道を行くフレイに、ウィリアはずっと手を振っていた。やがて彼女の姿は見えなくなった。
「また、会えますよね」
「ああ」