アールゴの街(2)
剣士ウィリア、治癒師ジェン、魔法使いフレイの三人は、翌日もアールゴの街でそれぞれの仕事をした。
ジェンは街中の薬屋との売買や、材料の仕入れに行った。フレイは部屋でメアム遺跡の報告書を書く。
ウィリアは街の図書館に行った。地誌や魔物関係の文献を読む。魔物の注意すべき性質や、魔物狩りに適当な場所を調べた。
「この近辺は、ウサギの魔物が出るくらいであまり強いのはいない。少し行ったところにアンデッドのよく出る場所がある……なるほど」
さらに、冒険者ギルドにも行って、魔物発生の状況などを確認した。
図書館にもギルドにもそれほど情報はなく、調査は午前中で終わった。一旦、宿屋に戻る。
戻る途中、街の西側に高い塔があった。
「なんだろう?」
よく見るとわかった。防衛のための見張りの塔である。数十年前まで隣のヤンガ国と軍事的緊張があった。当時に作られたものだろう。
今は防衛や軍事のためには使われていないようだ。塔の下では、入場料を取って客を入れている。上には喫茶店もあるらしい。
「眺めがいいだろうな……」
ちょっと興味を引かれたが、図書館で調べ物をしたノートや、ギルドでもらった地図などの荷物がある。とりあえず宿まで戻ることにした。
荷物を自室に置いて、再度部屋を出た。
そのとき、魔法使いフレイが包みをかかえて部屋から出てきた。
「あ、フレイさん、報告書はできましたか?」
「おかげさまで完成しました。郵送するだけです」
「そのあと予定はありますか?」
「特に考えていませんでした。食料の買い出しは明日すればいいので、観光でもしようかなと……」
「じゃあ、ちょっとつきあってくれませんか?」
報告書を郵送したあと、二人は塔へ行った。入場券を買って階段を登る。
「わあ……」
西側には山岳地帯が連なっている。アントズ山の威容が見える。木々は青い。台地が広がっていて、端にはメアム遺跡もかすかに見える。
東には街並みが見えて、その向こうに牧草地が広がっていた。
季節は初秋に入っていて、空が蒼い。
少し前まで山岳地帯にいたのだから、景色としては同じようなものを見ていたはずだ。しかし、魔物と戦う緊張感を持たずに見る風景は格別だった。
フレイもまた、しばらく遠くの景色を見ていた。
塔の上は意外と広く、テーブルが数台あった。一角は喫茶店になっている。
二人は林檎を使ったパフェを注文した。値段は少し高かった。
「いい天気ですね」
「ええ」
晴れた空にいくつかの雲が浮かぶ。
ウィリアはぼんやりとものを思っていた。
季節はよく、風が心地よい。
美しい景色。目の前には優しい人がいる。
こんな時間が、いつまでも続けばいいのに……。
しかし我に返った。自分は、黒水晶を倒すために命を捧げる人間だ。幸福などを望むべきではない。今はただの休息だ。
とはいえ、少しぐらいは休息を楽しんでもいいような気がした。パフェはおいしかった。
塔で景色を楽しんだあと、街中の珍しい建築を見たりして、二人は時間を過ごした。夕方に宿に戻った。
二人の部屋のドアに、ジェンの書き置きがつけられていた。仕入れにまだ時間がかかるので、食事をとって休んでほしいとのこと。
街でフレイと過ごせる最後の夜なので、できれば三人でゆっくり食事をとりたかったが、しかたがない。
ウィリアはしかし、ジェンが仕入れ以外の場所に行っている可能性も想像して、なんだか割り切れない気分になった。
「ジェンさん、商談や仕入れに、妙に熱心ですね」
フレイが言った。
「自分が作った薬で、助かる人がいればいいと思っているのでしょう」
「あ……」
言われて気がついた。ジェンの作る薬には、治癒師としての力も含まれている。そして、ジェンが治癒師となった理由は、贖罪のためだった。
疑って悪かったと思った。もっとも、可能性としては娼館に行ってるかもしれないけど、今夜は信用しよう。そもそも娼館に行ったとしても別に悪くないし。
宿に近い料理屋で夕食を取った。
「フレイさんは、図書館の調査をしたあと、どうするのですか?」
「しばらく旅を続けるつもりです。調査と修行を」
「王都には戻らないのですか?」
「いずれは戻るつもりです。ただ、戻ると両親が、ひとところに落ちつけとうるさくて……。わたしくとしては、魔法の力も知識もまだまだなので、旅で実力をつけたいと思っているのですが」
「フレイさんの魔法はすごいと思うのですが、まだまだなのですか?」
「自分で納得していない部分が多々あります。ウィリアさんだって、もっともっと強くなりたいと思うでしょう」
「え、ええ」
「将来は魔法学園や王国のために働きたいとは思います。だけどもう少し、みずからが納得できる実力をつけたいのです」
彼女の向上心は純粋で、尊敬できるものだった。
「ところで、ウィリアさん。再度お聞きしますが、領国には戻らないのですか」
ウィリアは目を伏せた。しかしはっきり言った。
「戻りません」
「そうですか。常識的には戻ることをおすすめしますが、人生をかけて決定したことでしょうから、もう何も言いません。ただ、くれぐれも早まった判断だけはしないようにしてください」
「はい」
「そして、戻らずに旅を続けるのであれば、どうかジェンさんのことをよろしくお願いします」
「よろしく……って?」
「うまく表現できませんが、ジェンさんにはまだ、危ういものを感じるのです」
その懸念は、わからなくはなかった。
「わかりました。ジェンさんには気をつけます。できれば、領国に戻るように勧めたいと思います」
フレイはウィリアをじっと見た。
「領国に戻った方がいいとお思いですか?」
「ええ、常識的には……。って、わたしが言うことじゃないかもしれないけれど……」
フレイは苦笑した。
「なんだか、お二人、似てますね」
そう言われてウィリアも苦笑せざるを得なかった。
食後の紅茶を飲んでいると、料理店の外が騒がしくなった。
「?」
「何でしょう?」
店の窓が割られた。
「!」
扉と窓を破って数人の兵士が入ってきた。体つきがしなやかで女性的な印象を受ける。眼が赤い。いずれも黒い革鎧を着ていた。
「変化兵!」
それらは、店の中の客や従業員に剣を向けてきた。
ウィリアが動く。
たちどころに、三人ほどの兵を斬り倒した。
フレイも傍らの杖を取る。炎魔法を発して残りの変化兵を倒した。
店の中は静かになったが、外では更に変化兵がいるに違いない。二人は店の外に出た。
ウィリアは店の中に戻った。
従業員は床にはいつくばってぶるぶる震えていた。ウィリアは言った。
「すみません、飲食代はあとで払いますから、待っててくださいね?」
「は、はい!」
ウィリアは再度外に出た。
「律儀ですね」
「なんか、悪くて」
道には変化兵が溢れていた。それらは建物を破壊し、人を襲っていた。
二人はそれらに向かった。
ウィリアは、男女を槍で突こうとしていた変化兵たちをなで斬りにした。
フレイは民家に押し入ろうとしていた者たちを焼き払った。
二人で多数の変化兵を倒した。しかし、道にいる兵の数は減らず、むしろ増えていった。
「減りませんね……」
「応援を呼んでいるのでしょう」
多数の兵が、二人のいる通りに集まった。前からも後ろからも。それぞれ百人以上はいるだろうか。
二人を挟んで、じりじりと近づいてくる。
ウィリアとフレイは背中を併せて、それらを睨みつけた。フレイが言った。
「できるだけ引きつけてください」
「わかりました」
多数の兵が武器を持って近づいてくる。顔が見えるまでに寄ってきた。
フレイは杖を振った。
業火が放たれて、フレイの前にいた変化兵はすべて焼き尽くされた。
「ウィリアさん!」
フレイが振り向いて、ウィリアの剣に炎魔法をまとわせた。
「ありがとうございます!」
ウィリアは剣を振った。炎の魔法剣が放たれ、多数の兵士が一度に倒れた。遠くにいた二三人は逃げ去っていった。
変化兵は通りから見えなくなった。
ウィリアは空を見上げた。欠けた月がある。
「……率いている者を倒すまで襲撃は終わりません。戦います」
「率いている者がいるとすれば……」
二人とも同じ事を考えた。
「……塔の上」
昼間訪れた塔へ急いだ。
周囲には変化兵が多数いた。やはりここを拠点としているようだ。
塔の上に、変化兵とは雰囲気の異なる男が立って、街の様子を見下ろしていた。二人は物陰に隠れた。
「おそらくあれが指揮官……」
「上に行ってみましょう」
「階段が狭いから、手間取るかも」
「隠蔽魔法をかけながら移動魔法を使います。階段出口の陰に隠れて、少し様子を見ましょう」
フレイは杖を振った。周囲にヴェールのようなものが現れ、二人の姿は周囲から見えにくくなった。泡のようなものに包まれて二人は空中に浮かび、塔の上に向かった。