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アールゴの街(1)

 エンティス王国の西寄り、ヤンガ国に近い場所にアールゴの街がある。交易の拠点で、比較的大きな街である。

 剣士ウィリア、治癒師ジェン、魔法使いフレイの三人は街に入った。

「ああ……ひさしぶりの街ですね」

 ウィリアは栄えた市中を見て、感慨深げに言った。これまでしばらく辺境地帯を歩いてきた。野宿も多い。そんな旅に慣れてはきたものの、文化的な環境で過ごせるのはありがたかった。

 ジェンが言った。

「薬を売ったり、材料を買い込んだりしたい。三日ほど留まりたいけど、いいかな?」

 フレイも応えた。

「わたくしも、先日のメナム遺跡の報告書をまとめて郵送しようと思います。そのくらいなら丁度いいです」

 ウィリアは二人の顔を見た。

「ではわたしはその間、調査をします」

 黒水晶や魔物に関する調査である。




 宿を確保した後、近くの食堂で三人は夕食をとった。そのときフレイが言った。

「お話があります。この街を出たら、お別れになります」

「え」

「ここから少し行ったところに、古い図書館があります。昔の魔法使いが建てたもので、結界がかかっていて魔法使い以外は入れません。そこでしばらく調査をする予定です」

「しばらくって、どのくらいですか?」

「一ヶ月になるか、もっとか……。ですので、ご一緒することはできません」

「そうですか……」

「寂しくなるな……」

 ウィリアとジェンは残念な顔になった。頼もしい仲間と別れるのは辛かった。

 食事を済ませて外に出ると、だいぶ暗くなっていた。ジェンは街なかの薬屋へ商売に行く。フレイは宿に戻って報告書の執筆をする。ウィリアは夜の街で情報収集をすることにした。

 仕事帰りの人々や、酔漢が道を歩いていた。町の上には半月が浮かんでいた。




「いらっしゃーい……」

 酒場の扉を開けてウィリアが入る。他に客はいない。主人はちょっと戸惑った顔をした。若い女剣士などというのは珍しいからだろう。

「何にしましょう?」

「すみません。お酒を飲みに来たのではありません。聞きたいことがあるのです。黒水晶とその配下のこと。特にこの一、二ヶ月ぐらいの動きを」

「黒水晶ねえ……。あんまり、話すもんじゃないと言われていますがねえ……」

 ウィリアは十ギーン貨を取り出し、カウンターに置いた。主人はそれを受け取った。

「……いや、もう、ひどいもんですよ。最近でも、十数カ所の街や村が被害にあったとか……」

「そうですか……」

「一カ所で何百人が殺された所もあるらしいですな。連中の連れている兵士は、変化へんげ兵というやつらしくて、犬とか猫とかを魔法で兵士に変えているそうです。以前はその解除もできたらしいんですが、あっちも改良してきて、変化の解除がしにくくなっているようで」

「……」

「ただ、襲撃のほとんどは、軍隊とかで撃退可能だそうです。どうも『黒水晶』本人が出てくると、むちゃくちゃに強くて、どんな強い兵士や魔法使いが来ても勝てないとか……。ただし本人が出てくるのは、一ヶ月に一度だけらしいです」

「そうなのですか」

「ウワサでは、ゼナガルドのフォルティス伯爵や、ソルティアのシシアス伯爵が亡くなったのも黒水晶にやられたからだとか。……王国でも名うての強いお方がやられたんじゃあ、もう、どうしようもありませんねえ……」

「……」

「『黒水晶』が出てきたときは、男たちを殺したあと、若く美しい女を犯して孕ませるらしいですね。一ヶ月溜めて、ぶっ放すんですかねえ? ヒャッ。ヒャッ。ヒャッ」

 主人は品下しなくだった笑い声を出した。

 ウィリアは冷静なまなざしで主人の顔を見た。

「……あ、すみません」

 主人は顔をうつむけた。

「ここ何ヶ月かで、黒水晶本人が現れた場所はわかりませんか?」

「どうですかねえ……。王国から、あまり話すなと言われているので、詳しいことはわからないんですよ。被害の話はあちこちから聞こえてきますが、どれが本人がいる襲撃かはちょっと」

「そうですか」

「わからないのは、襲撃しても何を盗むとかじゃなくて、殺して、破壊するだけらしいんです。略奪でもするならまだ話はわかるんですけどね。やっぱり、魔物なんですかねえ……。まあ、このくらいしか知らないですね」

「……ありがとうございました」

 ウィリアは店を出た。

 新しい情報は特になかった。しかし、「黒水晶」についての話が一般にも知られていること、黒水晶本体とそれがいない襲撃があるということも知られていることがわかった。

 王国はいまだ黒水晶についての情報を制限しているようだ。対抗策がみつかっていない段階では、社会不安を抑えるためしかたないのだろう。しかし民衆はわかっていて、不安に感じている。

 私怨だけではなく、人々のためにも黒水晶を倒したい……と切実に思ったが、ウィリアは以前見た、黒水晶の実力を考えた。

 仮に、フレイのような魔法使いが数人、ジェンのような治癒師が数人、加勢してくれたとしても、黒水晶には勝てない気がする。

 何か方法がないか。数え切れないほど考えた問いだが、答えは出なかった。




 ウィリアは宿に帰った。これといった収穫はない。

 宿ではそれぞれ一室取っている。

 フレイの部屋の隙間から光が見える。報告書を書いているのだろう。

 ジェンは帰っているようだが、部屋の灯りは消えている。

「……」

 無意識に神経が研ぎ澄まされる。どうしても中の気配が気になる。

 ジェンの気配しかしない。同衾どうきんする別の人はいないようだ。

 しかし……。

 ここは教会領ではないので、娼館はあるようだ。すでに済ませて帰ってきたのでは……。

 ジェンの部屋の前で想像を巡らせていたが、我に返った。そんなことはどうでもいいことだ。

 ジェンとは恋人とか婚約者といった関係ではない。彼がどこに行ってどんな女性を抱こうと、ウィリアには関係がない。

 ウィリアは自室に戻り、ベッドに入った。



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