メアム遺跡(3)★
「ジェンさーん!」
橋に開いた穴から、ジェンは下に落ちてしまった。
ウィリアは穴の縁にかけよった。
「ジェンさん! ジェンさーん!!」
フレイがかけよって体を押さえる。
「ウィリアさん、落ち着いてください」
「でも、でも!」
「風魔法があるから、着地はおそらく大丈夫です」
「ああ……。だけど、どうしたら……」
「……」
フレイは橋の下を見た。
地面ははるか下にある。しかもジェンが落ちたあたりは霧がかかっている。
「目視できれば、魔法で持ち上げることができるのですが、霧が……」
ウィリアは声を張り上げた。
「ジェンさーん!!」
だが、街全体が雑音を発していて、声が届きそうにない。
「階段は地面から続いています。ある程度登ってくるのを待ちましょう」
「でも、こんな何十階も……」
「ジェンさんの体力なら大丈夫です。それよりも……」
三人を襲ってきた機械兵は橋の上で動かなくなっていた。
「……破壊できたようですね」
しかし、何か音がしてきた。
向こうの高楼から、機械兵よりは小さいロボットが、三体ほどやってきた。
ウィリアとフレイは構えた。
だが三体のロボットは二人には興味を示さなかった。倒れた機械兵にとりついて、外装を開き、内部の機械を見ている。
「な、何をしているんでしょう」
「おそらくは修理……」
「機械が機械を修理?」
三体のロボットはてきぱきと作業を進めている。どういうことをやっているかフレイも理解できないようだが、いずれ機械兵は動作を再開するだろう。
「修理させないように、攻撃しましょうか?」
フレイは少しの間考えた。
「いま必要なのは、ジェンさんが登ってくるまでの時間を稼ぐことです。修理が終わるまでの時間がわからないですが、長くかかるなら手を出さない方が得だと思います。これらを破壊すると、騒ぎが大きくなって、別のものが出てくるリスクがあります」
「わかりました。ですがこれが動作するようになったら、すぐ攻撃してきますよね。近くにいるのは危険では」
「物陰に隠れて、隠蔽魔法を使っておきましょう」
二人は最初の高楼に着いた。隠れることができそうな場所を探す。わずかに開いた入口があった。
暗い。
「しばらく中に……」
フレイが足を踏み入れた。
その瞬間、床が光った。
「!」
魔法陣であった。ウィリアは青ざめた。
光は収まった。しかしフレイはそのまま立っている。幸い、生命力吸収の魔法陣ではなかったようだ。
「フレイさん!」
「……」
フレイは振り返った。恐怖の表情を浮かべていた。
「何があったのですか!?」
「……やられました。これは、魔力吸収の魔法陣です……」
「魔力吸収?」
「入るとき警戒すべきだったのに……うかつでした。すべて吸収されてしまいました……」
魔力を吸収した部屋は、あちこちが光って明るくなった。何があるのかわからないが、周囲の機械が動作を始めたようだ。
二人は危険を感じて、その部屋を出た。
外では三体のロボットが修理をしていた。
三体のロボットは機械兵から離れた。そして機械兵は音を立てながら起き上がってきた。
「こんなに早く修理が!?」
二人は高楼の周囲を逃げた。機械兵は追ってきた。
火矢を放ってくる。
ウィリアは振り向いて剣を抜き、それを斬ろうとした。
「いけません! それは爆発します!」
そう言われて動作をとどまった。ウィリアは直前で体をかわした。爆発が起こる。
もう一発放ってきた。再度爆発が起こる。
二人で逃げる。
〈……〉
機械兵は火矢を打つのをやめて、走って追ってきた。
「火矢は?」
「手持ちが切れたのかもしれません」
機械兵は二本足で歩くので、馬車のようには速くない。しかし、人間が全力で走るくらいの速度は出ている。
二人は高楼の階段を駆け上がった。
「高楼の中に!」
開いている入口がある。中を確認して入る。
内部にも階段がある。それを登った。
上の階に着くと、下から音がした。機械兵が中に入ってきたようだ。
この階は物や機械が多く積まれていて、登る階段や外へ出る扉は見つけられなかった。
フレイが顔を伏せた。
「わたくしのせいです。好奇心に負けて、こんなことに……」
「フレイさん、あきらめちゃダメです。なにか方法があるはず!」
「魔力がない魔法使いなど、ただの足手まといです。ウィリアさん、あなただけでも逃げて……」
「そんなことはできませんし、第一、転送装置に魔力を注入しないと元の場所に戻れません」
「あ、そうですね。でも、魔力が……」
ウィリアはフレイの手を握った。
「手を握ることで、魔力補給にはなりませんか?」
「なりますが、まにあいません。ウィリアさん、ジェンさんとの間で、魔力を補給する何か他の方法はなかったですか?」
「魔力補給の方法って……その、セックスをすれば回復したのですが、それは無理だし。キスをしてもいくらか回復したのですが、それも……」
フレイはウィリアの目を見た。
「……おねがいできないでしょうか?」
「え!? いや、でも、わたしたち女同士ですよ!?」
「そうですが、試してみる価値はあります。それに……」
フレイは斜め下を向いて、言った。
「あなた、かわいいし……」
再度真顔になって、ウィリアの顔を覗き込んだ。
「時間がありません。試させてください」
「は、はい」
フレイはウィリアの肩をつかんだ。
ウィリアの心臓が高鳴った。ジェンとキスをしたときも緊張したが、女性同士で行うなどは想像していなかったし、背徳的なことのように思えた。
フレイの顔が迫ってくる。ウィリアは至近距離でそれを見た。
彼女の目は澄んでいて、睫毛は長くて、肌は滑らかでみずみずしくて、鼻筋がまっすぐ通っていて、唇は桜色で、つやつやしていて、柔らかそうで。
機械兵が上がってきた。周囲を見回す。
物陰からフレイが姿を現した。
機械兵は突進してきた。
フレイは杖を振り上げた。
杖から波動が放たれる。それはまっすぐ進んで、機械兵に命中した。
烈火が機械兵を包み、爆発が起こった。
機械兵は倒れた。動かない。
フレイは近づいてそれを見た。
大破していて、全体が焼け焦げている。どんな技術を使ってもこれを修理することはできないだろう。
背後からウィリアが声をかけた。
「やりましたね!」
フレイは振り向かずに言った。
「……ウィリアさん」
「はい?」
「……さっきのことですが、緊急時でしたし、なかったことにしてください」
ウィリアはフレイの後ろ姿を見た。耳が真っ赤になっていた。ウィリアも思い出して赤くなった。
「は、はい。わかりました」
「わたくしも、将来的には、男性と結婚したいのです」
二人は外に出た。
下を見る。地上から続く階段が霧の上に伸びている。
階段を上る人がいた。ジェンだ。
「ジェンさーん!!」
ウィリアとフレイは手を振った。ジェンも気付いて、手を振り返した。
元の世界に帰ったときには、すでに夕暮れになっていた。
三人は遺跡を後にした。
ウィリアが尋ねた。
「もう調査はいいのですか?」
フレイは頷いた。
「もう充分です。それに、こんど予想外のことが起きたら、本当に危険だと思います。記録もできましたし」
フレイは懐から紙の束を出してみせた。それぞれに絵が描かれている。研究所の中や、異空間の機械などが描かれていた。
「えっ? 絵? それにこんなに正確に、いつのまに?」
「絵ではなく、念写です。ところどころで保存しておきました」
ジェンも見せてもらった。
「へえ……。すごいな。これを王都に送ったら、遺跡の研究をぜひ推進しようということになるだろうね」
「そうなると思います。ただ、本格的な研究を行うためには、国が平和でなくてはなりません。それが、いつになるか……」
フレイは夕日に染まる遺跡を振り返った。
「必ず、戻って来ようと思います。その日が来れば……」