メアム遺跡(2)
三人は階段を降りる。フレイが照明魔法を使うので暗くはない。
階段の壁に文字が書かれていた。
「あの文字は何でしょう。数字のように見えます」
字体はすこし変だが、普通に使っている数字と似ている。
「たしかに数字だと思います。超古代語と現代語で、数字だけは同じ起源らしいです」
「とすると、10と9となっているから……階数でしょうか?」
「そうですね。屋上が10階ということでしょうか」
下の階についた。
なんとなく軍の基地に似ている。廊下が中央を通っていて、両側に部屋がある。
「そういえば、さっき『軍研究所』と読みましたよね」
「ええ」
「当時の軍関係の、兵器などを開発するところでしょうか?」
「おそらくそうだと思います。……結果として悲惨な戦争を起こしましたが、高度な科学や魔法学が使われていたに違いありません。その知識のわずかでも手に入れられれば……」
フレイは思い詰めたような表情になった。魔法使いにありがちな性質ではあるが、彼女も知識に対するマニアのようだ。
両側の部屋にはドアがある。
ジェンはドアの取っ手を回してみた。閉まっているようだ。次々と取っ手を回すが、大体閉まっている。
中に、開くドアがあった。
「お」
開けて入った。フレイとウィリアが続く。
普通の部屋のようだった。金属製の机があった。机のそばにあるものはおそらく椅子だろうが、あちこちが朽ちて残骸になっている。部屋の壁面は金属製の棚で囲まれていた。
机の上に何かある。
「あれ、本じゃないですか?」
材質は紙のようだ。表紙になにか文字がある。
「超古代の本……!」
フレイは本を手に取って開いた。
すると、その瞬間、本は粉々の紙片に分解して、フレイの手から崩れ落ちてしまった。
ウィリアが思わず言った。
「呪い……!?」
フレイが悲しそうな顔で答えた。
「いえ……呪いや魔法ではなく、単に数千年経って、紙が分解したようです……」
「ああ……」
「超古代の知恵が書いてあったかもしれないのに……もったいない……」
ウィリアは周囲を見た。金属で作られた戸棚にも多くの本が並んでいる。一部はすでに分解しているようだ。
「こんなに本があるのに、読めないのですね……」
「注意して輸送し、一枚ずつめくればあるいは……。だけどすぐには難しそうです。本などには手をつけないでおきましょう」
その階にはカギが開いていた部屋がいくつかあった。どれも似た作りで、机と椅子、本や書類があった。あまり収穫はない。
三人はもう一階下に行った。
「ここを調査したら、出ましょう」
ウィリアとジェンは頷いた。貴重な遺跡だが、きりがない。
下の階、おそらく8階についた。
上の階とは構造が違った。階段の前に、大きな扉がある。
フレイは扉の前に立った。取っ手はない。動かそうとしても開かない。魔法を使った。
「〈解錠〉」
扉は左右に開いた。
「……」
三人は中に入った。
周囲は機械が並んでいた。
見たこともない構造で、ウィリアにはまったくどういうものかわからなかった。ジェンも同様のようだった。
しかしフレイは周囲を見回し、興奮した眼になっていた。
「フレイさん、この機械が何かわかりますか?」
「わかりません」
はっきり言った。
「ですが、わかることもあります。さっき見たエレベーター、あれは基本的に電気で動作する構造で、魔力駆動はたぶん緊急用です。ここにある機械は違います。電気も使われていますが、魔力によって駆動される機械……。魔法機械です。実用化された魔法機械は現代にもありますが、これほど複雑なものはどこにもありません」
機械の通路を進むと、やや広いところに出た。円形の台があって、その周囲を機械がとりまいている。
三人は円形の台に乗ってみた。
「なにをするところなのでしょうね?」
ウィリアはふとフレイの方を見た。
フレイの目の前には、ボタンのついた操作盤らしきものがあった。その横に銀色の板がある。
そういえば似た物をエレベーターの脇でも見た。魔力を注入することでエレベーターが動き出したのだ。
フレイは銀色の板を注視していた。
ウィリアはいやな予感がした。
フレイは銀色の板に手をつけた。その手が魔力で光った。魔力は板に吸い込まれていった。
周囲の機械が光り出した。
「な、何?」
〈alaelmbu@tehr]m……〉
意味のわからない言葉が流れた。三人がいる円形の台が光り出した。
「……!!」
光は収まった。
三人は円形の台の上にいる。
しかし、周囲の様子がまったく違っていた。
頭上には空が広がっていた。奇妙な空だった。太陽が見えない。しかし空全体が明るい。
円形の台は、非常に高い高楼の上に存在していた。
周囲には似たような高楼が多数ある。その間は、階段や橋のような通路によってつながっている。
「ここは……!」
ウィリアとジェンは周囲を見回した。
フレイは頭を下げていた。
「す……すみません! 好奇心を抑えられなくて、機械に魔力を注入してしまいました……」
「それはいいですが……よくないけど……ここはどこなのでしょう」
フレイは周囲を見回して考えた。
「わかりませんが、どうやらこの台は転送装置……。はるかに遠い場所か、人工的に作られた空間かもしれません」
「人工的に作られた空間? そんなものがあるのですか」
「あり得ます。超古代語の文献に、『別の空間』という概念が出てくるので」
ジェンが言った。
「戻れるかな?」
「もう一回魔力を注入すれば、おそらく……」
操作盤と銀色の板は円形の台に付属していた。フレイはそれを見た。そして周囲を見た。
「……すみませんが、ちょっと周囲を見回っていいでしょうか?」
やはり好奇心を抑えられないようだ。
ウィリアとジェンも、ここまで来たなら、少しは見ておきたい気持ちもある。フレイの希望を受け入れた。
高楼の周囲に階段が巻き付いている。三人は階段を下った。
高楼は階層構造になっているらしい。階段の途中に入口がある。最初の入口は閉まっていたが、二番目の入口は開いていた。
中に入ってみる。
いくつかの機械があった。中に、人型のものがある。二つの手と足。しかし体は金属などから構成されている。大きさの違うものがいくつかあった。
「これは?」
「おそらく、人の代わりに働く機械。超古代語で『ロボット』と言われるものだと思います」
「動きませんね」
「燃料が切れているのでしょう。魔力を注入すればもしかしたら……」
壁に、銀色の板があった。
フレイはふらふらと、そちらの方に進み出した。
ジェンが叫んだ。
「フレイ、待って!」
フレイははっとして動きを止めた。
「す、すみません……。わたくし、今の状況に興奮して、判断力を失っております。ジェンさん、あなたの指示に従います。どこまで行くか決めてください」
ジェンは外の高楼群を見た。
「……じゃあ、橋を渡って四つの高楼を巡り、あまり時間をかけずに見よう。それが済んだら帰ろう」
数階ごとに周囲の高楼とつながる橋がついている。
橋は広い。高い手すりがついている。
ウィリアは手すりの隙間から下を見た。
地面ははるか下のようだ。高楼と橋の隙間からわずかに見える。一部は霧がかかってぼやけている。
先ほど見た「ロボット」は動かなかったが、この街の一部は動作しているらしい。下の方から機械的な音が聞こえる。
「高いですね……」
ちょっとした恐怖を感じた。
ジェンが聞いた。
「高いところ、ダメ?」
「特に苦手ではないのですが、これだけ高いとさすがに」
世界のどこに行っても、ここまで高い建造物はないだろう。
隣の高楼についた。
開いている入口を探す。大きな空間の場所があった。
機械があった。そして「ロボット」もあった。ロボットは人より一回り大きかった。十数台同じ形のものがあって、一部は作りかけのように見えた。
「ここは……?」
「もしかすると、ロボットを作る工場かもしれません」
「何をするロボットなんでしょうね?」
フレイは近寄って、構造を見た。
「武器がついています。矢かなにかを発射する装置。刃物もついています。おそらくこれは戦闘用。機械でできた兵士です」
ウィリアはあらためて、十数体のロボットを見た。恐怖心が湧いた。
「こんな機械の兵士が攻めてきたら……恐るべき戦力でしょうね」
ジェンは外を眺めた。
「さっきから気になっているんだが、ここは人間の気配がない。人間がいれば、食事や排泄や、いろいろな設備が必要になるはずだが、それらしきものがまったくなかった。おそらくこの一帯は、機械のための都市だ」
フレイも頷いた。
ウィリアは質問した。
「なぜ、そんな都市が作られたのでしょうか?」
フレイは再度、機械兵を見た。
「もしかすると、これら機械兵を大量に生産し、兵器とするため……」
「……」
ジェンが言った。
「次に行こう」
その隣の高楼も似たような構造だった。橋を渡り、三番目の高楼に向かう。
なにか音がした。
シュルシュルシュル……。
「何でしょう?」
「……?」
橋の向こうから何かが近づいてくる。
それほど大きくはない。平たい機械のようだ。
三人は近づいてみた。
やはり機械だった。下に円形のブラシがついていて、それが回転している。
「これは……掃除用の機械ですかね?」
それは橋にブラシをかけながら通り過ぎていった。
「ああいうのあれば便利ですね」
三番目の高楼で、開いている入口があった。
機械はあまりない。
しかし、床になにか円形の模様が描いてある。
「何するものでしょうか……?」
ウィリアが近づいた。
フレイとジェンもそれを見た。そして、ハッとした顔になった。
ジェンがあわててウィリアの肩をつかみ、引き留めた。
「近づくな!」
ウィリアは振り返った。
「いや、中に入るつもりはありませんが、よく見ようと思って……。これは何なのでしょう?」
「見覚えがないか?」
「え?」
「魔法使いの館で……!」
ウィリアは思い出してみた。魔法使いの館の中に、魔法陣を描いた部屋があった。その中に入れられた動物は、生命力を完全に吸い取られていた。
「これは、生命力吸収の魔法陣!?」
「おそらく、そうだ」
背筋が冷たくなった。
中をよく見る。
魔法陣の中に、何かがあった。
人間のようだった。干からびた人間だ。
「あれは!?」
「おそらく、人間の生命力を奪って、街のエネルギーにしたのでしょう……」
遺体はそれほど古くないようだった。迷い込んだ旅人か、もしかすると行方不明になった調査隊の一人かもしれない。
「……」
フレイが言った。
「もう充分です。ここは人間の来るべき場所ではないようです。帰りましょう」
三人は橋を渡り、転送装置へ急いだ。
この機械の街は危険だ。三人の足が速まる。
ガチャン、という音がした。
橋の向こうからなにかが現れた。
機械兵。
三人は足を止めた。
それは近づいてくる。
ウィリアが言った。
「ど、どうしたら……」
フレイが制した。
「戦えば応援が現れるかもしれません。できるだけ、やりすごしましょう……」
三人は橋の横に寄って、機械兵が通り過ぎるのを待った。
機械兵は橋の中央を進んでくる。
三人の近くに来た。
機械兵は頭部を回し、ガラスの眼で三人を見た。
〈……〉
じっと見つめていた。どうすればいいか、悩んでいるようだ。
機械兵はジェンを見た。
ジェンは作り笑いをしていた。
フレイを見た。
つとめて冷静な表情をしていた。
ウィリアを見た。
ガラスの眼で見つめられて、ウィリアの緊張は限界に達した。
つい、剣に意識が向かった。
機械兵の眼の色が変わった。
〈ギギギ……〉
それはウィリアに突進し、刃物を振り下ろしてきた。
ウィリアはよけた。
再度振り下ろす。
それほど敏捷な動作ではないようで、ウィリアがよけることは容易だった。しかし当たれば命は無いだろう。
ジェンは風魔法を放った。
だが金属の体には効かなかった。機械兵はジェンも見た。
体から、火矢のようなものを放った。ジェンはぎりぎり体をかわす。火矢は橋の手すりに当たって爆発し、一部を破壊した。
機械兵はますます激高して、火矢をいくつも放ってきた。
フレイが炎魔法を放った。
機械兵の胸に命中し、爆発した。機械の体が橋の上に倒れた。
だが、直前に放った火矢は数カ所で爆発を起こした。
ウィリアとフレイはよけることができた。
ジェンも火矢自体はよけたが、その爆風を受けて体が吹き飛ばされた。そして、手すりに開いた穴から落下していった。
「わーっ!!」
「ジェンさん!!」