メアム遺跡(1)
剣士ウィリア、治癒師ジェン、魔法使いフレイは修行の旅を続けている。火山地帯を抜け、平地に出た。
「お二人にお願いがあります」
魔法使いフレイが言った。治癒師ジェンと剣士ウィリアが振り返る。
「何かな?」
「この先に、メアムという土地があって、超古代の遺跡があります。そこの調査に行くつもりなのですが、すみませんが、一緒に行っていただけませんでしょうか?」
「面白そうだ」
「喜んで」
「ありがとうございます。そこは、あまり調査が進んでいない場所です。大部分が地下に埋もれていますが、かなり高度な文明、それも魔法を活用した文明があったとわかっています」
ジェンが頷いた。
「聞いたことはある」
ウィリアは首をかしげた。
「そんな興味深いところが、なぜ調査されていないのですか?」
「辺境で、野盗や魔物を避けていくだけでもかなり難しいという事情があります。あと、問題があって……」
「問題?」
「魔法文明があったらしいというので、魔法使いを加えた調査団を送ったことがあったのですが……行方不明になりました。普通の調査団のときはそんなことはなかったので、なにか魔法力が影響したのではと噂されています。それ以来、魔法使いを加えた調査はされていません」
「……」
「単に野盗などに襲われたという可能性はあるのですが、油断していいものではありません。危険があるかもしれないのです」
「なるほど……」
「調査はしたかったのですが、さすがに一人では難しいと考えていました。お二人がいてくれれば心強いのです」
「わかりました。ご一緒しましょう」
「ですが、言ったとおり、危険性は排除できません。充分に気をつけてください」
「はい!」
遺跡は台地の上にあった。
乾燥した土地のため、植物はあまりない。広大な面積のところどころに構造物が突き出している。
時の流れの中で塵が積もったのだろう。近くにあるアントズ山の火山灰も降ったのかもしれない。構造物の本体は土の下にあるようだ。
遺跡の一角、ごく限られた部分だけが、発掘調査が行われていた。四角い穴が掘られている。
ウィリアは周囲を見渡した。
「広いですね……」
フレイが言った。
「学術的には非常に重要な場所ですが、本格的に発掘すれば莫大な費用がかかるでしょう。今の、いろいろ難しい状況では実行はできません。王国の調査団が数回来たぐらいです」
ウィリアとジェンは、地面のところどころから飛び出している構造物を見た。
建物の残骸らしい。しかし、作りがわからない。
「塗り壁のように見えますが、硬そうですね」
「一部は金属のようだが、錆びていない。すごいな」
「これは何年くらい前のものなのですか?」
「確定してはいませんが、数千年、もしかすると一万年を遡ると言われています。太古の人たちはきわめて高度な文明を持っていたようです」
「なぜ滅んだのでしょうか」
「世界各地の伝説から、強力な兵器や魔法を使った戦争が行われて、すべての都市が破壊されたと言われています。ここを調べることで、実態がわかるかもしれません」
それを聞くと、高度な文明の遺跡も、人間の愚かさを象徴するもののように見えてきた。
「フレイさんはどこを調査するのですか?」
「どこも興味深いですが、これだけ広いのでむやみに調べるわけにはいきません。文字があるところを調査しようと思います。それらしき物が見えたら教えてください」
三人は遺跡の中を歩き回り、文字がないか探した。
ウィリアが目をとめた。
「……ん? あれ文字じゃないですか?」
ひときわ大きい構造物があった。その上あたりに、複雑な線で構成された記号のようなものが見える。
近寄ってみた。フレイが見上げる。
「たしかに文字です。これは……軍・研・究・所……」
ウィリアもそれを見たが、読めない。古典語の知識は役に立たなかった。
「まったく読めません」
「普通は無理だと思います。使われているのは超古代語です。現在の言葉や古典語とは言語体系から違いますし、表記法はきわめて複雑です」
「フレイさんは読めるのですか?」
「魔法文献の一部に超古代語で書かれたものがあって、言語自体はかなり解読が進んでいます。わたくしはたまたま習ったので読めますが、そんなにすらすら読めるわけではありません」
ジェンも首をひねった。
「『森の魔女さま』のところにも超古代語の文献があったけど、まるで読めなかったな……。『無理だからやめとけ』と言われた」
「まあ、魔法の修行をするだけなら古典語までで充分です。しかし希に、超古代語の文献が発見されることがあるので、研究のためには必要なことがあります」
三人はその構造物を見上げた。
フレイが言った。
「……入れませんかね」
「うーん……」
「壁を壊せば……」
「さすがにそれはしたくありません」
地面の下にかなり埋まっているのだろうが、上にも何階かの高さがある。
ジェンが見上げた。
「一番上に、入れるところはないかな?」
「……行ってみましょうか」
「ですが、ほとんど垂直で、登れそうにないですよ?」
「魔法を使います。少し近寄ってください」
ウィリアとジェンはフレイの両側に寄った。フレイが杖を回す。三人を光の泡が包み込んで、浮き上がった。
構造物の上に降りた。
「屋上みたいですね」
見てみると、ドアのついた出入り口らしいものが隅にあった。
ドアノブらしき金具はついていた。しかし、鍵穴はない。
「何千年も前の建物なのに構造はしっかりしている。すごいな」
ジェンがドアノブをつかんで、押したり引いたりしてみた。動く気配はない。
「鍵穴もない。風で開けるするわけにはいかないな……」
「……」
フレイはドアノブを注視した。そして、手を近づけた。
「〈解錠〉」
フレイの手が光った。
次の瞬間、ドアノブの周囲がわずかに光り、開いた。
「……!」
「フレイさん、開ける方法を知っていたのですか!?」
「解錠魔法にはいくつか種類があって、その中の最古のものを試してみたのです。だけど、本当に開くとは思いませんでした」
三人は中に入ってみた。
ドアを開けた中は部屋になっていた。向こう側に、妙な壁があった。
一段くぼんでいて、中央に筋がある。左右に開きそうな感じがする。ウィリアとジェンは、銀狼村で見た石の扉を思い出した。
「これはなんでしょう?」
「おそらく、エレベーターだと思います」
「エレベーター? 工場とかで、人や荷物を上下に運ぶ、あれ?」
「はい」
「だけど、動力はなんでしょう?」
「超古代の文明では、電気……雷と同種の力です……や魔法力を使って、機械を動かしていたそうです。これもそうで、横のこれはおそらく制御盤でしょう」
フレイは脇についているボタンと、銀色の板を見た。
ボタンを押してみた。
何も起こらない。
「さすがに動作しないですね」
「いえ、この銀色の板、魔力を注入できそうです。やってみます」
フレイは銀色の板に手のひらを当てた。
手から光が放たれる。
その光は銀色の板に吸い込まれていった。
何か音がした。
ボタンが光った。エレベーターの周辺が光り出し、きしむような音が聞こえてきた。
チーンという音がして、その壁は開いた。小さな部屋があった。
「この小部屋が、上下に……?」
「そうだと思います」
ジェンが指さした。
「乗ってみる?」
「さすがにそれは危険です。途中で止まるかもしれないし、中の空気が悪いと窒息する可能性もあります」
「たしかに……」
周囲を見た。横の壁にもう一つ、ドアらしきものがある。
ウィリアはそれを開けてみた。こっちは簡単に開いた。
「あれ? こっちは、階段があります」
ドアの中は階段になっていた。
「ああ、人が上り下りする階段ですね」
ウィリアはエレベーターと階段を見比べた。
「どっちかでいいような気がしますが?」
「エレベーターの方が便利でしょうが、電気や魔法駆動の機械は故障することがあるのです。人の移動のためには、両方用意しなければなりません」
「あ、なるほど」
三人は階段を見た。
「……」
しばらく無言になる。
ウィリアがフレイに言った。
「行きますよね?」
フレイは悩んでいた。入っていきたいのだろう。好奇心が抑えられないのが横から見てもわかる。だが、危険性も感じているようだ。
ジェンが言った。
「僕も行ってみたい。階段で一、二階降りるくらいなら、大丈夫じゃないかな」
フレイも決心した顔になった。
「ですね。行きましょう」
三人は階段を下った。