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火山地帯(4)

 フレイは自らの体を見てみた。

「魔力が完全に回復しています。ウィリアさんが手をつないでくれたおかげです。ありがとうございます。人に魔力を与える力が強いようですね」

 ウィリアは褒められて微笑んだ。




 宿屋の食堂に行くと、ジェンはすでに来ていた。よく休めたようで、賢者のように澄んだ眼をしていた。

「おはよう」

「おはようございます!」

「おはようございます」

「なんか楽しそうだね。面白いことでもあった?」

「うふふ。お話ししてただけですよ。ね、ウィリアちゃん」

「はい!」

「?」




 朝食後、フレイが言った。

「ジェンさん、ウィリアさんはかなり魔法剣を使えるようになっています。ですが、わたくしはいずれお別れしなければなりません」

 ウィリアが声を出した。

「えっ……」

「修行のために魔物狩りもしていますが、調査の仕事もありますので、いつまでもご一緒できるわけではありません。そうなったときのために、ジェンさんの魔法による魔法剣を練習すべきだと思うのです」

「え、僕の魔法で?」

「はい」

「できるかな?」

「それほど難しいものではありません。次の山に向かう前に、やってみましょう」




 開けた場所で、ウィリアが剣を構えている。その横にジェンがいる。後ろからフレイが見守っている。

「ジェンさん、魔法を剣に、当てるのではなくて、周囲に回転させるように放ってください」

 ジェンは慎重に風魔法を放った。

 ウィリアは剣に力を込める。

 振り下ろした。

 前方に石がある。それに魔法剣が当たる、と思ったが、当たらなかった。

「あれ?」

「魔法が離れてしまったようですね。やりなおしです」

「難しいな……」

 ジェンは戸惑いながらも、もう一回魔法を放った。

 今度はウィリアは、少し待ってみる。

 剣の周囲に放たれた風魔法は、減衰して消えた。

「う……」

 ジェンの眉が寄った。

「だいじょうぶです。何回かやればできます」

 ジェンは何度か、魔法を剣にまとわせようとやってみた。

 数回の失敗の後、剣の周囲でなにか波動が巻き起こった。

 ウィリアが剣に念を入れる。

 振り下ろした。魔法剣の威力が前方に放たれ、目当ての石がカンという音を立てた。

 ウィリアが笑顔になる。

「できました!」

 ジェンはほっとした顔をした。

「いいですよ。もっとやってみましょう」




 何度も練習して、ジェンとウィリアの呼吸が合ってきた。

 かなり確実に風魔法の魔法剣を使えるようになった。しかし威力は高くなく、石に傷をつけるくらいだった。フレイのときのように岩を砕く力はないようだ。

「ハア、ハア……。あまり威力が出ませんね」

「僕の魔力が弱いからかな……。微調整しながら出すと、せいぜいこの程度だ」

「最初から強力にはなりません。練習していけば強くなります。それに、ウィリアさんが炎属性なので風魔法ではあまり威力が出ないかもしれませんね」

「あ、ウィリアは炎属性なんだ? さすが、わかるんだね」

「え、ええ。まあ。それはともかく、今くらいの威力でも、よほど装甲が硬い魔物でなければ充分に効きます。非接触で攻撃できるのは大きいです。もう何回か練習して今日は終わりにしましょう」




 南北に連なる火山地帯。北側にあるアントズ山はその中でももっとも高く、もっとも激しい活動をする火山である。

 三人は魔物狩りをしながら、アントズ山についた。

 火口を目指し、山を登る。七合目あたりになると、岩ばかりで噴煙があちこちから上がっている。

 炎の魔物が潜んでいるはずだ。三人は警戒する。

 噴煙の影から、炎の魔物が現れた。

 魔法使いフレイが杖を構える。

 だが、炎の魔物はこちらに来ることはなく、山を登っていった。

「……?」

 魔物というのは、たいてい破壊衝動を持っているものだ。人間などがいれば無条件に襲ってくる。

 しかし出てきた炎の魔物は、こちらを見ているはずなのに無視して山を登っていった。

 フレイも、去って行く魔物をわざわざ倒す気にならず、そのまま見送った。

 三人は登っていく。

 また炎の魔物が現れた。女剣士ウィリアが剣を構える。

 だが今度も、襲ってくることはなく、山を登っていった。

「……」

 三人とも、いやな予感がした。

「なにか起こっているんだ……?」

 魔物が向かう方向についていく。

 登るにつれて、炎の魔物の数は多くなった。それらはみな山を登っていく。三人のことはまるで無視をしていた。

 周囲に何体も炎の魔物が登っている。三人は、フレイを先頭に固まった。こちらに関心を向ける魔物はいなかったが、もしこれらが一度に襲ってきたら、ウィリアの剣やジェンの風魔法では対抗できない。フレイが発する氷魔法だけが頼りだ。

 やがて火口が見えてきた。

 想像はしていたが、炎の魔物は火口に向かっている。そして次々と、その中に飛び込む。

「あの中に何が……?」

 三人は火口の縁まで来た。

 赤く燃える溶岩の湖があった。溶岩の中に、炎の魔物が次々と飛び込んでいる。

 溶岩の湖の中央に、何か見える。立ち上る煙でよく見えないが、なにかある。

 見ていると、それは動いた。

 腕があった。巨大な腕だ。それは巨人であった。

「あ、あれは!?」

「溶岩の巨人……!」

 火口へ飛び込む炎の魔物はさらに数が増えた。

「魔素を運び込んで、溶岩の巨人を作り出すつもりだ」

 ウィリアも巨人をじっと見つめた。

「溶岩の巨人……。伝説集で読んだことがあります。火山から溶岩の巨人が降りてきて、いくつもの村や町を破壊し、最後は冷えて大岩になったと……」

「そう。そして、その伝説が伝わっているのが、この山だ」

「では、あれが!」

「できあがればおそらく、伝説と同様に破壊の限りを尽くすだろう」

「ど、どうしましょう」

「……山を下りて、周辺の村や町へ警告しよう」

 ジェンは下りようと背後を見た。しかし、山の全体から集まってくる炎の魔物の数が多くなっている。

「どんどん登ってきます。逆らって下りるのは無理です」

 群衆の津波のようだ。下手するとそれらに押されて火口に落ちてしまう。熱気も耐えがたくなってきた。

 フレイが障壁魔法を使った。三人を囲む半球状の障壁が現れた。

「魔物の数が落ち着くまで、ここで耐えましょう」

 それから十数分ほど、大量の炎の魔物が障壁の脇を通り過ぎた。輻射熱が熱かったがなんとか耐えた。

 急に、登ってくる炎の魔物がいなくなった。

「どうしたんでしょう?」

 ウィリアは周囲を見た。

 フレイは障壁を解除した。もう一度火口を覗き込んで、溶岩の湖を見る。

 溶岩の巨人は、さっき見たときよりも一段と大きくなっていた。

 それは立ち上がった。

 全身が溶岩でできている巨人。それは歩き出す。湖の縁にたどりついて、火口から出ようと斜面を這い上りだした。

「遅かったか……!」

「このままでは、村や町が……!」

 ジェンとウィリアは登ってくる溶岩の巨人を見つめた。

 フレイが、一歩前に出た。

「フレイさん……?」

 彼女はきっぱりと言った。

「戦おうと思います」

「か、勝てるのですか?」

「……わかりません。ですが、あれに対抗できる手段があるとすれば、魔法のみ。見過ごせば何人が死ぬかわかりません。命をかける価値はあります」

 眼には覚悟があった。

 ウィリアは彼女の目を見て、自らも一歩踏み出した。

「お伴させてください。あまりお役には立てないと思いますが、霊気防御で補助します」

 ジェンもまた踏み出した。

 フレイは頭を下げた。

「……巻き込んですみません。おねがいします」




 フレイは、巨人の登ってくる火口の縁に位置取った。

 赤熱する巨体が下から登ってくる。それだけで熱気が達してくる。

 巨人は岩に手をかけた。

 そのとき、フレイは魔法を発した。魔法は巨人の肩に当たり氷雪となって、その一部を破壊した。

 巨人はバランスを崩した。

 だが斜面に踏みとどまった。そして、破壊された肩はみるみる再生した。

「……」

 もう一度氷魔法を発する。胸元に当たる。

 しかし再生は速やかだった。

 巨人は激高した。火口の縁にいるフレイたちに向かって炎を吐いてきた。

 フレイの左右にいたウィリアとジェンが防御を行った。炎の角度を変え、外に逃がす。

 巨人はさらに怒った。急いで登ってくる。

 フレイはまた魔法を発した。当たったがやはり再生されて終わった。

「だ、だめです……」

「え!?」

「核を破壊しなければならないのですが、あまりに大きすぎます。わたくしの魔力では、全部使っても核まで届きません」

 巨人は三人に近づいてきた。熱気が届く。

 ウィリアは剣を構えて戦おうとした。

「だめです。ウィリアさん。あの体ではどんな剣でも溶けてしまいます」

「どうしたら……」

「ウィリアさん……」

「はい?」

「氷魔法で、魔法剣を使ってください」

「氷魔法で……。できるでしょうか」

 フレイとの練習は炎魔法だけで、氷魔法でやったことはない。

「練習しなかったのはうかつでした。ですが手順は同じなので、すみませんがやってみてください」

「わかりました。フレイさんの魔法、必ず受け止めます!」

 剣を構えた。

 フレイが氷魔法を放つ。波動が剣の周囲で渦巻く。

「まだ……」

 ウィリアは我慢した。

 巨人は近づいてくる。

 念を入れる。魔法が増幅するのを待つ。

「やーっ!!」

 振り下ろした。

 衝撃があった。巨人の胸部が大きく破壊された。

 胸の内部には、より強く光る部分があった。

 だが、巨人の肉体はすぐに再生される。強く光る部分は見えなくなった。

「あの光は……?」

「あれが『核』です。あれを破壊しないと倒せません」

 巨人は衝撃に耐えた。体を再生し、ふたたびよじ登ってくる。

 もう、火口の縁に手が届きそうだ。

 ウィリアはもう一度構えた。フレイが魔法をかける。

 氷の魔法剣を放った。

 ふたたび胸部を破壊することはできたが、核までは壊せなかった。到達するまでの体が厚すぎる。

「……!」

 巨人の動きは鈍重だが、一歩が長い。もし火口から出たならば、走って逃げるのは不可能だろう。

 巨人が三人に向けて拳を振るった。

 咄嗟に退いた。立っていた火口の縁が拳でえぐられた。

 もう、火口から上半身が出ている。三人は巨大な体を見上げた。

 フレイが言った。

「ジェンさん……」

「ん?」

「わたくしが氷魔法を剣にかけます。それに、風魔法を重ねてください」

 ジェンもウィリアも驚いた。

「魔法の重ねがけ!?」

「やったことがありません!」

「ぶっつけ本番ですみません。ですが、わたくしの氷魔法だけでは破壊する力は足りません。倒せるとしたらその方法だけです。おねがいします」

「……わかった」

 巨人は火口から出ようとしている。次が最後のチャンスだろう。

 ウィリアが剣を構える。

 フレイが剣に氷魔法を与える。

 ウィリアは念を込める。

 ジェンが風魔法を与えた。

 ウィリアはさらに念を込める。剣にまとわりつく氷魔法と風魔法が融合した。

 さらに、力を増幅させる。

 巨人は火口の外に足をかけた。

 三人を睨み、近寄ってくる。

「やーーっ!!」

 力の限り剣を振る。それは一筋の氷雪吹雪となった。

 巨人の体に当たる。

 その溶岩の肉体を大きく破壊し、内部の「核」に達した。「核」は白い火花を上げて砕けた。

 巨人の肉体が崩れた。

 仰向けになりながら、溶岩の湖に落ちた。

 溶岩が沸騰する。

 大きな爆発があった。炎が周囲に散らばる。

「!」

 三人のいる場所に、無数の炎と噴石が降り注いだ。

 溶岩の湖は何回か爆発を繰り返し、やがて静かになった。

「……」

 三人は無傷だった。

 とっさに、フレイとジェンは防壁魔法、ウィリアは霊気防御を使っていた。三重の防壁は降り注ぐ業火も防いだ。

「やった……のですね」

 ウィリアは火口の方を見て言った。

 溶岩の湖は、赤く燃えてはいるが、表面はおだやかになっていた。

 フレイはウィリアとジェンの顔を交互に見た。

「本当に……みんな優秀で……」

 褒められてウィリアは笑顔になった。

 ジェンはなぜか笑い出した。

 つられて、三人で笑った。



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