火山地帯(3)
女剣士ウィリア、魔法使いフレイが、森の中の開けた場所にいる。その隅には岩がふたつ並んでいる。
ふたつの岩の間に太い枝を置いている。
女剣士ウィリアはその前に立って、剣を構えた。その横に魔法使いフレイがいる。
「では、剣に魔法をかけます。そうしたら斬ってください」
ウィリアは頷いた。
フレイは杖を少し持ち上げて、ウィリアの剣に波動を与えた。波動は剣を取り巻く炎となった。
剣を振り下ろす。岩に渡した枝は斬れた。
「……」
ウィリアははじめて魔法剣を使った。正直、拍子抜けだった。そもそもウィリアの腕なら枝くらいいくらでも斬れる。
それでもフレイは微笑んでいた。
「いいですよ。ちゃんと炎が乗っています」
「ありがとうございます。でも、威力的に、あまり増強してないような……」
「最初はそんなものです。次は、剣に魔法をかけた状態で少し耐え、力を増幅させます。霊気防御を行ったときと同じようにやってください」
「はい。でも、剣に炎が当たると、なまくらになったりしませんか?」
「魔法というのは、最終的には炎や氷になりますが、発動するまでは波動状態で、実際の熱や冷気はありません。そうでなければ、指や手から炎を出す魔法使いはそのたびに火傷するじゃないですか」
「あ、なるほど」
「ただ、タイミングをまちがうと実際に熱になります。そうなると剣も悪くなるし、火傷します。その前に斬ってください」
枝を岩の間に置き直す。
フレイはまた剣に炎をまとわせた。
ウィリアは我慢する。
最初は熱さは感じないが、徐々に熱に変わってくる
これ以上我慢しては炎になる。ウィリアは剣を振った。
さっきよりもたしかに手応えがあった。はっきり炎が上がる。枝が斬られ、その断面が燃え上がった。地面に落ちたとき、切断面は黒い炭になっていた。
「!」
フレイはさらに微笑んだ。
「やはりウィリアさんは筋がいいです。練習を続けましょう」
初日の練習でウィリアはかなり魔法剣を使えるようになった。
しかし、精神力的な疲労がたまってくるので、長くはできない。魔法剣の練習は午前中で切り上げ、午後は火山地帯の魔物を討伐する修行をした。
ウィリア、ジェン、フレイの三人は火山地帯を進んでいた。
あと何日かで温泉街に着く。それまでは野宿である。
翌日も、ウィリアとフレイは魔法剣の練習を行う。
大きな岩が転がっている場所だった。
「そうですね。今日は、この岩をめがけて斬ってみましょう」
「え!? さすがに岩は無理ですよ。刃こぼれします」
「剣自体は当てません。魔法剣の威力のみを当てます。うまくいけば傷つけることができます」
ウィリアが構える。フレイが剣に魔法をまとわせる。魔法を岩に叩きつけた。
岩の表面に、焦げた跡がついた。
「こんな感じですか?」
「そう。もっと力が増せば、傷をつけることもできるはずです」
何度も練習した。その日のうちまで、傷はつけることができるようになった。
ウィリアとフレイは毎日練習した。徐々に威力も上がってくる。魔法剣の及ぶ距離も伸びてきた。
手応えを感じるようになってきた。
「フレイさん、おねがいします!」
受け身ではなく、自分のタイミングで魔法を要求するようにもなってきた。フレイが魔法を放つ。剣にまとわりつく。気合いを込める。
「やーっ!!」
かけ声とともにウィリアは剣を振った。魔法に強化された剣の威力が、前方の岩に当たった。岩は二つに割れた。
「あ……」
二人とも、少しの間声が出なかった。
ウィリアはフレイに向き直った。
「やりました! フレイさんのおかげです! ありがとうございます!!」
フレイの肩をつかんで、満面の笑みを浮かべた。
フレイはウィリアの顔をじっと見た。
すると、フレイの丸い目から、なぜか涙が流れてきた。大粒の涙がいくつも頬を伝った。
「え……? フレイさん……?」
フレイは涙をぬぐった。
「……す、すみません。あなたの喜びかた……。つい、昔のことを思い出してしまいました」
「……」
昔のことというのは、故ライドゥスとともに魔法剣の練習をしていたことだろう。フレイとライドゥスは魔法剣の練習をする間に惹かれ合い、恋人となった。しかし、ジェンが関係する不幸な事故により彼は死んでしまった。
ジェンにとっても、フレイにとっても、亡くなったライドゥスの存在は非常に大きいものらしかった。
フレイは涙を拭き終わり、顔を上げた。
「泣いてちゃいけませんね……。今の感覚を忘れないうちに、あと数回練習して、今日は終わりにしましょう」
三人はやっと、火山地帯にある温泉街に着いた。温泉街と言っても宿が一つあるだけで、その周囲に観光客向けの店がいくつかあるという小さな集落である。
火山地帯は最近、魔物の発生が多くなっている。想像はしていたが、集落の中はあまり活気がなかった。とりあえず宿を取る。
「ごめんください……」
「いらっしゃい……」
奥から主人が出てきた。
「三部屋ありますか?」
「ええと、二部屋でだめですか? 今日はちょっと混んでて」
「あ、混んでるんだ?」
「王国の魔物調査隊が来てるんですよ。どうせなら一辺にじゃなく来てくれると助かったんだけど……」
「そうですか。じゃ、二部屋で」
フレイが言った。
「では、お二人で……」
ジェンが答えた。
「いや、今日はほとんど魔力を使わなかったので、回復の必要はない。悪いけど、女性二人で泊まってくれないか?」
「あ、そうですか。そうですね」
フレイはウィリアと泊まることに同意した。
夕食後、ウィリアとフレイは温泉で疲れを癒やした。寝巻に着替えて部屋に戻る。
「いいお湯でしたね」
「ええ」
部屋に戻っても、特にやることはない。
ウィリアが言った。
「あのう、フレイさん」
「はい?」
「あの……魔法学園に行かれていたのですよね。……学園のことを思い出すのは……つらいですか?」
フレイはウィリアの目を見た。
「別につらくないですよ?」
「でも……あの……」
「ライドゥスさんのことをお考えなのですね。思い出せば悲しいですが、亡くなった人は、時々思い出してほしいと思っているはずです。忘れずにずっと、思い出すつもりです。何か聞きたいことがあるなら、どうぞ」
「わたし、学校へ行ったことがないのです。ほとんど個人授業だったので。だから、学校ってどんな所かなって話を聞きたくて……」
「どんな所かと聞かれてもちょっと答えにくいですね。同じ年代の生徒がたくさんいて……もっとも魔法学園では年齢がバラバラでしたが」
「お友達はできましたか?」
「ええ。何人かは今でも交流があります」
「いいな……」
「いいことばかりでもないですよ。子供が集まれば、いじめやケンカや対立や、嫌なこともあります。だけど……そうですね。やっぱり、楽しかったですね」
「勉強の他は、どんなことをしていたのですか?」
「たいしたことはしてませんよ。噂話とか、恋話とか」
「恋の話?」
「その頃は興味津々な年齢ですからね。誰がステキだとか、誰と誰がつきあってるらしいとか……。いま考えればどうでもいいことを、飽きもせずに喋ってました」
「魔法学園は男女共学なんですよね。男性のお友達はいましたか?」
「いないこともないですが、話をするのはほぼ女性同士でした。男性ではむしろ、先輩に尊敬できる人が何人かいました。その方たちは立派な魔法使いになっています」
「流行っていた遊びなんかはありませんか?」
「そうですね……遊びとはちょっと違うのですが、みんな媚薬作りに夢中になってました」
「媚薬!?」
「魔法学園ですから作り方を習うのです。わりと初級の技術なので、作るだけなら大抵できました」
「そ、それは、好きな人と恋仲になるために!?」
「基本的にはそういうことですが、なにしろ学生が作るものですから、効き目が弱かったり、変な匂いがしたりして、あまり実用にはなりませんでしたね。それに、いつか効き目がなくなるものなので、『媚薬がなくても恋人になる相性でないと、結局は別れる』という、ミもフタもないのが実情です。上級生になるとわかってくるのですが、習い始めの頃はたいてい夢中になります」
「あ、そうですか」
「ただ、ときには強力なものができることがあります。そういえば、最初に作り方を習ったときですけどね、実習授業で、クラスをいくつかの班に分けて作成するのです。他の分野ではあまりないと思いますが、魔法の世界ではたまに『強力になりすぎた』ということがあって……」
「どうなったんですか?」
「ある班で作っていた媚薬が、強力になりすぎたみたいなのです。その蒸気を男子生徒二人が吸って、その二人、クラスの全員が見てるにもかかわらず、抱き合ってキスをしはじめて……」
「え? え!? それで!?」
「床に転がって、服を脱がし始めましたので、周囲のみんなで引き離しました。引き離さなかったら、たぶん最後まで行ってましたね」
「わあ……。そして?」
「治癒系の先生を呼んで、状態異常解除でなんとか正気に戻りました」
「その二人、そのあとどうなりました?」
「からかわれることもありましたが、『薬のせいでしょうがなかったんだよ!』と言ってました。ただ、その後もわりと一緒にいたようですね。卒業後は同じ領国に就職したようですが、その後はわかりません」
フレイは学園の思い出をいろいろと語った。ウィリアは熱心に聞いていた。
夜も更けた。
「もう遅いですね……。寝ましょう」
ジェンと一緒の部屋では、魔力を回復するため手をつないで寝る。そういえば、フレイさんはどうやっているのだろう。
「フレイさんは、魔力の回復はどうしているのですか?」
「自然からもらってます。樹々の香りとか、風のそよぎとか……」
「それだけで、あんなに強力な魔法が使えるんですか?」
「魔力の回復も、魔法使いが修行すべき事項です。ですけど、ここ数日は回復に時間をとれなかったので、いまはちょっと減ってますね。最大値の半分くらい」
「寝れば戻りますか?」
「一日だけでは戻らないと思います」
「そうですか……。ジェンさんの魔力は、手をつないで一晩寝れば回復するんですが、フレイさんには効かないでしょうね」
フレイはちょっと考える表情になった。
「……おねがいしようかしら」
「え? でも、女性同士で効き目があるのですか?」
「身体接触による回復は、同性でもある程度効果があります。性別よりも、魔力の与え手の能力の差が大きいです。ウィリアさんにはその力があるのかもしれません」
ベッドの一方を移動させてくっつけた。二人は横になって、手をつなぎながら眠った。
窓からの光が、ウィリアの顔にかかる。
「うーん……」
目を開けた。
わりと陽が高い。しばらくぶりのベッドで、ぐっすり眠り込んだようだ。
横にはフレイさんが寝ていて、その手を握っている。
「フレイさん、朝ですよ」
フレイは寝返りをうった。
「うーん……ウィリアちゃん、もう少し寝かせて……」
「ウィリアちゃん?」
フレイは眼を開いた。
「あっ、すみません! 寝ぼけて、悪い言葉遣いをしてしまいました!」
フレイはあわてて起き上がった。
「なにも悪い言葉じゃないですよ」
「いえ、貴族の方に言うような言葉ではないです。本来は様をつけなければならないのですが……」
「身分は捨てました。わたしが年下なんですから、呼び捨てでもいいんですよ?」
「いえいえ、さすがにそれは……。わたくし、両親が魔法使いなだけで、ただの平民なのです。寮で貴族の人と同室になったので、がんばって上品な言葉遣いに変えたのですが、気を抜いたときに地が出てしまって……」
「むしろ、普通に言ってほしいです。あの、ウィリアちゃんって呼ばれたことはあまりなくて、新鮮で、なんだかうれしいです。すみませんがもう一度、呼んでくれませんか?」
「え……。ウィリア……ちゃん?」
「は、はい」
「ウィリアちゃん」
「はい!」
どちらからともなく、二人で笑った。