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火山地帯(2)★

 女剣士ウィリア、治癒師ジェン、魔法使いフレイは火山が連なる地帯を進んでいた。炎の魔物を狩り、自らの修行とするためである。

 いくつかの火山が連なっている。温泉街があるが、そこまではまだ何日かかかる。

 火口に近いところに炎の魔物は多い。ただ、火山性ガスが発生しているのであまり長居はできない。火口へ登って魔物狩りをして、少し下って道を進み、また火口へ向かうというルートを通っている。

 火口を離れ、山と山との中間あたりに出た。このあたりだとあまりガスは出ていないし、炎の魔物もいない。

 だが、道の向こうに煙が見えた。

「あれ? あんなところに火口でしょうか?」

 剣士ウィリアがみつけて言った。

 魔法使いフレイが眼をこらして見てみる。

「いえ……。あれは噴煙とは違うようです。どうも、湯気ですね」

「湯気?」

 近づいてみた。

 水があった。水面から湯気が出ている。川の一部が地熱に暖められて、天然の温泉になっていた。

 ウィリアはしゃがんで手を入れてみた。

「あ、ちょうどいい温度……。入りたいな……」

 辺境を旅すると風呂好きになる。数日間風呂に入れないのはザラなので、入れるときに入っておきたいという気になる。

「ちょっと待ってくれ。検査してみる」

 ジェンは背中の荷物を降ろし、毒性検査の葉っぱを取り出した。温泉に入れてみる。色は変わらなかった。

「毒性はない。肌にも強い刺激はないようだ。入れるよ」

「うーん……でも、こんなところで裸になるのは危険ですよね……」

「二人で入りなよ。僕は見張っているから」

 ジェンは温泉に背を向けて、岩に腰を下ろした。




 女剣士ウィリアと魔法使いフレイは、服を脱ぎ温泉に入った。

 おたがい、微妙に距離をとっている。

 ウィリアはちょっと恥ずかしく、お湯に体を隠している。

 フレイは無関心を装っていたが、どうしても気になるようで、ウィリアの均整のとれた体をちらちら見た。ジェンさんが同じベッドで我慢している体はこれか、といわんばかりの目つきだった。

 お湯の温度はちょうどよく、少し浸かっているうちに二人はリラックスしてきた。

 フレイが口を開いた。

「ウィリアさん……」

「はい?」

「領国には、戻らないのですか?」

 ウィリアは眉を寄せた。

「……戻りません。黒水晶を倒すまでは……」

「その黒水晶ですが……すでにわかっていることから考えても、あまりにも強大です。直線的な努力によっては倒せないかと思うのです。われわれ魔法使いや王城の学者たちも倒す糸口を探していますので、その目途がつくまでは、いちど領国に戻る方がいいのではないでしょうか」

「戻れば旅が終わりになります。フレイさん、この前、ジェンさんに寄り添ってくださいと言ったじゃないですか」

「それも大事ですが、ゼナガルド領国でも困っていると聞いております。ウィリアさんが帰れば多くの人が喜ぶのでは」

「自分が、人としてまちがった行動をしているのはわかっています。ですが、戻るわけにはいきません。フレイさん、黒水晶には、父を殺されただけではないことはご存じですよね?」

「……」

「わたしは黒水晶に犯されました。そのとき、恥をそそぐために死ぬべきでした。しかし死ぬのはいつでもできます。黒水晶を倒すために命を捧げると決めたのです。この汚れた体でのうのうと戻ったとしても、人々からは軽蔑と憐憫の眼で見られるでしょう。それは耐えられません」

「ウィリアさんの責任ではありません。誰もそう思いません」

「いいえ。私が体を汚したのはそのときだけではありません。探索の仲間を得るために抱かれたこともあります。混乱した仲間に犯されたこともあります。ジェンさんにも体を……。もう、おおやけの場に立てるような女ではないのです」

「自分を汚れた体なんて言わないでください。それを言ったら、わたくしも同様です」

「フレイさんは、愛する人に捧げたのでしょう? それは正当なことだと思います」

「たしかにわたくしは愛する人に純潔を捧げました。それは後悔していませんが、彼を亡くしてから貞節を守っていたわけではありません。別な人と交際したこともあります。魔法を伝授してもらうために、年配の魔導師に抱かれたこともあります」

「そんな……」

「魔道では珍しくない話です。ウィリアさん、世間の女性たちは、あなたが思うほどみさおを守っているわけではありません。自らを汚れた体と言うとわたくしたちにも響きます。あまりおっしゃらないでください」

「……すみません」

「また、黒水晶に対する気持ちはわかりましたが、焦って向かっていけば無駄死にになるだけです。なんらかの糸口が見つかるまでは、自重してください」

「ええ、それはわかってはいます」

 空は晴れている。湯気の向こうに雲が見える。

 ウィリアは言った。

「……ですが、急がなくてはいけません。黒水晶本人が動けるのは新月のときだけ……。しかし奴は、それを克服する方法を探しているに違いありません。もし、克服されたら、どんな武力も対抗できない最悪の敵になるでしょう」

 フレイは難しい顔をして頷いた。

「たしかに……」

 ウィリアは目を閉じて、奥歯を噛んだ。

「強くなりたい……。せめて、黒水晶に、傷をつけて死にたい。それができなければ死んでも死にきれません」

 フレイはウィリアの横顔を見た。

「ウィリアさん、魔法剣をやってみませんか?」

「魔法剣?」

「ご存じですか?」

「使っている人を見たことはないのですが、ジェンさんにお話を聞きました。フレイさんとライドさんが練習していたと……」

 フレイは少し目を伏せた。

「ええ。そうです。実用にするのは難しい技ですが、もしかすると役に立つかもしれません」

「わたしにできるでしょうか?」

「コツをとらえる必要はあります。まず、剣を構えます。その剣に向かって魔法使いが魔法をかけます。剣士はさらにその魔法に気合いを加えて、斬るわけです。うまくいけば本来の剣よりも数倍、十数倍の威力を発揮することができます」

「……教えていただけますでしょうか」

「喜んで。今日はもう少し進む必要があるので、明日からにしましょう」

「魔法の才能は必要ないでしょうか」

「多少はあった方が有利ですが、ウィリアさんは霊気防御もすぐに習得しましたよね。魔法使いではなくても潜在的な能力はあると思いますよ」

「そうですか。他に条件はありませんか?」

「これはあまり重要ではないですが、剣士と魔法の属性が同じ方がやや効率がいいです」

「属性?」

「あ、これは魔法の方の言葉です。『属性』というのは基本的には、炎魔法とか氷魔法とかの種類のことです。『炎属性』とか『氷属性』とか言います。

 そして、魔法使いに限らず、人間には潜在的に『属性』があります。魔法使いは基本的に自分の属性の魔法を使います。わたくしは炎属性が強いので、主として炎魔法を使うわけです」

「たとえば、ジェンさんは風属性ということでしょうか」

「そうだと思います。まあ、魔法使いでも腕が上がれば自分の属性以外の魔法も使えるようになりますが、やはり自分の属性の方が強力になります」

「それは生まれつき決まるものですか?」

「ほとんど生まれつきです。ただ、必ず遺伝するというわけでもなくて……。たとえば炎属性の魔法使い同士が結婚したとき、やはり炎属性の子が産まれることが多いのですが、ときに氷属性になったりします。どうやって決定されるかはよくわかっていません」

「では、わたしの属性は何でしょうか?」

「ええと……」

 フレイは困った顔をした。

「鑑定が得意な人なら見ただけでわかるのですが、わたくしはそれができなくて……。うーん……」

 ちょっと口ごもった。

「ウィリアさん……」

「はい?」

「確認のため、心臓のところを触ってよろしいでしょうか?」

「え? はい、いいですよ」

「では、失礼します」

 フレイはお湯の中を移動して、ウィリアに近づいた。

 フレイはしばらくウィリアの胸に手を当てていた。

「……わかりました。ウィリアさんの属性は、炎。わたしくと同じです。明日から炎魔法を使って練習してみましょう」




 二人は温泉から上がった。

 よく暖まり、肌が上気している。特にウィリアは耳の先まで赤くなっていた。

 ジェンは岩に座って見張りをしていた。

 フレイが後ろから声をかけた。

「ジェンさん、お待たせしました」

「あ、おかえり」

「よいお湯でした。こんどはわれわれが見張っていますので、お入りください」

「じゃ、入らせてもらおう」

 入れ替わりにジェンが温泉に向かった。その背中を見ながらフレイは、先ほど近くで見て、実際に触れてもみたウィリアの体を思い出した。

「本当、かわいそうに……」

「え?」

「いえ、なんでもないです。こっちの話です」



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