火山地帯(1)
噴煙があたりを包んでいる。
火山の熱は地面のすぐ下に潜んでいる。岩場の所々に穴があり、そこから噴煙が湧き出している。火山性ガスのため植物はほとんど無い。石と砂と煙だけの光景。
その中を、若い女性が二人歩いている。
ひとりは小柄で、ローブを羽織り、ねじれた木目の杖を持っている。もう一人は立派な鎧を身にまとっている。
煙の背後から、炎が現れた。
ただの炎ではない。まるで人間のように意思を持って動く炎。魔物化した炎である。
小柄な女性がすかさず杖を向ける。先端からは波動が発せられた。
波動は炎の魔物に当たった時点で、極寒の吹雪となった。その冷気に中和され、炎の魔物は消滅した。
二人は進む。
また炎の魔物が現れた。
今度は鎧をまとった女性が向かった。魔物は火炎を吐いた。彼女は身を翻し、火炎の直撃を避けた。
魔物を剣で攻撃する。
炎や風など、自然現象を元とする魔物はエレメント系と言う。この種類は一般に剣による攻撃が効きにくい。
だが、鎧の女性は剣で何度も炎の魔物を斬った。魔物にダメージが蓄積する。中心部が露わになったところで、力強く斬る。魔物は分解され、消滅した。
エンティス王国の西部、火山が連なった地帯がある。
少し前までは温泉地があるだけの平和な所であったが、魔素放出の増加によって、炎系の魔物が跋扈する危険な場所となってしまった。
剣士ウィリアと魔法使いフレイは、修行のため倒す魔物を探している。火山が連なった地域を縦断して、エレメント系の魔物を倒そうとやってきた。
後ろからは治癒師ジェンがついてきている。彼は治癒魔法の他に風魔法を使うのだが、風魔法は炎魔物に対して相性がよくないので、ここではサポートに徹している。
ある程度魔物を倒したら、少し山を下る。火山性ガスは有毒で、それに今は魔素の放出も加わっている。長居すると体に悪い。植物があるあたりまで降りてきて休憩する。
三人で昼食をとった。
ウィリアが言った。
「フレイさん、この前までは炎魔法を使ってましたけど、氷魔法もお得意なのですね」
「いえ、お恥ずかしい。いちおういくつかの種類の魔法は使いますが、炎魔法以外はどれも中途半端です」
フレイの炎魔法は、空に広がった数百の魔物を一度に倒す力がある。それに比べれば自信がないのだろうが、氷魔法も十分な威力があった。
フレイが言った。
「そういえば、ウィリアさん、炎を避けてましたよね?」
「は、はい」
堅パンを噛んでいたウィリアがあわてて答えた。
「避け方が変でしたか?」
「避けるのはいいのですが、冷熱の霊気防御は使わないのですか?」
「冷気防御?」
「霊気です。オーラとも言います。生物の周囲には霊気、オーラが存在しています。生命力が外界に発している波動です。そして、武器を充分に使いこなせる人なら武器からも霊気を発しています。その霊気を盾として使うことで、炎や吹雪を防御する技術ですが、やったことはないですか?」
「ありません……。わたしは、魔法を使えないし……」
「これは魔法使いだけではなく、剣士なども練習すれば使える技です。ジェンさんもやりましたよね?」
フレイはジェンの方を向いて尋ねた。ジェンは思い出す眼になった。
「やったけど、魔物発生区域に行く前にちょっとやったくらいだなあ。そこではブレス攻撃をするのはあまりいなかったので、実戦で使ったことはない」
「剣術学園では教わらなかったのですか?」
「理論的なことは習ったけど、実際に練習することはなかった。そのときの先生の話だと、この技が使えるにはそうとう剣の腕が必要になるとか……」
「ああ……なるほど」
剣術学園の生徒でも、達人の域に達する使い手はそう多くはない。
「まあ、魔物や魔法使い相手ではないと意味のない技ですが、ウィリアさんのように魔物退治で修行をしているのなら習得して損はありません。午後からの魔物狩りは延期して、練習してみませんか?」
「はい! 教えてください」
ウィリアとフレイは開けた場所に出た。
「まず、剣を持ってください」
ウィリアは剣を持った。
「剣を、自分の肉体と同じように感じていますよね?」
「はい」
幼少からの練習と修行により、肉体の一部として剣を使えるようになっている。
「剣に意識を集中してください。生命力を注ぎ入れるように……想像の中でそうする感じで……」
ウィリアは目を閉じて集中し、握っている剣に生命力を注ぎ込もうとした。生命力を注ぎ込むと言っても、魔法使いでも治癒師でもないので勝手がわからない。
「そんなに力を入れないで。息を止めないで。普通に持って、心だけを剣に注ぎ入れるように……」
そう言われてもわからないが、しばらく意識や体勢を変えながら試みてみた。続けていると、何かがつながるような感覚があった。
「そう。そうです。剣に生命力が流れ込んでいます。その状態を保ってください」
想像を働かせながら、生命力を流し込もうとする。
熱い。
剣が命を持っているように、温かみがある。
「いいですよ。充分に生命力がたまりました。では、剣を持ち上げて……。左右に振って、オーラを周囲に広げるのです」
左右に振る。なんとなく、剣の周囲にオーラがあるような気がしてきた。
「オーラに更に力を入れて、それが板であるように考えてください。それが防壁になります」
これは板だ、板だと思い込んでみる。強く念じる。そうすると、剣の周囲に本当に板があるような気がしてきた。
フレイが人差し指を立てて、爪の先から小さな炎を出した。
指を弾いてそれをウィリアに飛ばす。
小さな炎は剣の近くまで飛んで、そこで跳ね返された。剣に触れていない。たしかに防御することができた。
「! できました!」
「よかったです。スジがいいですよ」
フレイも笑顔になった。
「ですが、今の段階では、さっきのような小さな炎を防げるくらいです。もっと練習しないと実用にはなりません。感覚を思い出して、最初からやってみましょう」
「はい!」
ウィリアとフレイは練習を重ねた。徐々に強度が上がり、強い火炎でも防げるようになってきた。
夕方である。ジェンは近くで野宿の準備をしていた。
「ではこれで最後にしますが……ちょっと待っていてください」
フレイはその場を離れ、ジェンを連れてきた。
「ジェンさんも見ててくださいね。では、最後の練習です。これを止めてください!」
フレイは杖を持ち上げた。杖の先から波動が渦巻く。振って、ウィリアに魔法を発した。それは火炎になった。
ウィリアはその魔法に正面から向かった。剣に霊気を込め、障壁を作り出そうとした。
火炎がウィリアを襲う。それは障壁に当たった。障壁ごとウィリアの体が少し押されたが、全力で踏ん張り、耐えることができた。
「できました!!」
ウィリアは晴れがましい顔で叫んだ。
「フレイさん、ありがとうございます! 魔法を使えないわたしがここまでできるとは思いませんでした。フレイさんのおかげです」
「……いえ、ここまでできたのは、ウィリアさんが剣の修行をしていたからです。でも、本当によかった……」
フレイの顔は、泣きそうな喜んでいるような複雑な表情をしていた。横にいるジェンは、張り付いた表情で、冷や汗を流していた。
ウィリアは、なぜそんな表情をするのかと思った。
「フレイさん、どうしました?」
フレイは申し訳なさそうに言った。
「今の火炎を防げなければ、殺してしまうところだったので……」
「え……」
ウィリアの背筋が冷たくなった。
フレイは真顔になった。
「ですが、ここまでやらなくては、実用にはなりません。あのくらいの攻撃をする魔物は存在します。殺すことになっても、やらなければいけませんでした」
ジェンがいるから死んでも生き返らせてはくれるだろうが、それでも、そこまで本気でやってくれていたことをありがたいと思った。ウィリアは再度、フレイに頭を下げた。
「ありがとうございます……!」
ジェンがほっとした顔をした。
「まあ、なんにせよ、順調に習得できてよかった」
「人ごとではありませんよ。ジェンさん」
「え?」
「ジェンさんも、火炎から体を避けてましたよね? 障壁魔法を使わないのですか?」
「あ……その……習わなくて」
「せっかく森の魔女さまの弟子になったのに、それくらい習わなくてどうするんですか。もったいない」
「治癒師になりたかったので、魔物と戦うことはあまり考えていなくて……」
「風魔法を使うじゃないですか」
「そのくらい使えないと森から出ることもできないよと言われて、それはしかたなく習った」
「治癒師でも、障壁魔法は憶えておくべきものです。明日、練習しましょう」
翌日、フレイはジェンに障壁魔法を伝授した。
かなり厳しい伝授だった。バンバン炎を打ち出す。男性なので多少火傷をさせてもかまわないと思っているようだ。
とはいえ、ジェンも以前に霊気防御を習得していたので、感覚の近い障壁魔法の習得もかなり順調に進んだ。午前中に数時間練習して、実用になるまでに使えるようになった。
午後から、魔物狩りを再開した。噴煙の上がる地域に登って、魔物を探す。炎の魔物をいくつか倒した。
魔物を倒しながら、次の山に向かう道を進む。
急な下り坂があった。坂には砂礫が積もっている。
先頭のウィリアが気をつけながら、坂を下りようとした。
しかし砂礫が滑り出し、ウィリアは坂の下に滑っていった。
「わ、わ」
転びはしなかったが下まで滑った。その滑った先になにかいた。赤くて大型のトカゲのようなものが、何匹も蠢いていた。
坂の上のフレイが叫んだ。
「あれは、火蜥蜴!」
火蜥蜴はウィリアの方に大きく口を開けた。
ウィリアは咄嗟に自分の周囲に障壁を作り出した。
四方から火蜥蜴が炎を吐いた。
炎は障壁で防がれた。次の瞬間ウィリアは周囲をなぎ払った。いくつもの火蜥蜴を一刀で斬った。
ウィリアは誇らしげな顔で坂の上のフレイを見上げた。フレイも笑顔でそれに応えた。