ふもとの森
女剣士ウィリア、治癒師ジェン、魔法使いフレイが山道を歩く。
パゼール山から抜ける道が崩れてしまった。魔法使いフレイが崩したのであるが。
幸い、別の道があるので通行はできる。ただし遠回りになる。今日のうちに山を抜けるのは無理そうだ。
ウィリアが周囲を見回した。
「そろそろ暗くなってきましたね……。ただ、野宿をするには険しすぎますね」
道は細く、岩だらけである。周囲に平地はない。ここで寝るのは難しそうだ。
「三人寝られる分の平地があればいいんだが」
「本当にごめんなさい」
道を崩してしまったフレイが申し訳なさそうにしている。とはいえ、フレイによって魔素の放出が押さえられたし、位置的にそこの崖を崩すしかなかったのだから、仕方ないとも言える。
ウィリアが前方を指さした。
「あれ、洞窟じゃないですか?」
行ってみた。横穴が開いている。深い洞窟ではないが、寝る面積は確保でき、雨が降ってもしのげそうだ。
「ここで野宿をしよう」
結界を張る。荷物を置いて、やっとゆっくりすることができた。
薪はないが、フレイさんの魔法で焚火を出すことができた。食料を温め一緒に食べる。
ウィリアが尋ねた。
「フレイさん、一年前ジェンさんと会ったと言いましたが、どんなところで?」
「中央山地の途中でたまたま……。夜に会ってちょっと話をしました。もっといろいろ聞きたかったのですが、朝早くにはもういなくなっていました。起きたら痛めた足がよくなっていたので、お礼を言いたかったのですが……」
「あのときは失礼した」
「フレイさんは治癒魔法は?」
「火傷や捻挫を治すぐらいはできるようになりましたけど、そっちの才能はないみたいで、それ以上にはいかないようです。足を痛めたのを自己流で治していましたが、だんだん慢性化してきて……。ジェンさんに治して頂いてからはたいへん調子がよくなりました」
フレイはウィリアの問いかけに答え、旅の経験をいろいろ語ってくれた。
洞窟の奥で寝る。三人が並んで川の字になる。フレイが右側、ウィリアが真ん中、ジェンが左側に並んだ。
今日、ジェンはかなり魔力を使っている。ウィリアは寝ながら左手をジェンに差し出した。ジェンはそれを握った。
山の上は寒い。洞窟も深くないので、風が入ってくる。
寒いときに人間は、無意識に温かいものを求める。
「起きてください。朝ですよ」
女性の声が聞こえる。
ウィリアは目を覚ました。
ジェンも目を覚ました。
「あ……。おはようございます……」
「おはよう……」
二人ともねぼけている。
目覚めたばかりだが、いつもと状況が違う。
ジェンの顔が近い。
「ん?」
自分の体勢をよく見る。手を握っているだけと思っていたが、無意識のうちに横を向いて、ジェンと抱き合っていた。
フレイはすでに起きていて、二人を見下ろしていた。
「わっ!」
ウィリアはあわててジェンと離れた。
ジェンも状況を理解した。
ウィリアは赤くなって、フレイに弁明をした。
「こ、これは違うんです。あ、あの……」
フレイは冷静に言った。
「身体接触による魔力回復ですね? わかります。わかりますが、それ以上の事が始まったらどうしようと思いました」
「い、いえ、それ以上の事とか、ないですから! 昨夜はちょっと、寒かったのでつい……!」
「そ、そう! 寒かったから……!」
「まあいいです。朝食をとって、出発しましょう」
山を抜けた。
途中の森。多様な植物が生えていた。そしてスライム系の魔物がいるようだ。
ジェンは薬草の採取をすることにした。ウィリアとフレイは一緒にスライムを狩る。
スライム系でもいろいろあって、中には強いものもいる。襲ってきたものをウィリアは剣で、フレイは炎で倒した。
しばらく魔物狩りをして、少し休憩する。
フレイがウィリアに言った。
「ウィリアさん」
「はい?」
「ジェンさんが、お好きなんですよね」
「!」
ウィリアは真っ赤になった。
「い、いえ! 別に、好きとか嫌いとか、そういう関係じゃないんです! 単なる仲間なんです!」
「真っ赤ですよ」
言われて、更に赤くなった。
「いや、その、彼に恋愛感情は無くて……」
「本当に?」
「はい!」
「じゃ、わたくしが狙ってもいいかしら……」
「え」
ウィリアは口を半開きにして、何も言えず、訴えかけるような目でフレイを見た。
「冗談ですよ。ジェンさんと友人としての関係を変えるつもりはありません」
ウィリアは大きく息を吐いた。
フレイが聞いた。
「恋愛感情はないとのことですが、先ほど抱き合ってましたよね。立ち入ったことをお聞きしますが、ジェンさんとは……その……肉体的な関係を持ったことはないのですか?」
ウィリアはまた赤くなった。
「……実を言いますと、彼の魔力が切れたとき、体を提供したことはあります。その後も何回か……。ただ、一晩手をつないでいるだけで魔力が回復することがわかったので、それからはそうしてます」
「え? 手をつなぐ?」
「はい」
「それは……ひとつのベッドで?」
「宿のベッドが動かせる場合はベッドをくっつけて、動かせない場合はひとつのベッドで寝ています」
「えー……。ジェンさんは、それで、いいと言ったのですか?」
「はい……。我慢させて悪いなとは思ってるのですが、受け入れてくれましたので……」
フレイは信じられないという目でウィリアを見た。
「まあ……お二人が納得しているなら、いいんですが……。お二人はお似合いだと思ったのですけどね」
「なぜそんなことを言うのですか?」
フレイは遠い目になった。
「彼の過去については、お聞きになりましたか?」
「あ……はい」
「彼がいちばん苦しみました。罪でもないものを、罪だと思って……。彼には、幸せになってほしいのです。ウィリアさんなら幸せにできると思ったのですが」
ウィリアは横を向いた。
「わたしは、死すべき人間です。この命、黒水晶を倒すために捧げるつもりです。ジェンさんを幸せにすることはできませんし、対決に巻き込むわけにもいきません」
フレイはその名を聞いて眉をひそめた。
「……黒水晶、ですか」
「ご存じですよね。わたしの父のかたきです」
「エンティスの臣民としては、気にせざるを得ません。ですが奴は、あまりにも強い。王城でも、対応策は見つかっていないそうです。ウィリアさん、命を無駄にしないでください」
「無駄死にするつもりはありませんが、奴を倒す駒になるのなら、喜んで命を差し出すつもりです。ところでフレイさん、あなたの魔法を見て考えたのですが、魔法使いと剣士が連携すれば、黒水晶を倒す方法が何かあるのでは……。どうでしょうか?」
フレイは更に眉をひそめた。
「……それがですね、黒水晶には、効かないらしいのです」
「効かない?」
「魔法がです。魔法が効かないという現象はよくあって、たとえば火蜥蜴には炎魔法が効きませんし、アイスゴーレムには氷魔法は効きません。それでもたいていの場合にはどれか効くものですが、黒水晶にはどれも効かないらしいのです」
「え……」
「黒水晶が現れた初期の頃、王城付きの魔法使いが奴に挑みました。優秀な術者で、炎、氷、水、風、光、闇……と一通りの魔法ができた人です。しかし、その人が黒水晶と戦ったとき、どの種類の魔法も効かなかったということです。彼は命を落としました。それ以来、王城の魔法使いの間では、黒水晶には関わるなと言われています」
「……」
ウィリアは改めて、相手の強大さを知った。
「ただ、効かないのにはなにか理由があるはずで、我々魔法使いもそれについて研究しています。わたくしもまた、魔法無効化の方法やその技術について調査しています。旅の目的のひとつはそれです」
「そうですか……」
「話を戻しますが、黒水晶と戦うため、ジェンさんと恋人にはなれないということですか?」
「い、いや、本当に恋愛感情はありませんから! わたしの好きなタイプはあんな感じじゃなくて、優しくて、強くて、包容力があって……」
「……? ジェンさんは該当しませんか?」
「えーと……」
ウィリアはジェンについて考えてみた。優しいか優しくないかで言えば、まちがいなく優しい。強いか強くないかで言えば、あきらかに強い。それに、こんな面倒くさい自分に寄り添ってくれているので、包容力もあると言わなければならないだろう。
「……そうですね。……だけど、結婚できない人ですし……」
フレイは真顔になった。
「……わたくしには、好きな人がいました」
「……」
「結婚はできない人でした。身分が違いすぎますので。そして、早くに亡くなってしまいました。ですが彼と出会ったことを悔いてはいません」
そう語る瞳には力があった。
「……まあ、これはわたくしの考えで、人にどうこう言うつもりはありません。ウィリアさん、ジェンさんが崖につかまっているとき、大事な人と言いましたよね?」
「え、ええ、そうです。恋愛感情はないですが、仲間として大事な人です。これは本当です」
「それなら、いいのです。ジェンさんに寄り添ってあげてください」
魔物狩りを終えてジェンと合流する。薬草がよく採れたようで、大量に薬を作って、治癒魔法の力をすでに注入していた。
三人で次の村に入り、宿に着いた。ジェンがフロントに言う。
「ええと、部屋を三つ……」
フレイが言った。
「ジェンさん、薬作りで魔力を使いましたよね。回復が必要なのでは? 二部屋でいいのではないですか?」
ジェンとウィリアの頬が少し赤くなった。
「そ、そうだね。やっぱり部屋を二つ……」
夜。魔法使いフレイはひとりベッドに横になった。
隣の部屋にはジェンとウィリアが泊まっている。
フレイは、他人の夜の生活に興味があるような人ではない。ではないが、どうしても気になってしまう。
宿屋の壁は薄い。生活音でなんとなくの見当はつく。ずっと気になっていたが、激しい運動が行われた様子はなかった。
「本当に手をつなぐだけなのね……。ジェンさん、かわいそうに……」