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魔鳥の山(2)

 パゼール山の中腹は険しい。切り立った断崖に道が張り付いている。道の片側は奈落の底になる。注意をしないと落ちる。

 魔鳥の巣窟になっている今では、通るのにもよほどの実力がなくてはならない。

 女剣士ウィリアと治癒師ジェンは、足下を確かめながら進む。

 襲ってきた魔鳥がいた。

 ウィリアは剣を抜いた。それは一瞬のうちに斬られた。魔鳥の体が谷底まで落ちていく。

 ジェンの方にも魔鳥が襲ってきた。風魔法で倒した。

 気を抜けない。

 二人の前方には魔法使いフレイがいた。

 彼女の得意は炎魔法らしい。時々、杖を持ち上げて魔法を放つ。鋭い波動が発せられ、上空にいた魔鳥が燃えながら落ちてくる。その射程は長く、狙いは正確だ。

 ウィリアがふと言った。

「大半の魔法使いは呪文を詠唱するらしいですが、ここのような急襲してくる敵にはやられてしまうでしょうね」

 ジェンが答えた。

「うん。実際の戦争でも、部隊全体でうまく活用しないと、最初にやられる事が多いらしい」

 詠唱が必要な魔法使いがほとんどの中で、ジェンは瞬間的に風魔法を放つことができる。それだけでも魔法使いとして上位と言えるが、前にいるフレイの実力はすごい。ジェンが自らの風魔法を児戯と言うくらいで、射程、威力、正確さにおいて確実に上回っている。

 もっともジェンの専門は治癒魔法なので、彼が下だとは思わない。それよりも、ウィリアは魔法使いフレイに興味が湧いた。

 あのくらいの魔法使いがいれば、「黒水晶」も倒せるのではないか。

 討伐隊が全滅した時の黒水晶の素早さを思い出してみた。いや、彼女がいたとしても、あの動きにはついていけないかもしれない。しかし剣と魔法を連携させ、なにかとれる手段があるのでは……。いろいろと思考を巡らせた。

 仲間になってくれないだろうか。

 しかし彼女に声をかけるのもためらわれる。彼女はジェンの昔の交際相手なのだろう。下手に交流すると、なにかの機会でよりを戻して、ジェンがそちらについて行くかもしれない。嫉妬ではないがそれは困る。

 具体的に行動することもできないまま、道の折り返しを過ぎた。




 断崖の道を上りきると、やや平坦な土地があった。草原になっていて、林が散在している。

 ウィリアは周囲を見回した。

 魔法使いフレイの姿は見えない。先に行ったのか、林に入ったのかわからないが、草原の中にはいなかった。

「……フレイさん、いませんね」

「……うん」

 ジェンはこころなしかほっとしていた。よほど気まずい相手だったのだろうか。しかし同時に残念そうな色もあったので、彼の胸中でも彼女の存在は複雑らしかった。




 草原に腰をかけて休憩する。

 空は晴れていた。まだ魔鳥が襲ってくるかもしれないが、見晴らしがいいので対処しやすそうだ。

 かなり魔鳥も倒した。修行としては十分だ。このまま峠を抜けて次の目的地までいくつもりだった。

 声がした。

「……助けて……!」

 昨日と同じだ。遠い。

 ウィリアとジェンは空を見回した。それらしいものはない。

 思いついて、断崖の下の方を見た。

 魔鳥がいた。かなり大きい。そしてやはり兵士をくわえていた。

 ウィリアとジェンは崖際に手をついてそれを見た。

「兵士さんが……!」

「畜生、届かない……!」

 ジェンの魔法が届く距離ではなかった。

 魔鳥は、二人のいる位置のかなり下方、崖の途中の岩場に止まった。

 岩の上に兵士を置き、足の爪で押さえつけた。

 食べるのだろう。

 ウィリアは何もできなかった。

 ジェンは立ち上がった。

「え?」

 駆けだして、崖から飛び降りた。

「え!? ジェンさん!!」

 ウィリアは声を上げた。ジェンは落ちていく。断崖の下、魔鳥は兵士を食べようと嘴を開いた。

 その背中にジェンが落ちてきた。

 魔鳥は驚いた。体をゆする。しかしジェンは必死で背中にしがみついている。

 魔鳥は飛び上がった。

 高く上がって、上下左右に飛び回る。しかしジェンはしがみついて離れようとはしない。

 ひときわ高く上がった。

 ジェンが風魔法を使った。それは魔鳥の首を切り落とした。

 魔鳥は死んだ。体が落ちる。

 ジェンは手を放した。

「ジェンさん!!」

 ウィリアが見ているとジェンは崖の近くに落ちてきた。崖の途中、横に生えた木につかまった。

「ジェンさん……!」

 ウィリアから見下ろせる位置だが距離がある。ジェンは枝にぶら下がって、足をバタバタさせていた。

「ど、どうしよう……」

 長いロープなどはない。

 ウィリアの背後から声がした。

「……昔から無謀でした。……いえ、勇敢と言いますか……」

 いつの間にか、魔法使いフレイがウィリアの背後に来ていた。

「あ! フレイさん!」

 フレイは、枝につかまってジタバタしているジェンを冷静な目で見ていた。

「魔物発生区域に行ったときも、ジェンさんは最初にサイクロプスにかかって行きました。ライドさんが『もう少し待てよ』と言ってましたっけ……」

 魔物発生区域?

 彼女は、ジェンと一緒に魔物発生区域まで行ったのだ。

 だけど、二人で行ったのではない。他の人も一緒だ。

 ライドさん……?

 ウィリアは思い出した。

 ジェンが闘技会で、死なせてしまった親友。

 ジェンの口から聞いたことがある。一緒に魔物発生区域まで行ったと。

 

「三年の時、僕とライドとその彼女と、もう一人魔法学園の友達、これは男性だったけど、四人で魔物退治の遠征に出たことがある。魔物発生区域まで行って、サイクロプスを倒した。楽しかった」


 行ったのは、男性三人、女性一人。

 ウィリアは瞬間的にすべてを理解した。

 フレイさんはジェンの彼女ではない。ライドの彼女だったのだ。

 そして、ジェンはライドを死なせた。

 すると、ジェンは、フレイさんにとっては……。

 かたき

 想像していたことの前提がすべて崩れた。ジェンは、彼女と別れたから気まずかったのではない。彼女の恋人を死なせてしまったから、まともに話すことができなかったのだ。

 フレイは枝につかまるジェンをじっと見ていた。

 杖を持ち上げた。

 杖から発する魔法で、何体もの魔鳥を葬り去っている。

 杖をジェンの方向に向けた。

 ウィリアは思わず、フレイの背後からしがみついた。

「やめて!」

 フレイは首を回し、ウィリアを見た。

 ウィリアは必死でフレイにしがみつく。魔法を発することができないように杖をつかんだ。

「ジェンさんは悪くないんです! 殺さないでください! 大事な人なんです! 仲間なんです! お願いです。許してください!」

 ウィリアは涙を流して、フレイに訴えた。

「あ、あの……ウィリアさん……?」

 フレイはとまどっていた。

 ウィリアは固くしがみついて放そうとしない。

 一方、ジェンは木の枝につかまっていたが、枝が重量に耐えられず、折れた。ジェンの体は崖の下に落ちた。

「あっ!!」

 ウィリアがフレイから離れ、崖に手をついて落ちた方を見た。

 崖の下、岩場がある。

 ジェンの体が岩に叩きつけられる寸前、風が巻き起こった。風はジェンの体を持ち上げ、ふわりと着地した。

 見ていたウィリアはほっとした。

 背後からフレイの声がした。

「大丈夫ですよ。風魔法がありますから」

 フレイはあらためて、杖をジェンの方向に向けた。

 杖から放たれたのは炎ではなかった。魔法の波動を受けて、ジェンの体が光る泡に包まれ、ふわりと浮いた。泡はふわふわと浮き上がって、ジェンの体を崖下から持ち上げた。

 泡はフレイの杖の動きに従って、山道まで移動した。そこで泡が消え、ジェンは道に戻ることができた。

 殺そうとしたのではなく、浮かばせるつもりだったらしい。

 ウィリアはあわてて、フレイにお詫びをした。

「も……申しわけありません。たいへん失礼な勘違いをしてしまいました……」

 殺すつもりだと誤解していたことを、頭を下げて詫びた。

 誤解はもう一つしていたが、話がややこしくなるのでそれは黙っていた。

 フレイはかすかに微笑みながら、ウィリアの謝罪を受け入れた。

「殺したりしませんよ……」

 彼女は、山道を歩いてくるジェンに目を向けながら言った。

「あの人との思い出を、一番多く持っている人……。死なせはしません。たとえ、本人が望んでも……」




 フレイは、魔鳥にくわえられてきた兵士も魔法で近くまで運んだ。致命的な怪我はしていないようだ。そこに戻ってきたジェンが治癒魔法をかけ、兵士は元気になった。

「助けていただき、ありがとうございます。駐屯所を撤退する途中、上空から襲われました……」

 フレイが尋ねた。

「撤退は、どの方向へ?」

「南側の村です」

「本体はそちらへ向かっているのですね? 移動魔法で送ってさしあげます。空を飛ぶのでちょっと怖いと思いますが、少しの間我慢してください」

「何から何までありがとうございます」

 フレイは兵士をもう一度光の泡に包み、飛ばして南の村まで送った。

 ジェンはフレイの横で気まずそうにしていたが、改めてお礼を言った。

「あ、あの、フレイ……。持ち上げてくれて、ありがとう……」

 フレイはジェンに向き直った。不満げな顔をしていた。

「ジェンさん……。一年前会ったとき、慢性化した捻挫を治していただきましたね。お礼をしたかったのですが、言葉も伝えられないうちに去られてしまいました。わたくしを避けてますよね?」

 ジェンは下を向いた。

「……だって、君には……」

「ジェンさん」

「は、はい」

「罪を犯したら謝るべきだとは思います。しかし、罪を犯していないのに謝ることは、立派な行為ではないと思います」

「……」

「あなたは、わたくしの好きな人の友人でした。わたくしもあなたとは、ずっと友人でいたいのです」

「……」

 フレイは手を差し出した。

 ジェンはその手を握った。

「すまない。僕の勝手なこだわりで、君には失礼な態度をとってしまった……」

 ウィリアは二人の握手を横から見ていた。友達に戻れたのだ、よかったと思った。

「ところでフレイ、これからどっちに行くの?」

「五合目あたりに、魔素の発生源があると聞いています。もしかしたらふさぐことができるかもしれません。そこまで行ってみたいと思います。……ジェンさん、ウィリアさんはお急ぎですか?」

「いや、修行をしているだけで、特に急ぐ用事はない」

「できれば、一緒に来ていただけないでしょうか? お二人がいれば、わたくしも心強いです」

 ジェンはウィリアを見た。ウィリアは強く頷いた。




 パゼール山の五合目。

 崖下に、火口のような穴がある。しかしそこから出ているのは噴煙ではない。魔素が大量に放出されている。

 三人は崖の上からそれを見た。

 離れていても魔素を濃く感じる。

「これだけ魔素が濃いと、長くいては健康によくありません。早く済ませます……」

 フレイは杖を持ち上げた。

 穴の上の崖を狙う。

 魔法を発した。杖から放たれた波動は大爆発を起こし、崖を崩した。

 多量の土砂が落ちる。土煙が広がる。

 収まった頃には、魔素が出る穴は土砂で埋まっていた。

「魔素の放出を完全に止められたわけではないですが、多少なりとも押さえられたと思います。凶暴化は収まるでしょう」




 三人は連れだって山を抜けることにした。

 険しい山道をしばらく進み、通り抜ける方向に行く。

「あれ?」

 ジェンが足を止めた。

 前方を見ると、道がない。崩れ落ちている。

「崩れたのですかね?」

 フレイは懐から地図を取り出し、見てみた。

「あっ!」

 地図を見て驚いた声を出した。

「?」

 ウィリアも地図を取り出して見てみた。この先の道は崖に沿っている。そして崖の下には、さきほど塞いだ穴があった。

 フレイが真っ赤になって頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! 崩しちゃったのはわたくしです! 道があることを忘れてました! 本当にごめんなさい!」

 ぺこぺこ頭を下げていた。ウィリアはそれを見て、クールで冷静な人かと思っていたけど、ちょっとうっかりさんかなと思った。



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