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宿屋の食堂

 女剣士ウィリアと治癒師ジェンは、ともに修行の旅を続けている。修行の方法はおもに魔物狩りである。

 森や山に分け入り、魔物を狩る。ウィリアの腕前はすでに高いレベルに達していて、手応えのある魔物を探すのも難しくなっている。

 今日も森で魔物狩りをした。それも終わり、次の村まで歩く。

 ジェンは以前、剣術学園にいたことをウィリアに話してくれた。ウィリアはジェンの過去について、興味を抱いた。

「ジェンさん」

「ん?」

「剣術学園にいた間、他の学園の人とも交流があったそうですが……」

「ん……ああ」

「あなたは見てくれも悪くないし、剣の腕も立つのだから、モテたんじゃありませんか?」

「それ聞く?」

「なんとなく、そうじゃないかと思って」

「そうね……。モテたね……。たしかに」

「やっぱりね。……それをいいことに、女の子を不幸にしたんじゃないですか?」

「不幸になんかしないよ」

「本当に?」

「本当だって。なんでそう思うの」

「あなた、エッチだから……」

「僕がエッチなのは否定しないが、そんなに見境なく手を出したりはしません」

「女の子と交際したことはあるのですか?」

「まあ……ね。二回ほどある……。魔法学園の子と、王立女学園の子と……。もっとも、どちらも振られて終わっちゃったけど……」

「え、振られたんですか?」

「ウン」

「ひどいことしたんでしょ」

「ひどいことなんかしないよ」

 ウィリアはジェンの顔をじっと見た。

「あなたくらいの身分の人と交際するときには、女性の方でもいろいろなことを考えるはずです。それなりに覚悟があるはずで、なんとなく振ったなんてことは考えられません。振るだけの理由になる、ひどいことをしたはずです」

「……い、いや、ひどいことはしてない。してないけど……」

「してないけど?」

「デートの約束をすっぽかしたことが何回かあって……。それで振られちゃって……」

「それは、ひどいですよ!」

「いや、その、わざとじゃないんだ。その頃の僕は、恋愛にも興味があったけど、剣の練習の方が楽しくて……。練習してたらデートの時間を過ぎちゃって、そんなことが何回かあって……」

「いくらわざとじゃなくても、人との約束を守らないのは最低です!」

「う……うん。確かにそう。今では深く反省している。許して……」

「わたしが許すも許さないもないです。その彼女に謝ってください」

「謝った……。謝ったけど、許してもらえなかった。まあ、許してもらえなかったから振られたんだけど……。二人とそういうことがあってから、女性と付き合うのはあきらめたんだ」

「もう……」




 村に到着し、宿を取る。個室を二つ取った。

 夕刻になっていた。すぐ食事の時間だという。二人は食堂に向かった。

 前にいたジェンの歩きが止まった。

「?」

 食堂にはすでに何人かいて、料理を待っている。

 その中に、女性がいた。

 年齢は二十歳前後だろうか。丸顔で、髪を両側に分けて額が見えている。あまり背は高くない。

 着ているものはローブで、傍らに帽子と、ねじれた木目の杖を置いている。どうやら魔法使いのようだ。

 綺麗な人だった。顔立ちは可愛らしくもあるが、理知的で整った顔をしていた。大きな目には力があり、意志の強さを伺わせた。

 彼女はジェンを見て、やや驚いたような顔をしていた。

 ジェンも彼女を見ていた。足を止めて、緊張した様子だった。

 ジェンはぎこちなく彼女に声をかけた。

「や、やあ……」

 彼女はジェンに会釈をした。

「……お久しぶりです」

 ジェンも頭を下げたまま、別のテーブルに着いた。

「……」

 あきらかに緊張している。

 ウィリアは聞いてみた。

「……お知り合いですか?」

 ジェンは顔を下げたまま答えた。

「……うん。魔法学園にいた、フレイさん……」

 やはり魔法使いらしい。

 ジェンはそれ以上語らなかった。食事が来ても、下を向いたまま食べた。

 しかし、彼女を意識していることは確実だった。またウィリアが彼女の方を注意していると、彼女も時々ジェンの方を気にしているそぶりが見えた。

 ただの知り合いではなさそうだ。




 食後、二人は部屋に戻る。

 彼女も同じ方向に付いてきた。

 宿の端に、個室が並んでいる。一番端の部屋がジェンだった。次がウィリアで、その次が彼女の部屋らしかった。

 彼女は部屋に入った。入るとき、ジェンにお辞儀をした。

 ジェンもお辞儀を返した。

 ウィリアとジェンもそれぞれ部屋に入る。

「……じゃ、ウィリア、また明日」

「……また」




 ウィリアは一人になって考えた。

 ジェンと彼女はどういう関係なのだろうか。

 まちがいなく、ただの知り合いではない。

 道での話を思い出した。


「女の子と交際したことはあるのですか?」

「まあ……ね。二回ほどある……。魔法学園の子と、王立女学園の子と……」


「もしかして、彼女が、学生時代に付き合っていた女の子?」

 それならば、ぎこちなく緊張した態度も理解できる。

「……まあ、そうであったとしても、気にする必要は……」

 そのとき、音がした。

 ジェンの部屋のドアが開く音。

 廊下に出たようだ。

 何しに出てきたのだろう?

 まさか、彼女のところへ……!?

 ウィリアの動悸が速くなった。

 廊下の足音に注意した。

 少しして、部屋に戻ってきた。どうやらトイレに行っただけらしかった。

 ウィリアは胸を押さえた。

 なぜ、ジェンが部屋から出ただけで動悸が高まってしまったのか。

 仮に彼女のところへ行ったって、彼の自由ではないか。

 ジェンとは、仲間ではあるが、恋人ではない。どうしようと自由だ。たとえよりを戻すことになっても……。

「……」

 そうなると、彼は一緒に旅を続けてくれるだろうか。

 彼女も魔法修行の旅をしているようだ。あっちへついて行くと言わないだろうか。

 いや、彼女は魔法使いだ。ジェンも魔法を使うし、魔法使い同士が組むよりも、魔法使いと物理攻撃を担当するものが組む方が便利なはずだ。

 しかし……。

 よりを戻して恋人になれば、恋人と旅をしたいというのが当然ではないだろうか。

 ジェンはエッチだ。

 魔力補充のために体を許したら、翌日、楽しみのためのセックスを求めてくるような人だ。性欲旺盛。

 そういう人に、ウィリアは我慢を強いている。

 セックスをすれば魔力は回復するが、それは行わずに、一晩手をつないで寝るということをしている。我慢しているのだろう。悪いなとは思う。

 とはいえウィリアとしても、あと何回か抱かれると取り返しのつかないところに至ってしまうという懸念がある。

 恋人と旅をすれば、彼は欲望を満足させることができるだろう。

 ……。

 彼がいなくなったら、どうなるのだろう。

 実際問題として、困る。

 彼には命を助けられた。いなかったら死んでいたことが何度もある。

 何度あるだろう。祠の魔物……。魔物発生領域……。古戦場の骸骨兵……。指折り数えたが片手を超えて、よくわからなくなった。

 その彼がいない状態で戦わなければならない。無謀なことをすれば、そのまま死んでしまう。

 もっとも、彼が治癒師だとわかる前から死ぬような戦いをしていたので、もともとの戦い方が無謀だった。それは反省しなければならない。

 それはともかく、どうすれば今までのように旅を続けてくれるだろうか。

 今からでも、体を提供すべきだろうか。

 部屋に行って、裸になれば。

 いや、いくらなんでもそれは。

 ……。

 考えていてもしかたがない。ジェンの行動をこちらが決めることはできない。彼は自由だ。どちらを選ぶのも本人次第だ。

 ウィリアは布団をかぶった。


「ごめんウィリア。僕は彼女と一緒に行く」


 想像の中でジェンが言う。

 なんだか涙が出た。

 そのままウィリアは眠ってしまった。




 朝になった。食堂へ行く。

 ジェンがいた。

「あ、おはよう」

「おはようございます」

 昨日と変わりはない。

 彼女も食堂に来た。ジェンに目礼をした。ジェンも礼を返す。

 しかし、昨日と同じで、ぎこちない。夜の間、特になにもなかったようだ。

 ウィリアはほっとした。




 宿を出て、次に向かう。

 次の目標は、鳥の魔物が巣くう山。二人で道を歩く。

 しかし……。

 例の彼女が、同じ道を歩いてくる。二人の少し後ろについている。

 ジェンもそれは気がついているようだが、あえて足を速めることも、待つこともなかった。

 歩く。

 彼女も魔物退治の修行を続けているのだろう。だとしたら、目的地はおそらく同じだ。

 ウィリアがジェンを見た。

「あの、ジェンさん、後ろの方……フレイさんと言いましたよね。お知り合いでしょう? 挨拶しなくていいんですか?」

「……」

 ジェンは曇った顔をして黙ったままだった。

 別れた彼女と再会して、気まずいのだろうか。

 ウィリアは、余計なことかもしれないとは思ったが、ぎこちなくおどおどしているジェンの様子が心配だった。

「何か気まずいことがあったのかもしれませんが、それでもきちんと挨拶をしておいた方がいいのでは?」

「……うん……。それは……そうだ……」

 ジェンはウィリアの言葉を肯定したが、かと言ってどうするでもなく歩き続けた。彼女もまた、一定の距離をとって二人の後ろに付いてきた。



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