辺境の道
女剣士ウィリアと治癒師ジェンは、辺境の道を歩いていた。
修行のため、倒すべき魔物を探している。ウィリアの最終的な目的は、父を殺した剣士「黒水晶」を倒すことである。
旅の途中でウィリアはジェンと出会った。最初はゲントという薬屋だと名乗っていた。しかしその正体は、伯爵の息子で、治癒師であった。剣術学園の闘技会で親友を死なせてしまい、武人の道を捨てて治癒師になったという過去があった。
歩きながらウィリアは言った。
「ジェンさん。辛い過去を教えてくれてありがとうございます」
「……」
「ですが、まだわからないことがあります。あなたはわたしと旅の途中で出会いましたが、偶然ではありませんよね? なぜ、わたしを探して、そして見つけられたのですか?」
「冒険者の間の情報で、父の率いる討伐隊が全滅したことを知った。唯一の生き残りの女性が、黒水晶を倒すために旅に出たことも。あまりにも無謀だ、止めなければならないと思った。
『森の魔女さま』の弟子、僕の姉弟子に当たるが、実力のある占い師がいる。その人にお願いして君の行くところを占ってもらった。宿で待ち伏せして、君を見つけることができた」
「止めなければならないと思った……。それだけですか? お父上のかたきを取るつもりはないのですか?」
「ない。僕はもう戦わない。父の仇であろうと、戦うつもりはない。それに、話を聞いた限りでは、黒水晶というのはとてつもない力を持っているらしい。個人が戦って勝てる相手とは思えない」
「領国を捨てて旅をしているのは、あなたも同じですよね? なぜあなたが同じ立場のわたしを止めたり、領国に戻れと言うのですか?」
「……領国を捨てたことで、多くの人に迷惑をかけたのはわかっている。同じように領国を捨てた君を戻すことができたら、僕の罪もいくらか軽くなるんじゃないかと思って……」
「あなたの都合で戻そうとしないでください。こんな汚れた体で人の上に立つつもりはありません。あなたこそ、領国に戻るべきじゃないですか?」
「戻らない。こんな弱くてなさけない僕が、人の上に立つつもりはない」
「なにもなさけなくありません。剣士を断念しても、治癒師として一人前になったのは立派だと思います」
「……それだけじゃない。領主になれば、戦争のとき軍を指揮しなければならない。敵を殺し、部下を殺されることになる。もう殺すのも殺されるのも関わりたくない。領主として戻るつもりはない」
「あなたがやらなくても、他の誰かがやらされるのですよ?」
「それでもやりたくない。卑怯者、臆病者と言われてもかまわない。戻る気はない」
「もう……。以前わたしのことを頑なだと言ってましたが、あなたも相当ですね」
「……」
しばらく無言で歩いた。
またウィリアが言った。
「そういえば、シシアス伯爵が、あなたに残した言葉があります」
「父が?」
「殺戮の後、シシアス伯爵はまだ生きていました。ご家族に言い残すことはないかと聞くと、息子に会ったなら『信じた道を進め』と伝えてほしいと言って、亡くなりました」
ジェンは遠い目をした。
「……信じた道を、進め、か……。父は僕をあきらめてくれたらしい……」
「……あきらめての言葉ではないと思いますよ」
「じゃあ、何?」
「わたしは子供を持ったことがないから、想像でしかありませんが……。独自の生き方をした子供に、かけてあげられる精一杯の言葉が『信じた道を進め』ではないでしょうか?」
「……そうかもしれないな……。いずれにせよ、僕は父の期待に応えられなかった。なさけない、親不孝者だ……」
「また……。そんなに自分を卑下しないでください」
「君がそれを言う?」
ウィリアはむっとした顔をした。
またしばらく歩く。
「それから、討伐隊の中であなたを知っていた人がいました」
「え、誰?」
「背の高い剣士で……。男爵家の出とのことですが、名前はテオと……」
「あっ、テオ! 一年下のやつだ。そいつ、どうなった!?」
「どうなったって……。討伐隊にいましたので、一緒に、黒水晶に……」
「……ああ……そうか……。テオ……死んだか……」
ジェンは顔を落とした。心底悲しそうだった。
「……」
しばらく歩く。
ウィリアが言った。
「……やさしい人で、いろいろ教えてもらいました。剣筋の使い方とか、握り方の癖を指摘してもらったり……」
「ああ、あいつ、やさしいんだ……。強いし……」
ジェンは空を見た。雲が流れていた。
「……いいやつ、有能な人物から死んでしまう……。俺みたいなのが生き残って……」
二人は道を歩き続けた。