剣術学園(6)
剣術学園、闘技会の日。
学園の校内にある闘技場。生徒と職員のほぼ全員が観戦している。それに加えて魔法学園の生徒たちもいた。王立学園と王立女学園の生徒も若干いる。軍関係者もいるし、貴賓席には王国の重鎮がいる。またピエト教団の司教も来ており、闘技壇の近くの席に座っていた。
朝から始まった闘技会。選手は鎧を着込み、真剣を使う。
本物の血が流れ、人が死ぬ。
しかし蘇生魔法を使える者が審判役をやっているので、試合後ただちに蘇生が行われる。このため、人が死んでも悲惨な雰囲気ではなく、むしろ大きな歓声が上がる。
ある者は勝ち、ある者は敗れる。
進行して行くにつれ、残る者は少なくなる。その中で順調に勝ち上がっていった者がいる。
どちらも伯爵家の、ライドゥス・ヴェラと、ジェン・シシアス。
二人の実力は周囲とは差があり、優勝候補と目されていた。彼らは当然のように勝ち進んだ。
長い一日が進む。
闘技会の終わりが近づく。決勝戦である。
残った選手は、予想されたとおり、ライドゥスとジェンだった。
二人は過去の闘技会で、どちらも二回優勝している。三回優勝することがあれば闘技会の歴史で初めてである。
決勝戦が始まる。
選手の名前が告げられる。
「東側選手、ジェン・シシアス!」
ジェンが大剣を持って闘技壇に登った。
「西側選手、ライドゥス・ヴェラ!」
ライドも壇に登る。
闘技場は盛り上がった。
大歓声の中、二人は相手を凝視した。
空気が張り詰める。
二人は親友である。学園の者は皆、彼らが切磋琢磨して強くなったことを知っている。
その二人が誇りをかけて戦う。体がしびれるような空気が会場を包んだ。
「始め!」
合図がかかる。
その瞬間、二人とも突進した。
ガキッ!
会場全体に響く、剣が当たる音。
闘技壇の中央で、ジェンの大剣とライドの剣が交差していた。
次の瞬間、二人とも離れる。
姿勢を低くして、にらみ合う。
ライドが突進した。
ジェンは大剣で守りの姿勢を取る。
ライドが鋭く何度も攻撃する。
ジェンは大剣を縦に横に使い、攻撃を防いだ。
また離れる。
ジェンが踏み込んだ。
大剣を横に振り回す。
ライドは体を翻し大剣を避ける。
再度、大剣が大きく振られた。
ライドは鎧を着ているにもかかわらず、大きく跳ねて剣筋を避けた。
会場が大きくどよめく。
二人は再度離れ、睨み合う。
闘技壇の上で反時計回りに移動し、位置取りを企む。
二人が突進した。
中央でまた剣の音が響き、離れる。二人は回り込み、再度ぶつかる。
竜巻のような戦い。大きな歓声が起こった。
勝負は決まらない。
決勝戦の制限時間は決まっていない。内容のある戦いがなされている限りそれは続く。
剣がぶつかる。
攻撃を繰り出す。
体をかわす。
離れて睨み合いながら、呼吸を整える。
ぶつかっては離れ、離れてはぶつかる展開が長く続いた。
大剣の長さがそのような展開を強いていた。大剣持ちの近くにいては危険である。また大剣使いからも、あまり近すぎては戦いにくい。
ライドは懐に入る方法を模索している。ジェンはその寸前に攻撃することを考えている。
大剣は強力な武器だ。当たれば一瞬で勝負が付く。対して、通常の剣で有利なのは取り回しのしやすさだ。一定以上に近づくことができれば有利になる。過去の戦いでも、そのようなせめぎ合いの末に結果が決まった。どちらも二回勝って二回負けている。
ライドが突進した。
ジェンも出る。
ライドは突進の軌道を大きく曲げて、ジェンの動きを牽制した。
ジェンが向きを変える。
ライドが近づいた。
懐まで入り込み、一撃を繰り出そうとした。
ジェンはそれを、大剣の柄で受け止めた。
剣のぶつかる大きな音がした。
二人は再度離れる。
観客席は総立ちだった。
剣劇でも見られないような華麗な戦い。使っているのは真剣。全力を尽くして若い剣士が戦う姿に、だれもが興奮していた。
全員が、闘技壇の上に注目している。
しかし、壇の近くに座っているピエト教団の司教は、長身の体を小さくして、居心地が悪いような表情をしていた。周囲を見回し、落ち着かなかった。
それに関わらず壇上の戦いは続く。
ジェンの大剣が、ライドの剣を叩いた。
また金属音が響く。
大剣を力一杯叩きつけられて、受け止めることができる剣士はほとんどいない。ライドぐらいである。
力を抜くことで剣の押し合いから逃れ、今度はライドがジェンを攻めた。
大剣の重量だけハンディはあるが、ジェンもまた俊敏である。攻撃をかわす。
再度、ぶつかっては離れる展開になった。
試合時間は濃密に過ぎていく。準決勝までなら時間切れ判定になる時間を過ぎた。しかし決勝戦は終わらない。
長い時間は、大剣の重量を操るジェンにとって不利に働く。ずるずる伸びていては、ライドには勝てないとジェンもわかっている。
ジェンは姿勢を低くした。
突進する。ライドの足下へ攻撃をしかける。
ライドは防戦する。当たらない。
低く構えたジェンが何度も攻め、それをライドが受け止める展開が続いた。
観客は固唾をのんで闘技壇を見つめている。しかし、その中で一人だけ、席を離れた者がいた。闘技場にいる人間で、それに気づく人はいなかった。
ジェンが突進した。
今度の突進は、今までとは違う。捨て身の突進だ。
攻撃を受けることは承知の上でまっすぐ攻める。
体を低くして、ライドの足下に大剣を振った。
ライドは華麗に跳ねてそれを避けた。
勢い余って突き進むジェンの体に、ライドは剣を振った。
それは肩当てに当たった。致命傷にはならないが、大きなダメージのはずである。
鎧の肩当てが外れた。
ライドはジェンが突き進んだ方に振り返った。
肩当てが落ちていた。
ジェンがいない。
「!」
ジェンは上にいた。高く飛び上がっていた。
本来、飛び上がるのは有効な戦法ではない。飛び上がっている間、方向を変更することができず、地上にいる者の方に有利だ。
しかし、ライドの視線を外すにはこの方法しかないとジェンは考えていた。ライドがジェンを見失ったのはほんの刹那だが、その刹那が必要だった。
ジェンは大剣を振り下ろした。
大剣はライドの兜にまっすぐ当たり、兜ごと頭部を斬った。
兜が二つに割れた。血が飛び散った。
ライドは死んだ。
ジェンは鎧の重い音をさせ、闘技壇の上に着地した。
一瞬、闘技場が静まりかえった。
審判が声を上げた。
「勝者、ジェン・シシアス!!」
大歓声が起こった。
ジェンは大剣を持ったまま、上を向いて目を瞑った。
喜びはない。
誇りのために戦った満足感だけがあった。
親友に勝ちたくはなかった。しかし、それは相手も同様である。勝ちたくないなどという弱い心に惑わされずに戦うことが、親友に対する誠意と思っていた。そしてそれを果たした。
ジェンの肩には、先ほどライドに当てられた時の傷があった。治癒師でもある審判は魔法で治癒した。
審判は倒れているライドの方に向かい、蘇生魔法をかけた。
二つに割れた兜はくっついた。
しかし、ライドに変化はない。
「……?」
審判はもう一度蘇生魔法をかけた。
ライドに変化はない。
もう一度かけた。変化はない。
客席がざわめき始めた。
もう一人の治癒師が壇上に上がって蘇生魔法をかけた。だが今度も変化はなかった。
審判員席から声が上がった。
「上級魔法だ! 上級蘇生魔法を使え!」
人間の体の中、脳の奥に、「急所」がある。
急所を破壊されると、普通の蘇生魔法では生き返らせることができない。上級蘇生魔法が必要になる。
まれにあることであり、無論そのための対策も講じられている。
上級蘇生魔法の使い手は王国にも十数人しかいないが、闘技会には常にその一人を招待している。治癒魔法研究の本場であるピエト教団、その司教が闘技壇近くに座っていて、必要になれば上級魔法をかけてくれるはずである。
しかし……。
係員が、司教の席を見た。
「いない!!」
全員が蒼白になった。
「司教様はどこだ!?」
「探せ!」
会場が騒然となった。
「まずい。時間が……」
蘇生魔法には時間制限がある。死んだ直後ならよく効くが、時間が経ってしまうと魔法が効きづらくなり、一定時間を過ぎると蘇生は不可能になる。
関係者にとって長い長い時間が過ぎた。
人々をかきわけて、走ってくる人がいた。司教であった。老いた体で懸命に走って来た。
「司教様! こちらです!」
係員に導かれ、司教は闘技壇に上がった。
頭を斬られ死んでいるライドに、司教は上級蘇生魔法をかけた。
光がライドの体を包んだ。
だが、ライドは生き返らなかった。
司教はもう一度やってみた。
結果は同じだった。
数回の繰り返しの後、司教は力なく言った。
「ああ……。だめだ……」
会場は悲鳴に包まれた。
ジェンはまだ闘技壇の上に大剣を持って立っていた。その体が、がくがくと震えた。