剣術学園(5)
剣術学園。
正式には、王立軍事剣術武術学園という。
エンティス王国の軍人を育てる学校である。貴族から平民まで、武の道をめざす少年たちが切磋琢磨している。過去にも数々の名高い武人を輩出してきた。
ときに在学中から才能を発揮するものもいる。その年にも、そういう生徒がいた。それも二人。
ディネア領国を治めるヴェラ伯爵家のライドゥス。ソルティア領国を治めるシシアス伯爵家のジェン。
二人は親友であり、ともに切磋琢磨してきた。才能と環境に恵まれ、王城親衛隊の剣士と戦っても引けを取らないほどに腕を上げた。
剣術学園には毎年二回、闘技会という催しがある。
選手が本物の剣を持って戦う。時に死者が出るが、その場合は蘇生魔法で生き返らせることになっている。
エンティス王国軍の勇猛さは、この闘技会があるためとも言われるほど重要な行事である。
ライドゥスとジェンは、一学年後期の闘技会から、それぞれ二回優勝している。三学年後期の闘技会が最後になる。
過去、闘技会で二回優勝したものはいるが、三回優勝したものはいない。どちらかが優勝すれば、学園の歴史に残る快挙となる。
二人とも親友でありながら負けたくない、いや親友であるからこそ負けたくないと、闘志を燃やしていた。
剣術学園の職員室。
放課後、数人の教官が雑談をしていた。
話題は自然と闘技会のことになる。
「近くなってきましたな。闘技会……」
「優勝はやはり、ライドゥスとジェンのどちらかでしょうね」
「どっちになりますかね?」
「ライド、ジェン、ライド、ジェンと来てるので、順番から言えばライドですが……」
横で聞いていたゴウキ教官が顔を上げ、雑談に加わってきた。
「いやいや、もう順番がどうとかではない。わしは二人を指導しておりますが、どちらも尋常でないくらい闘志が漲っております。虚心に見守りましょう」
ゴウキ教官は歴戦の勇士。老いて軍を退役し、教官をしている。剣が専門だが、大剣や斧なども使いこなす豪傑である。
「たしかにゴウキ先生の言うとおりです。どちらが勝つにしても、学園として胸を張って送り出せる二人です」
「そういえば、彼らの卒業後はどうなってますか?」
「二人とも、王城親衛隊に内定しております」
「ジェンはともかく、ライドゥスはお父上が亡くなっているので、領国を治めなければならない立場では?」
「まあ、一年でも二年でも親衛隊の飯を食って、人脈を作っておくのは悪くありません」
「いやしかし、虚心に見守るべきというのはそうなんですが、気にはなりますね。負けた方は、建国祭の大会などで捲土重来を期すことになるでしょうか。ゴウキ先生、どう思います?」
「そうなるでしょうな。建国祭と言えば、恥ずかしながらわしも何度か出させてもらいましたが、今の二人は当時のわしよりよほど強い。来年にも出るかもしれませんし、どちらか優勝してもおかしくありません」
「それもまた楽しみですね……」
剣術学園の庭。
ライドゥス・ヴェラとシシアス・ジェンが剣の練習をしている。
ライドゥスは一般的な片手剣を使う。その軌跡は鋭く華麗である。
ジェンは大剣を使う。全長が人の背丈ぐらいあり、幅も広い。とてつもなく重くて破壊力のある武器。しかし彼はそれを使いこなし、いまでは軽々と扱っているように周囲からは見えた。
どちらも今は練習用の斬れない剣を使っている。とはいえ当たれば骨折する場合もあるし、ジェンが使っている大剣がまともに当たれば大けがしかねない。
だが、二人は今まで千回以上の練習を重ねてきた。剣筋は熟知している。攻撃が直接当たることはほぼない。どちらも本気で戦うことができる。特にジェンが本気で大剣を振るうのは、ライド相手だけである。
ライドが踏み込む。ジェンの大剣の動きをかわし、下方から攻撃する。
ジェンは大剣の腹を使って、攻撃を受け止める。
ジェンが大剣を振るう。それはライドの胴体に向かう。しかしライドは飛び上がってそれをよけた。
練習場になっている校庭には他にも学生がいる。多くの目が、二人の立ち会いを見ていた。
ガキッ!
何度目かの剣の交差があった。
お互い力をこめて押し合う。
動かない。
やがて、二人の表情が穏やかになった。お互い後ろに引いた。
「ハア、ハア……」
「ハア…………」
心地よい疲労感を感じている。
ライドの方が横を向いた。校舎についている時計を見た。
「あ、もうこんな時間か……。ジェン、またあとでな」
ジェンは興醒めした顔になった。
「また彼女のところか?」
「変な風に言うな。魔法剣の練習だ」
「彼女のところじゃないか」
「まあ、そうだけど……」
ライドは少し恥ずかしげな顔になった。
「魔法剣の練習は立派だけどさ、闘技会で使うのは魔法なしの剣だ。そっちにばかり気を取られてると、俺が優勝をもらうぞ?」
「……わかってる。今日が最後だ。明日から闘技会向けの練習だ」
ライドは用具をまとめて去った。後にはジェンが残された。
「まあ、わかってるならいいんだけどさ……。さて、どうしようかな」
ライドがいないと練習相手に悩む。
そうしていると、背の高い生徒がやってきた。
「先輩、暇なら、教えてくださいよ」
ジェンより頭ひとつ分高い生徒だ。
「ああ。テオか。ちょうどいい。やるか」
一年下の後輩テオである。背が高い割に太っていないので細い印象を与えるが、二年生の中ではかなり腕が立つ。ライドには及ばないものの、ジェンの練習相手を務められる実力を持っている。
ジェンとテオが立ち会いの練習をはじめた。