剣術学園(4)
学園生活は充実していた。
友人たちとは楽しく過ごしていたし、学外の友達とも交流していた。
ライドとの稽古は毎日続けていたし、それ以外の練習や、勉強も忙しかった。
あまり忙しいので、実家のことはほとんど思い出さなかった。帰省したとき母から「せめて月に一度ぐらいは便りをちょうだい」と言われたが、ついつい忘れがちになって、手紙を書いたことは在学中に何度もなかった。
母は数年前、流行り病で亡くなったので、いま考えれば悪かったと思う。
僕とは違って、ライドは筆まめだった。お母様や弟さんのことを大事にしていて、お母様には日常の連絡を、弟さんには勉強や稽古をするようにとの手紙をしばしば書いていた。
王都の学生の中で、貴族のみが集まるクラブがある。僕とライドも入会させられた。正直、貴族以外と付き合う方が楽しかったけど、横のつながりも大事だと理解していたので、行事などにはなるべく出席した。これはこれなりに楽しんだ。
つきあいの悪い人も、中にはいた。
「シシアス君とヴェラ君、次のハイキング行くよね?」
「ああ。行くよ。ところで誰が来るの。……あれ? 子爵のザムエン君が入ってないね。彼は来ないの?」
「来ないというか呼んでない。呼んでも来ない」
「どうして? いちおう呼ばないと悪いんじゃ?」
「あいつは極端な女好きでね。そういう要素がない行事には来ない」
「女の子も来るよ?」
「女の子が来るだけじゃなくてね……。平たく言うと、『お持ち帰り』できる可能性がないと来ない。合コンや、ダンスパーティーには来るけど、ハイキングとかには一切来ない。その点徹底している」
まあ、いろんな人がいた。
二年生になって前期の闘技会。やはり僕とライドが決勝に残った。
今度は僕が勝った。大剣でライドの胸を斬り、殺した。
蘇生したライドに「次は優勝を取り返す!」と言われた。
二年後期ではライドが優勝した。決勝戦で僕は殺された。
三年前期では僕が優勝した。ライドを殺した。
一年の後期から、ライド、僕、ライド、僕、と交互に優勝していた。
三年後期の闘技会が、本当の勝負になると、二人とも思った。
ちょっと話を戻す。
学園の修行も、着実に進んでいた。
二年の頃に魔法剣の技術を習った。
「魔法剣……? 物語の中で読んだことはありますが、実際には見た覚えがありません」
ウィリアが首をかしげた。
「剣に魔法をまとわせて、強力な攻撃を放つ技だが、あまりやる人はいない。だけど……アルンドの森で戦ったタイガという男を憶えているか?」
ウィリアの目が真剣になった。
「ええ。もちろんです。私が一度殺された相手です」
「あいつは、爪で君の鎧を貫いた。普通ならいくら強力でも、爪では貫くことはできない。曲げるか砕くだけだ。あのときやつは、爪に風魔法をまとわせて強力にし、その力で鎧を貫いたんだ……」
「あれが、魔法剣……」
「正確には魔法爪となるんだろうが、剣だけじゃなく原理的には任意の武器に応用できる」
魔法剣を実現するためには、剣士の他に、魔法使いがいなければならない。
そのために魔法学園から、こちらと同じ人数の魔法使いがやってきた。野外の修行場でそれぞれ組になって練習を行う。
魔法学園の学生は、年齢が揃っていない。魔法というのは素質の要素が大きく、能力が開花する時期にも個人差が大きいからだ。
僕の相手はかなり年上の男性だったと思う。
彼が魔法、そのときは炎魔法を発して、僕の持っている大剣にまとわせた。
魔法を剣の威力に活用する感覚で、僕は剣を振り下ろした。
練習用の丸太にそれを叩きつけた。丸太は二つに切れた。普通に剣を使う場合の倍近い威力が出てたと思う。
「威力が倍になるんですか? すごいじゃないですか」
「いや、倍じゃだめなんだ」
「え? なんで?」
「魔法剣を使うときには、剣士と魔法使いの労力がかかっている。単に倍の威力を出すのなら、それぞれが攻撃をすればいいんだ。魔法剣を使って意味があると言えるためには、相乗効果が働いて何倍も威力が上昇しないといけない」
「ああ、なるほど……」
僕とその人が何回かやっても、倍くらいの威力がせいぜいだった。ただしこれはまだいい方で、他の組の様子を見ると、普通に剣を使うよりちょっとましな程度か、下手すると普通に攻撃した方がましというところもあった。
効率的に無駄になる可能性がある上に、実戦では魔法剣を使う状態になるまでが非常に難しい。これが魔法剣が一般的ではない理由だ。
ライドもその練習をした。あいつの相手になったのは、三歳ほど年下の女の子だった。
彼女が炎魔法を発し、ライドの剣にまとわせた。
ライドが剣を振った。
その瞬間、火炎が舞った。練習場にいた全員がそちらの方を見た。
練習用の丸太は大きく吹き飛んでいた。
普通に剣を使うより、おそらく三倍から四倍の威力は出てただろう。
本人たちも驚いたようだ。信じられないという顔をしていた。
それからその組で何回も練習をしたが、やるたびに大きく火炎が上がった。しかも徐々にそれは大きくなった。
授業が終わる頃には、普通より数倍の威力が出ていたようだ。
ライドは魔法剣に興味を持った。
授業で組んだ彼女と、連絡を取り合っていた。彼女と練習するために時々、魔法学園の方に行った。
彼女がこちらへ来ることはなかった。そもそも剣術学園は、平常時には部外者の立入が面倒で、女性は基本的に入れない。女子トイレも無いし。
それでライドがあちらに行ったのだけど、あいつは上位貴族で、魔法学園の方でも顔が知られている。「あっちに行くと妙に目線を感じる」とか言っていたが、実際に目線を向けられていたんだと思う。
彼女にも居心地が悪いことになったらしい。そこで、魔法学園ではないところで練習をやりだした。
王都の近くに、剣術学園や魔法学園の修行に使える小山がある。二人ともそこに行って練習していた。
あるとき、山の麓で、爆発が起きた。
火炎が巻き起こって、山火事になった。水魔法や土魔法の使い手が急行してなんとか消し止めた。
原因はライドたちだった。
なんでも、「炎魔法を使った魔法剣の練習をしていたが、タイミングがぴったり合って、威力が数十倍に増してしまった」らしい。
山火事の中、彼女が作った冷熱防壁に守られて命をとりとめたそうだ。
事情聴取を受けて厳重注意されたらしいが、修行をしていただけなのでそれ以上罰せられることはなかった。
夜遅く寮に戻ってきた。髪の先がチリチリになっていた。
その後もライドと彼女は魔法剣の練習をした。怪我の功名というか、山火事があったところは円状に空地ができて、練習にちょうどいい場所になっていた。そこで二人が練習をして、炎が上がるのが王都からも時々見えた。
日常生活でも、ライドに変化があった。
魔法剣の練習に行くのはいつも楽しそうだった。しかし、どちらかの都合で、しばらく一緒の練習ができない時期もある。
そういう時は、遠くの方をながめて寂しそうにしていた。僕と剣の練習をしても、いまひとつ元気がない。
練習ができるようになると生き生きして出かけていった。帰ってきてから僕と立ち会いをすると、彼女からパワーをもらったように異様なほど熱気が感じられた。
ときどき彼女から寮に便りが届いた。そのときはあきらかに嬉しそうだった。あいつもしばしば彼女に手紙を書いていたようだ。
まあ、要するに、好きになったらしい。
そして、遊び方も変わった。以前は一緒に娼館に行っていたのに、誘っても断られるようになった。「そういう気分じゃない。おまえだけ行ってきなよ」と言われる。
ただ、あいつと彼女の関係は、かなり後になるまで清純だったはずだ。いろいろ溜まっているものもあるはずなのに、娼館行きをぴたりと止めた。友人たちも感心して、偉いやつだなと……。
「当然だと思います」
ウィリアがジェンの顔を睨みつけて言った。
「あ、うん、当然だったね……」
三年の時、僕とライドとその彼女と、もう一人魔法学園の友達、これは男性だったけど、四人で魔物退治の遠征に出たことがある。魔物発生領域まで行って、サイクロプスを倒した。楽しかった。
その頃になると、ライドは彼女と深い仲になっていた。宿屋では一緒の部屋に泊まったりしたので、僕より楽しかったと思う。
そういう感じで、学園生活を過ごした。
三年に上がると上級生がいない。自慢するわけではないが、剣の実力では、僕たち二人と周囲とでは差ができていた。練習相手を求めて、王城の親衛隊剣士団を訪問することもあった。達人や名人揃いの剣士団なのでさすがに厳しかったが、何回かやってるうちに手応えを感じられるようになった。
そして、最後の闘技会の時期が近づいてきた。