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剣術学園(3)

 辺境の道、女剣士ウィリア・フォルティスと、治癒師ジェン・シシアスは並んで歩いていた。

 ジェンはウィリアに、みずからの生い立ちを話していた。剣術学園に入学し、ライドという親友を得たことをウィリアは聞いた。




 剣術学園の重要な行事に、闘技会がある。トーナメントで生徒同士が戦って優勝を決める。秋と春先に行われる。

 一年生、二年生は、推薦がないと予選も出られないのだけど、僕とライドは推薦された。二人とも嬉しくて張り切り、いっそう練習に力が入った。その甲斐あって、どちらも予選を通過することができた。

 本戦は三十二人で争われる。一年生で出場できたのは、僕とライドだけだった。




「闘技会ですか……」

 ウィリアが思い出すような目をした。

「父も、最後の闘技会に優勝したことを自慢にしていました。三年生の前期ではあなたのお父さまが優勝して、後期に父が優勝したとか」

「うん」

「興味があるからもっと聞きたいと父に言ったのですが、なぜかあまり詳しいことを教えてくれないんですよ。見に行きたいと言っても、学外の人はだめだとか。兵士のうちで剣術学園に行った人に話を聞いたこともあるのですが、闘技会の話題になると、なんだか言葉を濁して、詳しいことを聞けませんでした」

「絶対に秘密というわけではないんだけど、闘技会のことについては学外で話すべきではないという雰囲気がある……」

「? それはなぜですか?」

「原因は、闘技会の開催方法にある」

「方法?」

「たとえば、建国祭の剣術大会では、競技用の剣を使うだろう?」

「はい」

「闘技会は違う。真剣を使う。そして、ポイント制とかではなく、本気で相手を倒しに行く。場外に落ちれば負けだが、壇上にいる限り、転んでも倒れても負けにはならない。最後まで戦い合う」

「………………」

 ウィリアはジェンの顔を覗き込んで、質問をした。

「……それ、死なないんですか?」

「死ぬんだ」

 ジェンは、理の当然というふうに答えた。

「ただ、壇上にいる審判役が蘇生魔法を使える人で、死んだら直ちに生き返らせることになっている。また普通の蘇生魔法では対応できない状況に備えて、上級蘇生魔法の術者が近くに控えている」

「あ、ああ……」




 すべての試合ではないが、大会のたびに、確実に何人か、死ぬ。

 学生は全員観戦するが、戦うために入学してきた者たちなので、人が死ぬところを見せても特に問題はない。

 とはいえ実際にはショックを受ける者もいるし、凄惨な光景に耐えられなくて進路を変更する者も、中にはいる。

 そういうことなので、基本的に学外の人はれない。出場者の家族が見たいと言っても、その家族が軍人でない限り許可されない。

 例外的に、魔法学園の学生は見学可能になっている。彼らの多くも戦うために入学してきた者だからだ。また、王立学園や王立女学園の学生は、軍人ではないが軍事行政に関わる可能性があるという理由で、申請すれば観戦できる場合がある。




 本戦の前に、教官から注意を受けた。

「対戦相手に、謝るのは禁止する」

 教官が真面目な顔で言っていたが、そのときはよく理解できなかった。正々堂々と戦ってなにを謝ることがあるんだ。卑怯な手を使うとでも思っているのかと不愉快だった。

 あとでその意味を知ることになる。

 本戦が始まった。学内に大きな闘技場がある。観客席は学生で満員だった。

 闘技壇に上がる。歓声が上がった。誇らしかった。

 相手は一年上の先輩だった。何回か練習に付き合ってもらったよく知る人だが、負けるつもりはなかった。

 試合が始まった。向き合う。

 相手の隙を探す。

 しばらくにらみ合う。

 相手はかかってきた。剣で斬りつけてきた。

 僕は大剣でさえぎった。大剣は防御にも有効なので、しばらく攻撃を受け続け、チャンスをうかがった。

 何回か受けると、相手の動きが一瞬止まった。

 そこで僕は斬りつけた。相手の胴を狙う。

 斬れた。

 鎧を破壊し、相手の腹部を大きくえぐった。

 血が飛び散った。

 彼は闘技壇に倒れた。

「勝者、ジェン・シシアス!」

 審判役は勝ち名乗りを上げると、直後に相手に蘇生魔法をかけた。傷は塞がって、彼は立ち上がった。やられたという顔をしていた。

 僕は控え室に戻り、次の試合を待った。

 待ってる間、さっきの光景がちらついた。飛び散る血が何度も浮かんだ。

 それまで実戦討伐で、野盗や犯罪者を何人も斬っていた。しかし、知っている人を斬るのは、まったく感覚が違った。

 先輩には家族があって、友人がいて、人生設計がある。いままでのつきあいでいろいろ聞いていた。それを殺した。

 すぐ生き返ったのだから、なにも気にする必要はないのだけど、どうしてもそれが頭を離れなかった。

 次の試合になった。

 僕はまだ前を引きずっていた。やはり歓声が上がったが、どこか遠くの音に聞こえた。

 対戦相手は三年生の先輩だった。

 そんな状態だから、まるで相手にならなかった。その先輩は強かったから本気で挑んでも勝てなかったと思うけど、試合直後すぐに攻められ、斬られた。

 激痛とともに、僕は死んだ。

 直後に生き返らせてくれたが、殺されてむしろほっとしたのを憶えている。

 闘技会は終わった。ライドと会った。ライドも一回戦で先輩を斬っていた。二回戦では、僕のように殺されたわけではなかったようだが、やはり負けたらしい。蒼白な顔をしていた。




 何日か後、剣の練習をしている時、試合で僕が殺した先輩と出会った。

「おう。この前はやられちゃったな」

 先輩はそう声をかけてくれた。僕は彼の目をまともに見られなかった。

 何を言っていいのかわからなくて、僕は口を濁した。

「先輩……。この前は……あの……その……」

 それを見て先輩が鋭く言った。

「おい、謝るのは駄目だぞ!」

 僕ははっとなった。

 謝るべきではない。闘技会は、そう言った意味でも強い心を鍛錬する機会でもあったのだ。

 心が痛くても、謝るのをやめた。

 もっと強くならなければいけないと思った。

 それ以来、実戦討伐や魔物討伐を積極的にやって、腕でも心でも強くなろうとした。ライドも同様だった。二人で修行を重ね、強くなろうとした。




 高等部に入って二回目の闘技会。僕とライドはふたたび選ばれた。

 余計なことは考えない。人を殺すことになっても、勝つ。そう決心した。

 ライドも同様で、いっそう修行に力が入った。

 当日になった。

 僕は勝ち進んだ。大剣は、攻撃の破壊力が段違いで、幅が広いので防御にも有効だ。最大の問題は扱いが難しいということだが、僕はかなり使いこなせるようになっていた。対戦する相手も、大剣相手の戦いには慣れていない。それも有利に働いた。

 決勝戦まで進んだ。

 ライドも勝ち進んでいた。そして決勝戦まで来た。

 僕かライドかどちらかが優勝する。一年生が優勝したことは以前にもあったらしいが、もちろん快挙だ。一年生同士の決勝戦というのは史上初らしかった。

 いちばんいやな相手だった。

 それまでにも、毎日立ち会いをしている。結果は互角だ。そして、学園の中で大剣相手の戦いに慣れている唯一の剣士だ。

 親友になったとは言え、絶対に負けたくはない。僕は本気で挑んだ。あいつもそうだ。

 試合が始まった。あいつが打ちかかってきた。僕は大剣で防御する。

 今度は僕が攻めた。あいつは体を巧みに使ってよけた。

 攻防が続いた。

 大剣は強力な武器だが、デメリットも多い。どうしても物理的に重いので、同じくらいの技量なら、動き出しの動作はわずかに遅くなる。ライドはそれをわかっていた。タイミングをはかり、僕の攻撃をかわした。

 そして、重量による疲労。徐々に向こうが優勢になってきた。あいつの動きは鋭かった。

 ライドの剣が、僕の両腕を落とした。

「勝者、ライドゥス・ヴェラ!」

 あいつはやりきったという顔をした。

 斬られた僕の両手はすぐに治癒してもらった。それを見てあいつもほっとした顔をしていた。




 試合後、僕はあいつに言った。

「優勝おめでとう!」

 はにかみながら答えてくれた。

「あ……。ありがとう……」

 そこで僕は言った。

「だけど、ものすごく悔しいぞ! そして羨ましい! 次回は必ず優勝してやる! 見てろ!」

 ものすごく悔しくて羨ましいのはあたりまえなので、それは隠さずにおこうと思った。

 あいつも真顔になって答えた。

「僕だって、優勝を明け渡す気はない! 次も勝つ!」


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