剣術学園(2)
僕とライドは親友になった。
口もきかないケンカをしていたのが嘘のように、いろんなことを喋った。趣味のことや、将来のことや、夢のこと。同じ部屋だから、夜遅くまで語り合うこともあった。
あまり喋り続けるので、寮監にうるさいと叱られることもあった。
育ってきた境遇が似ているので、考えていることや悩んでいることも、共感しあうことができた。
あいつが僕と違うのは、お父上を早くに亡くしていて、名目上だが伯爵家の当主となっているところだ。領国の実質的な経営は、お母様ががんばってやっているらしかった。弟さんがいて、僕が父親の代わりだとも言っていた。
そういうこともあり、僕よりあいつの方がなんとなく大人びていて、真面目だった。
剣術学園には普通の学科もある。政治や経済などだ。あいつはそれにも手を抜かなかった。夜遅くまで明かりをともし、勉強していることもあった。
僕は学科より剣の方が好きなので、あんまりやる気にはなれなかった。勉強しているあいつを見て
「もういいだろ。寝ろよ」
と言ったこともあった。
「うん、もう少し……」
「別に赤点があぶないわけじゃないだろ」
「僕に学び残したことがあったら、下の者が苦労するから」
「……」
そんなことを言われては何も言えない。僕も置いて行かれるのは嫌なので、がんばって勉強することにした。そこそこの成績は取ったが、得意な歴史以外では学科であいつを上回ることはできなかった。
ライドの他にも友人はできた。
剣術学園は、様々な出自の人がいた。多いのは武の家、つまり僕たちのような軍事を仕事とする貴族や騎士だ。だけどそれだけではなく、一般兵士の息子や、剣術道場から推薦された子も入学してたし、中には貧困層の出身もいた。
ただ、入学前に父から「出自によって人をあなどるな」ときつく言われていたので、彼らと話しているうちに親しくなることができた。自分の知らない世界の考え方を知ることができたのは幸運だった。
王都には、剣術学園の他にも、王立学園、王立女学園、魔法学園などがある。学外の年の近い子たちとも知り合うことができた。
振り返れば、学園生活は幸福だった。
「友達が多かったんですね。いいな……」
ウィリアが言った。
ウィリアが受けた教育はほとんど個別指導であり、学校へは行ったことがなかった。ジェンが友人にめぐまれたことについて、本気でうらやましそうな顔をした。
「僕がいるじゃないか」
「でも、もっとたくさん友達が欲しかったです」
予科の一年が過ぎると、本科に上がる。
本科になると、専門で使う武器を選択しなければならない。
大半は普通に剣を選ぶが、ヤリや弓を選ぶ者もいる。斧や棍棒という選択肢もあるし、短剣や暗器を選ぶ者もまれにいる。
僕は大剣を選んだ。
学年で一人使うか使わないかというマイナーな武器だが、使いこなせば大きな威力を発揮することを知っていた。それに、英雄譚に出てくる勇者には、わりと大剣使いが多かったので、それに対する憧れもあった。近いところでは、すでに亡くなっていたが、ライドのおじいさんも有名な大剣使いだったそうだ。
父には「変な物を選びおって」と言われたけど、止められるようなことはなかった。
大剣を選んだのは、父の存在も関係していた。君も知ってるとおり、父は剣の達人だ。普通の剣を選んだのでは、父を越えられるかどうかわからない。……別に父を倒したいわけじゃないが、比べられるのはなんとなく嫌だった。
最初はまったく使いこなせなかった。体がまだできあがっていない年齢で、あんな重いものを使えば当然だと思う。
ライドと立ち会う日課は続けていたが、しばらくは普通の剣を使った。
一ヶ月か二ヶ月ぐらいして、とりあえず武器として使えるようにはなった。ライドとの立ち会いにも使ってみたが、普通の剣の使いやすさと比べるとまだまだで、いいようにやられた。ライドも「大丈夫かな」という顔をしていた。
それでも続けているうち、感覚がつかめてきた。立ち会いが立ち会いとして成立するくらいにはなった。半年ぐらいしてやっと、ライドの剣と戦っても遜色ないぐらいに使いこなせるようになった。
本科になると、先輩たちともよく付き合うようになった。
尊敬できる先輩もいた。悪い先輩もいた。
尊敬できて悪い先輩もいて……腕が立つ人で、僕とライドの剣の稽古につきあってくれたあと、
「ちょっと遊びに行かないか」
と誘われて行ったら、その遊びというのが酒場遊びだった。
始めて酒を飲んだ翌日は、頭がガンガンして大変だった。
だけどだんだん慣れてきて、歓楽街の遊びも面白いもんだと思うようになった。ライドと連れだって酒場に行ったりした。はじめて娼館に行ったのも、ライドと一緒だった。
「あのですね、学生でしょう? 酒場に行ったり、娼館に行ったり、そんなことでいいんですか!?」
ウィリアが詰問するような目で言った。
「……いや……。よくはない……。よくはないんだが……みんなやってることだし……。王都では十五から飲酒可能なので……」
「飲酒可能でも、学生の身分で許されるのですか!?」
「……まあ、本来はダメなんだ……。だけど酒場の方でも学生を当てにしているところがあって……。過去のことだし、別に自慢じゃなくて、そういうことがあったという話だから……」
ウィリアは納得できない顔をした。
剣術学園の訓練の中には、実戦討伐がある。
学園から出て、実際に野盗や魔物の討伐をするんだ。
これは本科でも二年か三年からやるんだけど、僕とライドは一年からメンバーに選ばれた。選ばれたときは嬉しかったな。二人で、日頃の成果を見せてやると張り切ったもんだ。
最初に行った討伐は、野盗狩りだった。目指すアジトは使われなくなった古い建物だった。僕とライドを含めて学生が十人ぐらい。指導教官や、治安部隊の戦士たちが総勢数十名いる。
行く前に教官から指導があった。
「野盗は全員死刑相当の罪を犯している。捕まえてもいいんだが、おまえらは逮捕とか考えるな。危険なので、見つけたらとにかく殺しておけ」
いくつかの部隊に分かれて建物の周囲を取り囲み、突入する。
部屋が多い建物だった。それぞれの部屋に押し入り、野盗がいないか確認する。そのときはとにかく手柄を立てたくて、急いで部屋から部屋へ回った。
部屋の一つに、野盗がいた。
斬りかかってきた。僕は大剣で受け止めた。
滅多打ちをしてきたが、本格的に修行した剣ではない。あきらかに隙があった。
僕は慎重に攻撃を受けとめながら、相手の隙を見抜き、大剣で斜めに斬った。
なんとも言えない感触があった。
思えば、人間を斬ったのはそれが始めてだった。刃は相手の肩口から斜めに入り、胴体を斬った。
そのときの映像は目に焼き付いている。
斬った瞬間、大変なことをしてしまったのでは、という気になった。剣が胴体の半分まで来たところで、これ、戻せないかな? と思った。
当然そんなわけにはいかず、次の瞬間には剣がつきぬけていた。二つになった体が床に転がった。
「………………」
はじめて人を殺したという思いと、血と臓物のにおいにやられ、僕はしばらく棒立ちしていた。
すると、すぐそばを横切る物体があった。
部屋の奥で「ぎゃっ」と声がした。野盗がもう一人いて、矢に刺さって倒れた。
背後から来た弓兵士が、隠れている野盗に気付いて倒してくれたのだ。
「ぼーっとするな! どこに隠れているかわからんぞ?」
「は、はいっ!」
野盗の人数もそんなにいなかったようで、討伐はわりと早く終わった。まだ夜にならない時刻だった。
結局、僕は一人だけを斬った。指導教官に言った。
「倒したのは一人だけでした」
「一人でもやれれば上等だ。よくやったな。あとはゆっくり休め」
「はあ……」
帰りにライドと合流した。彼も一人斬ったらしかった。蒼白な顔をしていた。たぶん僕もそうだったのだろう。
寮に帰っておちつき、お茶を飲んだが、二人ともなかなか言葉が出なかった。
ようやくライドが口を開いた。
「疲れたな……」
「ああ……」
またしばらく無言だった。次に、僕が言った。
「娼館に行くか……」
「ああ、そうだな……」
「ちょっと待って」
ウィリアがジェンの顔を覗き込んで言った。
「はじめて人を斬って、ショックを受けたというのはわかりますよ? だけどそれがなぜ、娼館に行くという話になるのですか!?」
「いや……そのときは……なんとなく、そういう感じになって……」
「そういう感じってなんですか。理解できません。説明してください」
「いや、なんというか……。なぜか自然に……」
なかなかウィリアは納得してくれなかった。