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剣術学園(1)

 公女ウィリアは、謎の剣士「黒水晶」に父を殺され、みずからは犯された。復讐のため領国を出奔し、修行の旅を続けている。

 旅の途中で、ゲントと出会った。

 ゲントは旅の薬屋と名乗ったが、治癒師であり、魔法も使う冒険者だった。ウィリアとゲントはともに修行の旅を続け、王国の辺境をさまよった。

 ゲントは剣を使えないと言う。だがそれは嘘だった。強力な魔物、銀狼に挑んだとき、彼は剣を、それも大剣を見事に使いこなした。

 ゲントは自分の正体を打ち明けた。本当の名前はジェン・シシアス。ウィリアの師であるレオン・シシアス伯爵の息子であり、剣術学園から逃亡した者であった。




 辺境。

 石も敷いていない、踏み固められただけの細い道。

 公女ウィリアは鎧姿で歩いていた。それに並んだ薬屋のゲント、正体はジェン・シシアスは旅人服を着て、薬の荷物を背負っていた。

 次の魔物狩りをする地まではだいぶある。

 ウィリアが口を開いた。

「ゲントさん……いえ、ジェンさん、剣術学園から逃亡したと言いましたよね。なぜ、そうなったか、話してはいただけませんか?」

 ジェン・シシアスは、空に流れる雲を見た。

「……話せば、長くなるが……」

「何日もかかる旅です。急がせません」

「……わかった。すべて話そう……」




 僕は伯爵の息子に産まれた。

 ウィリアも知ってると思うが、シシアス家は、武の家だ。治めているソルティア領国は精強な軍隊を持つことで知られている。君のゼナガルドと同様だ。

 そして、強い軍隊の上に立つには、みずからも強くなければならないと教えられていた。事実、歴代の当主の多くは、剣の腕でも知られる勇士揃いだった。

 僕の父もそうだった。僕が産まれる前の話だが、建国祭の剣術大会で優勝したこともある。

 僕自身も、剣を習った。五歳か六歳頃から剣の練習は始まり、政治や経済の勉強と平行して剣の修行を続けた。

 嫌になったり怠けたりしたこともあったけど、基本的には剣は好きだった。体が大きくなるにつれて、できることがどんどん増えた。ますます興味が出て、練習にも熱が入った。

 自分で言うのもなんだが、十歳ぐらいには、城の兵士の平均ぐらいには剣を扱えるようになっていた。

 そのころから、進学を考えた。

 武人になるには、王都にある剣術学園、正式には「王立軍事剣術武術学園」と言うが、そこに行くことが必要だった。

 剣術学園には予科と本科がある。本科はだいたい十五歳ぐらいから入学する。予科はその一年くらい前になる。

 本科から入学する方が多いけど、僕は早く本格的に剣を学びたいので、予科から行きたいと父に言った。父は受け入れてくれた。




「剣術学園ですか……」

 ウィリアが遠くを見る目で言った。

「わたしも、行きたかったです……。どうしても行きたくて父に、『なぜわたしは行けないの!?』と泣きながら訴えたことがあります」

「男子校だからねえ。女子で剣を習いたい人はいるだろうけど、受け入れ体勢ができてない。女子更衣室とかは無いし、それどころか、女性用トイレが職員棟にしか無いんだ」

「まあ、しかたないですね……」




 剣術学園は全寮制だ。どんな身分のものでも一人で寮に入らなければならない。

 寮はほとんど二人部屋になっている。個室でないのは、共同生活に慣れるためということだ。

 寮に引っ越した日、同居人と会った。

 ディネア領国を治めるヴェラ伯爵家の、ライドゥスと言った。ヴェラ伯爵家も武の家で、似たような境遇だ。年も同じ。

 身分に差があると対等でない関係になりがちなので、同じ部屋にはなるべく身分の近い同士を入れることにしているそうだ。

 生活を共にする相手だ。とりあえず挨拶をした。

「はじめまして。俺はジェン・シシアスだ。よろしくな」

「こちらこそよろしく。ライドゥス・ヴェラだ。ライドと呼んでくれ」




「ジェンさん、『俺』って言うんですね」

「あ……うん。女性や目上の人がいるときは、僕って言うけど、男友達だけなら俺って言うな……。あんまり意識してなかったけど……」

「へえ……」

「続けていいかな?」

「あ、どうぞ」




 学園生活が始まった。

 二週間目ぐらいに、ライドと喧嘩した。原因ははあまり覚えてない。洗面の順番とか、くだらないことだったと思う。

 甘やかされて育った覚えはなかったが、周囲に下の身分しかいなかったから、人との距離感をつかめてなかったようだ。

 喧嘩して以来、同じ部屋にいても、口もきかなくなった。どうしても必要なこと以外は喋らない。そういう状態がしばらく続いた。

 学校の方は普通に進んでいた。剣術学園と言っているが、普通に学科もある。有能な武人になるため、政治、経済、軍事、自然科学、いろんなことを学んだ。

 剣の練習の方は、最初は退屈だった。まず基礎練習からさせられる。いろいろな段階の生徒がいるので仕方ないんだろう。でも僕は、すでにやってるからあまり面白くなかった。早く実戦練習にならないかなと思った。

 二ヶ月ほどして、やっと一対一の実戦練習になった。

 先生が対戦相手を決めるのだけど、自慢するわけではないが他の生徒とはだいぶレベルに差があった。同級生の中で同じくらいの相手となると、境遇が似た者……ライドしかいなかった。

 練習用の剣を持って、ライドと対戦した。

 絶対に負けたくないと挑んだが、それはあいつも同じだ。

 激しい打ち合いになった。最後にあいつの剣が僕の足を打ち、僕は転んだ。あいつの勝ちになった。

 勝っても喜ばないのがマナーだが、見下ろしたあいつの口が少し緩んだ。あの顔は忘れられない。

 もう悔しくて悔しくて、次こそは絶対勝ってやると誓った。自由時間のすべてを練習に使った。先生がいるときは積極的に指導を乞い、上級生に交わって稽古をつけてもらった。

 あいつも危機感を持って、練習を重ねていた。しばらくして、次に対戦する時が来た。あいつも強くなっていたが、今回は僕の執念が優り、勝った。

 そのときの悔しそうな顔も忘れられない。

 それ以来、僕とライドは必死になって練習をした。どちらも意地になり、次は勝ってやると思っていた。

 その過程で、剣の力は向上していった。

 すると、困ったことになった。練習相手がいないんだ。

 同級生とは、正直レベルが違うので、練習にならない。上級生を探して練習しようと思った。一年上の本科の生徒にはかなり勝てるようになっていたので、一年上でも上位クラスか、二年上の先輩に稽古をつけてもらおうと思った。時には三年上の相手を探した。

 ところが、ほとんどが、僕との稽古を嫌がる。

 当時は「なんで相手してくれないんだろう」と思ったが、今考えてみれば、負けるかもしれない下級生の相手をするのは、そりゃあ嫌だろうと思う。

 先生たちがいれば指導してくれるけど、いつもというわけにはいかない。

 仕方なく道場で、カカシを相手に剣を振るくらいしか練習方法がなくなった。ライドも同じらしく、やはりカカシ相手に練習していた。

 他に誰もいない道場で、僕とライドだけがカカシを打っていることが多くなった。

 そんなことが続いたある日、横でカカシを打っている僕に、ライドが話しかけてきた。

「ジェン」

 話しかけられるなんてことは久しぶりだから、僕は少々とまどった。

「……な、何だよ」

「君はなんで、そんなに練習してるんだ?」

 僕はむっとしながら答えた。

「おまえを倒すためだよ」

 すると、あいつは言った。

「僕もそうだ。そこでだな、二人で打ち合いをしないか?」

 僕はおどろいた。

「なに言ってんだ? おまえを倒すための練習に、おまえと戦うのか?」

「いいじゃないか。二人で戦えば、僕は君を倒す練習になる。君は僕を倒すための練習になる。どっちも利益があるじゃないか」

「……うーん……。それも、そうか……」

 わかったようなわからないような理屈だが、提案を受けた。そして、打ち合いを始めた。

 僕もあいつも思い切り打ち合った。いちおうの防具は着けていたが、体にビシバシ響いた。

 道場に二人だけだったので、判定してくれる人も止めてくれる人もいない。二人でしばらく打ち合いを続けた。

 やがて、疲れ切って、体がボロボロになってきた。あのときよく骨折しなかったと思う。

「……もう夕食の時間だ……。今日は……このぐらいにしよう……」

「……ああ……」

 痛い体を引きずりながら、食堂へ向かった。

 二人とも青痣だらけになっていた。食堂にいた指導教官が驚いた。

「おまえたち、何したんだ!? 喧嘩は校則違反だぞ!」

「いいえ、喧嘩ではありません。剣の練習です」

「その通りです」

 実際その通りだったから、恥じることはなかった。

 食後はさすがに練習を再開する気にはなれず、部屋に戻って横になった。痛くてなかなか寝付けなかった。

 横になって考えた。毎回こんなことをやっていては、体がもたない。それに、今回は練習用の剣だからまだいいが、真剣を使う実戦だとしたら、すでに死んでいる。

 いままで攻撃を主に練習していたが、まずは防御、攻撃が当たらない工夫を考えないといけないと思った。

 翌日から先生を捕まえて、防御の方法や、攻められたときの体のさばき方を教わった。

 また、同級生に頼み込んで、とにかく攻撃してもらうという練習もやった。

 ライドも同じことを思ったようで、やはり体のさばき方を重点的に練習していた。

 何日か後、また二人で打ち合いをした。今度も青痣だらけになったが、以前よりはダメージは抑えられた。




 そんなことを繰り返していくうちに、二人で打ち合いをするのが日課になった。

 日中いろいろと工夫した稽古をして、夕食後の時間にライドと打ち合いをする。課題は次々と出てくる。打ち合うことで、稽古の答え合わせができるような気がした。

 他の稽古で疲れていて、僕が休んでたりすると、ライドが

「おい、行くぞ」

 と呼びに来るようなこともあった。

 あいつと打ち合うことは、苦ではなくなり、むしろ楽しみになってきた。




 しばらくして、夏休みになった。二人とも領国に帰ることになった。

「休みのあいだ油断するなよ。おまえがさぼってたら、休み明けにぶちのめしてやるからな」

「君も気を抜くな。僕だって強くなって戻ってくる」

 僕はソルティアに帰省した。

 ソルティアでも剣の練習は続けた。剣の先生がいて専属で指導してくれる。

「ジェン様、動きのキレが格段によくなりましたな」

 褒めてくれたのでうれしかった。

 領国では遊んだり稽古したり、楽しい休暇を送っていたが、だんだん物足りない感じがしてきた。稽古の環境としては、剣の達人が指導してくれるのでけして不足ではないはずなんだけど、なにかが足りなかった。

 剣術学園に戻りたいという気がしてきて、その思いはだんだん大きくなっていった。

 休みを一週間残した頃、学園に戻るとうちあけた。

「まだいいではないか」

 と父も母も言ったが、それを押し切って戻った。

 学園に着いて、寮に戻る前に稽古をしたいと思った。まず道場に向かった。

 夏休み中の学園は閑散としている。道場に行っても、だれもいないだろうなと思っていた。

 ところが、道場に近づくと、中から剣を叩く音がする。

 扉を開けた。

 ライドがいた。

 一人しかいない道場で、カカシを相手に稽古していた。

 ライドは僕を見た。驚いた様子だった。

「あ……。帰ってきたのか……。早かったな」

「ああ……。おまえもな」

「うん。とりあえず、始めるか?」

 僕たちは打ち合いを始めた。



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