銀狼村(4)
ウィリアとゲントは、石室の前に立った。
村の西側の小山。銀狼が巣くうと言われる石室。
来るまでにも魔物が散見された。それなりに魔素を感じた。
しかし、石室から感じとれる魔素は尋常ではなかった。針のようにピリピリした感覚が全身を襲う。中に銀狼がいることを確信した。
ウィリアは聖大剣を背負っている。身長ほどある巨大な剣。銀狼に対抗できる武器だという。
もしもこれが無効だったら対抗方法はない。
しかし、ウィリアは聖剣であることを確信していた。剣からは波動が伝わり、それはウィリアの体に注がれて活力と気力になっている。
「行きますよ……」
ウィリアが言った。
ゲントが頷いた。
銀狼は凍てつく冷気を発する。ゲントは冷熱を遮断する呪符を持ってきた。二人それぞれの体に貼り付ける。何回かの冷気に耐えられるはずだ。
石の通路を進む。
魔素の感覚はいよいよ強くなる。
銀狼がいた。
石室の奥に、巨大な体を横たえていた。
首を上げて、入ってきた二人を睨んだ。
〈人間の匂いがすると思えば、貴様らか。わざわざ喰われに来たか?〉
ウィリアは銀狼を睨んだ。
「あなたを、倒す」
〈ふん〉
銀狼はみずからの能力に絶対の自信を持っているようだった。
ウィリアは聖大剣を構えた。薄暗い石室の中で、刃がきらりと光った。
銀狼の表情が変わった。
〈まさか、それは……。どこにあった……?〉
あきらかに動揺していた。
「いにしえの勇者が、残していてくれました」
ウィリアは飛びかかった。
「やーっ!!」
聖大剣を振るう。
銀狼は横飛びしてよけた。
ウィリアはさらに踏み込む。
銀狼は逃げる。
ウィリアが斬り、銀狼が逃げ回る。
しかし、石室の中では逃げる場所は限られている。
ウィリアの刃が入った。
わずかだが、銀狼の胴体に傷をつけた。赤い血ではない紫色の汁が流れた。その傷が塞がることはなかった。
銀狼は怒りの表情を顕わにした。
〈この……。この……。人間ふぜいが……〉
銀狼はウィリアに突進してきた。
今度はウィリアがよける。
ぎりぎり攻撃を避けられた。
銀狼は行き過ぎて、振り返った。
再度ウィリアに向かってくる。
ウィリアは聖大剣を構えた。
銀狼は聖大剣をかいくぐって、ウィリアの背後を取った。
ウィリアは跳んで距離を取る。
だがまた銀狼が突進してきた。
爪がウィリアの肩にかかり、鎧ごと貫いた。
「うっ!!」
激痛。ウィリアは倒れ込んだ。
背後にいるゲントが治癒魔法を放つ。ウィリアは癒やされた。
〈小賢しいことを……〉
今度は銀狼はゲントに向かった。
ゲントがよける。ウィリアが割って入った。
ゲントは生命線である。どうしても守らなければいけない。
ウィリアにまた爪がかかった。切り裂かれ、血が流れる。
「……!!」
ゲントが治癒する。
銀狼はいらついた顔をした。
口から冷気を吐いた。
冷気が二人にかかったが、それは効かなかった。
〈……!?〉
呪符が効果を発した。とはいえずっと効く物ではない。効果が消えるまでに決着をつけねばならない。
ゲントが風魔法を使う。銀狼の体を切り刻む。しかしすぐ傷は塞がってしまう。
ウィリアは踏み込んだ。
渾身の踏み込みだった。
銀狼の前足を切り落とした。
〈ぐわあああ!〉
前足がつながることはなかった。
さらに攻める。
だが、傷ついた銀狼は回避に徹した。足を一本失っても俊敏であり、再度傷つけることがなかなかできない。
ウィリアの息が荒くなってきた。疲労が蓄積している。
一瞬、動きが止まった。
その一瞬を銀狼は見逃さなかった。
ウィリアに突進した。体が吹っ飛んだ。骨の折れる感触がした。
これもすぐゲントが治癒するが、ダメージは大きい。
銀狼はにやりと笑った。
攻守が変わった。銀狼が攻める。ウィリアは攻撃をよける。
動きの切れが悪くなってきた。
ウィリアの武器はスピードである。しかし、きわめて重い大剣を持っている。思うような動作ができない。
それを銀狼に見破られてしまった。
銀狼の鼻面がウィリアの腹部をかち上げた。
体が飛ぶ。落ちて、地面に叩きつけられる。
聖大剣が宙に飛び、遠くに落ちた。
「ああっ!」
地面に倒れたウィリアと、聖大剣の間に、銀狼がいる。
〈残念だったな……〉
ウィリアの前に、銀狼の牙が近づいた。
喰われる……。
〈う!〉
銀狼は急に飛び退いた。
石室の中、刃がきらめいた。
落ちた聖大剣を、ゲントが拾っていた。ゲントが聖大剣を振り、銀狼は間一髪よけていた。
〈貴様……〉
銀狼はゲントに向かった。
ゲントは素早くよけた。よけながら、銀狼の胴体を傷つけていた。
〈うおっ!!〉
紫色の汁が流れる。
ゲントは、大剣をしっかり構えた。
銀狼を攻める。
銀狼は恐怖の表情を見せた。飛び退く。
だがゲントの動きは鋭かった。
鋭く踏み込む。足をもう一本切り落とした。
〈うっ!!〉
銀狼の動きが封じられた。
ゲントは聖大剣を振り上げ、銀狼に飛びかかり、力強く振り下ろした。
〈ぎゃああーっ!!〉
銀狼は頭部から二つに切断された。
それは息絶えた。
切断面から紫の汁がどくどく流れ、それは泡を吹き出した。
銀狼の体がみるみる分解され、煙を発して、消滅した。あとには汚れた砂が残った。ベルトの金具などがいくつか転がっていた。村人を食べたとき飲み込んだ物だろうか。
ウィリアは起き上がった。
ゲントは、聖大剣を持ったまま、銀狼の残骸の前に立っていた。
ウィリアはゲントの背中に声をかけた。
「ゲントさん……」
ゲントは向こうを向いたまま、聖大剣の先を地面に刺して、柄をウィリアに押しつけてきた。
とまどいながらウィリアは受け取った。
まるで汚い物のように、ゲントは聖大剣を見ようとしなかった。
村に帰って銀狼討伐を報告した。神父は泣いて喜んでくれた。翌日、聖大剣を祠に返し、ふたたび石で隠した。
村を出るとき、神父と、何人かの村人が見送ってくれた。
「本来なら村全体でお礼をすべきですが、まだ人々の恐怖は残っていて、外に出るのを怖がっています。ですが、村の外から感じる魔物の気配は消えました。危険は去りました。あなた方のおかげです。ありがとうございます……」
ウィリアは見送りに来てくれた人の手を握り、村を後にした。
ウィリアは鎧を着て、ゲントは薬の荷物を背負って歩いている。
銀狼との戦い以来、ゲントは無口になっていた。
夜中に叫ぶようなことはなかったが、表情がこわばっている。
ウィリアはゲントと並んで道を歩く。
声をかけた。
「ゲントさん」
「ん?」
「あなたは、何者なのですか」
「……」
「わたしはあなたに抱かれたからわかります。あなたの胸板はなぜあんなに厚いのですか。なぜ腕が逞しいのですか。なぜ手のひらが硬いのですか。あなたの体はもともと治癒師として修行したものではありません。剣士として訓練された体です。剣士、それも、大剣使いだったのではありませんか?」
「……」
「あなたはわたしに、友達になってくれると言いました。友達なら嘘をつくなと言うつもりはありませんが、嘘がばれた時には正直に話してくれるべきだと思います」
「……」
ゲントは大きな息を吐いた。そして言った。
「わかった。本当のことを言おう……」
すこしの間のあと、ゲントは言った。
「ゲントというのは、仮の名だ。僕の本当の名前はジェン。ジェン・シシアス」
ウィリアは目を大きく開いた。
「シシアス……!? それじゃ……」
ゲントは頷いた。
「そうだ。父はレオン・シシアス。ソルティア領主で、黒水晶討伐隊の隊長だった。僕はその息子で、剣術学園から逃亡した人間だ……」