銀狼村(3)
「やーっ!!」
ウィリアは大剣を振った。
教会近くの空地で、聖なる大剣の扱いを練習する。
普段使っている剣とは比べものにならない重さである。長さも自分の身長ぐらいあり、下手するとこっちが剣に振り回されてしまう。
素振りをするのも苦労する。
「やーっ! たーっ!」
持つことはできても、剣として扱うのは大変だ。
上段からの素振りを十回ほど行った。きつい。疲れる。
最後の方は、振り上げるだけでもバランスを崩してしまう。
「あっ……。ととと……」
後ろの方に倒れそうになった。
なんとか体勢を立て直し、剣先を地面に突き刺して休んだ。すでに息が上がっていた。
こんなことでは、いつになったら使えるようになるかわからない。
ゲントは空地の石に腰かけて、ウィリアの練習を見つめていた。
ウィリアは呼吸を整え、大剣を持ち直した。
「……あきらめるわけにはいきません。人の命がかかっています……」
素振りを再開しようとした。
「ウィリア」
座っていたゲントが声をかけた。
「はい?」
「重心を工夫するといい。そのくらい重いものだと、全体の重心が大きく違ってくる」
「重心?」
「体全体の使い方を根本的に変える必要がある。大剣が上半身で、肩が腰のかわりになる、ぐらいの感覚でないと使えない」
ウィリアは言われたとおり、大剣が上半身、という感覚で動かしてみた。体全体を使って振り下ろす。今度はバランスを崩すようなことはなかった。
「いいぞ……」
ゲントが声をかけた。
十回ほど素振りをした。
ウィリアはゲントを振り返った。
「……ゲントさん」
「ん?」
「武器は苦手だと言っていたわりには、大剣の扱いに詳しいですね?」
「……以前組んでいたやつが、たまたま大剣使いでね。そいつの練習も見ていたし、いろいろ話を聞いたこともある」
「そうですか。その方、いまはどうしてますか?」
「死んだ」
「そう……。でも、大剣の知識があるなら、先に言ってくれればいいのに」
「素人だから遠慮してたんだが、僕程度の知識でも、ないよりはマシかもしれないと思い直して」
「いまはどんなことでも糧にしなければなりません。気付いたことがあったら言ってください」
ウィリアは上段から振り下ろす練習を何度も行った。
次に、横に振る練習を行う。
敵を腰から斬る感じで、振り回してみる。
振ることはできたが、遠心力が働き、最後のところでよろけてしまった。
ゲントが声をかける。
「遠心力はどうしてもかかる。それ込みでちょうどよい軌跡になるようにしないといけない」
「はい!」
夕方までウィリアの練習は続き、ゲントはそれを見ていた。
翌朝。
神父が朝食を用意してくれていた。
ウィリアが起きてきた。
食卓に着くまで、操り人形みたいによたよたした歩きだった。全身が筋肉痛なのだろう。
「ウィリア、大丈夫?」
「だ……大丈夫です……。剣の先生が言ってました。筋肉痛は成長のしるしだって……」
「無理しないでね」
「……でも、わたしが無理をしないと、人が犠牲になります。あまり時間はありません」
たしかにそうで、銀狼は数日以内に次の犠牲を求めてやってくるだろう。
ウィリアはぎくしゃくしながら朝食を食べて、練習に臨んだ。
聖なる大剣を持って空き地に行く。
ゲントはやはり石に座って見ている。
全身のストレッチを行う。筋肉痛は引かないようだが、体はいちおう動くようになった。
上段からの素振りを行う。
最初とはずいぶん違う。剣の素振りとして迫力がある形になっている。
上下に振る。左右に振る。斜めに振り下ろす。いろいろ練習をした。
午後からは剣で物を斬る練習を始める。
神父から提供してもらった薪材を置いて、上から振り下ろす。
薪材は一撃で砕けた。
見ていた神父が明るい顔をした。
「みごとです! これなら、銀狼も!」
「いえ、駄目です……」
「え?」
「これだけの質量のある剣、叩けば砕けるのは当然です。切断できるようにならないと、使いこなせたとは言えません」
ウィリアは日が落ちるまで練習を続けた。
教会に戻り、夕食を取る。
気を抜くと一気に筋肉痛が来る。ウィリアはよれよれになりながらテーブルに着いた。
夕食は豪華だった。兎の肉や、森で採れる果物が出た。
「あれ、豪華ですね」
神父が言った。
「近くの人が聞きつけて、差し入れをしてくださいました。剣士さまに食べてほしいと」
ウィリアは感謝しながら頂いた。
三日目の午後になった。
一抱えもある薪材が目の前にある。
ウィリアは聖大剣を振るった。
「やーっ!」
薪材は切断され、二つに分かれた。
「よし……」
ウィリアは額の汗をぬぐった。
薪材はもう一つあった。
「ゲントさん、お願いします」
ゲントが薪材を縦に持ち、そのままウィリアの方に放り投げた。
「やーっ!!」
聖大剣を横に振って切る。
こちらも切断された。切り口は鉋をかけたように滑らかだった。
「ふう……」
ウィリアはほっとした顔をした。
だが、手放しで喜ぶことはできなかった。
大剣を使うことはできた。普通の基準ならかなりの腕前とされるだろう。しかし、いつも使っている剣の技術と比べるとあきらかに劣っている。
ウィリアがいつもの剣を使えば、薪材など一瞬で何回も切断できる。それと比べると、大剣の扱いはまだまだである。
難しい武器である。本当に上達するためには何年もかかるかもしれない。そんな時間はなかった。
ウィリアは西側の小山を見た。
夕日が沈む。小山の端にかかっている。
そこの洞窟に銀狼がいるらしい。
神父の予想によると、明日あたり銀狼が襲いに来るだろうとのことだった。それまでにやつを倒せなければ、またも人の命が失われるのだ。
ウィリアが小山を見ながら言った。
「……明日の朝、戦いに行こうと思います」
ゲントが答えた。
「わかった」
当然のように、ゲントも行く気のようだ。
ウィリアはゲントの顔を見た。
危険な戦いである。できればゲントを連れて行きたくはない。しかし、彼の風魔法や治癒魔法による援護がなければ、あの銀狼に勝てる気はしなかった。
ウィリアはゲントに頭を下げた。
「……よろしくお願いします」