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銀狼村(2)

「銀狼伝説は……」

 神父は、ウィリアとゲントを教会の書庫に招き入れた。

「何種類もの童話集に載るほど有名な話です。絵本もいくつか出ています。しかし、詳細なことはあまり伝わっていません。われわれ村民も、童話集に書いてある程度のことしか知らないのです……」

 神父服を着ていたので貫禄がありそうに見えたが、よく見れば若かった。まだ三十前くらいだろうか。

 書庫は古びて、しばらく使っていないようだ。ホコリが積もっている。

「伝説が本当なら、以前に銀狼の襲撃があった時期の記録は、このへんです」

 厚い記録帳が並んでいる。昔の神父が書いた日誌のようだ。やはりホコリがつもっていて、しばらく見られた形跡はない。

 ゲントが疑問を口にした。

「確認しなかったのですか?」

 神父はすまなそうな顔で答えた。

「読めませんから」

「?」

「まあ、見てください」

 ウィリアとゲントに、該当時期に近そうな日誌をそれぞれ渡した。二人は開いた。

 ゲントが言った。

「古典語だ……」

 今は使われない古典語で書かれている。文字も古い筆記体で、読みやすくはない。

 神父が言った。

「私は古典語が読めませんので」

「え?」

 ウィリアは意外に思った。教会でお祈りするときは、たいてい古典語を使う。神父となれば普通に読めるものだと思っていた。

「不勉強を自慢するわけではないですが、ここの教会は世襲で、神父になるときも父からお祈りや慣わしを習うだけです。私もそうで、一応近くの教会に修行には出ましたが、祭礼の手伝いをするくらいでした。学問的なことは触れていなかったのです」

「はあ……」

「……銀狼が再び表れた時、解決策はないか資料を読もうとは思ったのですが、古典語の辞書も参考書も見つからず、まるで読めません。また、村内にも読める人はいませんでした。自分の不勉強を恨んだものです。……お二人は読めますか?」

「ええ、なんとか……」

 ウィリアは公女の教養として、古典語を習っていた。

「少しは……。学校でも習ったし、師匠の所でも読まされて……」

 ゲントも読めるようだ。

 ウィリアは気になって、ゲントに聞いた。

「ゲントさんはどこの学校に行ったのですか?」

「え?」

 ゲントはあわてて目をそらした。

「あー……。まあ……。そこんところの……」

 わかりやすくごまかしたので、それ以上は聞かなかった。

 二人は腰を据えて、古い日誌を読み進めた。

 正確な年代もわからない。近そうなところを順番に見ていく。銀狼が現れた時ならば、記述が特に多く、書き方が普段とは違うはずだ。

 一冊目、特に参考になりそうな記述はなかった。ウィリアは二冊目に手を伸ばした。

 ゲントの方が読むのは速そうだ。三冊目を調査していた。

 ウィリアも読み進める。

 ふと、ページをめくっていて気付いた。特定の部分だけ、小口がすれた形跡がある。

 ウィリアはページを飛ばし、すれている部分を見てみた。

 銀狼……。

 銀狼の襲撃に関しての記述があった。

「ありました!」

 ゲントと神父が顔を上げた。

 ウィリアが日誌の一部分を指さした。

「ここに、銀狼と読めます」

 ゲントがのぞき込む。

「たしかに……! 読んでみよう」

 ウィリアとゲントは一緒に、その近辺の記述を読んだ。

 初めて銀狼の来た日の記述があった。

 ○月○日、銀狼来たる。巨大な狼で、銀色の毛皮に覆われ……と外見の記述が続いていた。住民の○○をくわえて去って行ったとある。

 続く何日かは、お祈りをして過ごしたという記述があった。

 何日かに一度、銀狼来たる。○○食われる。という記述があった。昔の襲撃の時も、しばらく助けが現れなかったようだ。

「あまり動きがないですね……」

「注意して読もう……」

 何ヶ月か経ったあと、勇者来たる、との記述があった。

 しかしその次の記述を見ると、勇者と銀狼が戦うが、勇者の剣は銀狼を傷つけることあたわず。勇者、村から逃げる。絶望。ということが書かれていた。

「昔の勇者も、最初は勝てなかったのですね……」

「傷つけることができない、というのは再生されるということか。童話では特に再生するような記述はなかったが、ここだけ見て『剣が通らないほど硬い』と理解されたのかもしれないな……」

 さらに犠牲者の記述は続いた。運命を呪う言葉が書かれていた。

 一ヶ月ほど後に、ふたたび勇者来たる、という記述があった。勇者は、聖剣を持ち、賢者を伴ってやってきた、とある。

 勇者はふたたび銀狼と戦った。聖剣は銀狼を傷つけた。銀狼は逃げ帰り、山の中腹にある石室に籠もった。

 銀狼みずから石室を閉じたため、追討することができない。そこで賢者が、石室ごと封印した。

 銀狼は復活してやるとの言葉を残し、封印された。銀狼の脅威は去った。村の者は勇者と賢者に感謝した。彼らは聖剣を村に残し去って行った。……とあった。

「聖剣……」

 聖剣は銀狼を傷つけたと書いてある。

 ゲントは神父に尋ねた。

「聖剣はどこにありますか?」

 神父はけげんな顔をした。

「聖剣?」

「昔の勇者が残していった聖剣です」

「いや、わかりません。この教会には剣はありません」

「ですが、勇者は聖剣を村に残したと書かれています。村のどこかにあるはずです。わかりませんか?」

「……わかりません。そんな大事なことなら伝承があったかもしれませんが、先代の私の父が早く亡くなりまして……。それ以前にも早世した代があったので、伝承が失われたかもしれません」

 ウィリアとゲントは困った顔をした。

「どうしましょう……」

 神父は言った。

「……心当たりはあります」

「え? どこですか?」

「東の山、山と言っても小山ですが、そこに勇者を讃える祠があります。もしかしたらそこに隠されているかもしれません」

「行ってみましょう」

「ですが、今日はもう遅い。暗くなると魔物が心配です。明日の朝早くに行きませんか」

「わかりました」

「今夜はお泊まりください。粗末ですが、夕食をどうぞ」




 神父が作った夕食をいただいた。芋や豆を煮たものばかりだったが、活力にはなった。

「……銀狼が来ても、食べなければ生きていけません。村の人たちが命がけで作ってくれた作物です。その豆は、一週間前に食われた農家の方が作ってくれたものです」

「……」

 なんとなく食べづらいが、残さず食べた。

 神父は話好きなようで、食後には世間話をはじめた。以前、ここがどんなに平和な村だったかということや、祭りの時は銀狼伝説の人形劇が演じられたことなどを語った。

「……ですが、もうそんな気にもなれません。この村は、銀狼伝説から銀狼村と名前が付いてますが、災厄が収まったら村会を開いて、村名を変えようとみんな言っています。もっとも、災厄が収まるかどうかはわかりませんが……」

 その後、明日に備えて、ウィリアとゲントは早めに寝た。




 朝、三人で山の祠に向かった。

 山中の洞窟が祠になっている。

「ここです」

 洞窟の奥、石碑が建っている。勇者と賢者を讃えたもののようだ。

「ここに剣が?」

「うしろの方を見てください」

 石碑の後ろに面積の広い石の壁が見える。

「どうも不自然に思っていました。あの奥に、何かあるのでは」

 壁ではなく石の扉かもしれない。

「動くでしょうか」

 ウィリアは石に触れてみた。

「どれどれ」

 ゲントも触れてみた。

「む……?」

「どうしました?」

「封印がかかっている」

 ゲントは石に触れて、封印魔法の気配を感じ取った。

 ウィリアも感覚を鋭くしてみた。魔物の発する魔素とは違うが、なんらかの魔法的な感覚はあった。

「解けますか?」

「封印を解くのは厄介そうだな……」

 後ろから神父が言った。

「封印……。ちょっと、私にやらせてください」

「解く方法があるのですか?」

「父に習ったお祈りの中に『戒めを解く祈り』というのがありました。ただ、使う場面がわからなかったし、それだけが市販の祈祷集に無かったので何だろうと思っていたのです。これかもしれません」

 神父は石に向かって、しばらくお祈りをした。

「……終わりました。どうぞ」

 ゲントはもう一回触ってみた。

「うん、封印が解けています。ありがとうございます」

「お役に立ててよかった」

「……でもこれ、動くかな」

 ゲントが石に手をかけてみた。わずかに動きそうだ。しかしさすがに重い。

 ウィリアも協力した。やっぱり重い。

 神父も手伝った。あまり力にはならないが、気合いを込めた。

 三人で力をあわせて、石の位置をずらす。

 わずかに動いた。

 向こうが見える。やはり扉のようだ。

 がんばって動かす。なんとか、人が入れそうな隙間が現れた。

「よ、よし、入ってみよう」

 ウィリア、神父、ゲントの順に、隙間から中に入った。

 細長い棺のような、木の箱があった。

「……」

 ウィリアは箱の蓋を開けた。

 剣があった。錆や汚れはなく光っている。

 巨大な剣だ。

 ウィリアの使っている剣よりはるかに大きかった。全体の長さはウィリアの身長に近いぐらいあり、幅も広くて手のひらぐらいあった。

「えっ、何、これ……」

 ウィリアは巨大すぎる剣を見て驚いた。

 背後からゲントが覗き込んだ。

大剣たいけんだ……」

「大剣……。ああ、そういえば、城の武器庫にも何本かありました。ですが、実際に使った人を見たことがありません」

「使用者は珍しいからね。破壊力はものすごい。面積も広いので防御も兼ねている。だが、当然ながら、重い。使いこなすのはものすごく難しい武器だ」

 ウィリアは柄を握ってみた。魔法的な力を感じる。たしかに聖剣のようだ。

 持ってみる。持つだけでも重い。普段使っている剣とは比べものにならない。

「こ、これで、戦うのですか……」

「……練習が必要なようだ」


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