放棄された基地(1)
公女ウィリアは「黒水晶」に父を殺され、自らは犯された。仇をとるため彼女は領国を出奔した。途中で出会った薬屋で治癒師のゲントとともに、魔物などを倒す修行の旅を続けている。
森の中で、ウィリアとゲントは魔物と戦っていた。
大きな獣がいる。牛ほどもあるハリネズミ。魔素を吸って魔物化したものである。体を覆っている針は鋭く、ぶつかったら命はないだろう。
ハリネズミは二人に向かってきた。
ウィリアはさっと跳んでよける。
ゲントも、薬の荷物を背負っている割には身軽だ。横に跳び、体当たりをよけた。
隙を突いて、ウィリアが斬りかかる。固い針が割られ、体に傷をつけた。ウィリアの剣の鋭さは、魔物の剛毛などは苦もなく切れるほどになっていた。
ハリネズミは大きくうめく。
体から針を発射してきた。何十もの針が飛んで、ウィリアに向かう。
咄嗟にゲントが風魔法を発した。突風で針は吹き飛ばされた。
ウィリアが踏み込む。
剣を振り下ろし、ハリネズミの頭を斬った。魔物は倒された。
「ふう……」
ウィリアは一息ついた。
「やったな」
ゲントが親指を立てた。
ウィリアは周囲を見回す。
「他に、これといった魔物はいないようですね……。次の村に行きましょうか」
二人は森の中の道を進んだ。草の香りが濃い。
一時間ほど歩けば次の村に着くはずだ。
えーん……。
「ん?」
二人は変な音を聞いた。
音と言うより声。誰か泣いているような声がする。
「なんでしょう?」
「?」
道を進んだ。
「う……。え……。えーん……」
泣き声ははっきりしてきた。
さらに進む。
「えーん。えーん……」
子供がいた。五歳くらいの女の子だ。道の真ん中で泣いていた。
魔物の出る森である。こんなところに子供がいるのは奇妙だが、魔素は感じられない。人間の女の子のようだ。
ウィリアはしゃがんで、その子の顔を覗き込んだ。
「お嬢ちゃん、どうして泣いてるの?」
「う……。あのね、おうちに、かえりたいの……」
「おうちはどこ? どこの村?」
「アベッロ村」
「次の村?」
「迷子か」
村までは歩いて一時間近くある。森の中で方向を逆にまちがえ、ずっと歩いてきたらしい。
「村はあっちの方向です。お姉ちゃんたちと一緒に行きましょう。歩けますか?」
ウィリアは女の子の手を取った。
女の子は歩きたがらない。
「う……。うえーん……」
ウィリアは女の子をだっこした。
「足がつかれたのね。お姉ちゃんにつかまっててね。鎧が固いけどがまんしてね」
女の子は泣き止んで、ウィリアにだっこされた。
ゲントが空を見て言った。
「ウィリア、まずいぞ。降りそうだ……」
二人だけなら降られても大して困らない。荷物の袋は耐水性で、多少の雨なら問題ない。着ているものが濡れても、暖かい季節なので、次の宿屋について風呂に入ればそれで済む。
だけど、小さい女の子を濡らしたくはない。
ウィリアとゲントは森の道を急いだ。
しかし、そのうちにぽつぽつ降ってきた。雲の様子を見ると、本降りになりそうだ。
「隠れるところないですかね?」
「うーん……」
ゲントは周囲を見回した。
「ん?」
建物のようなものがあった。
二人はそっちに走った。
たしかに建物であり、しかも頑丈そうだ。
外観は殺風景で、装飾などもない。
「何の建物でしょう。地図にはなかったはずですが……」
「なんだろう?」
雨が強くなってくる。ともかく中へ入ろうとした。
かなり古い建物のようだ。どうも、人がいる気配がしない。
入口はあったが、錠前がかかっている。
庇のようなものはないので、雨が体にかかってきた。
ゲントは錠前に手をかざした。風魔法を放つ。ヒュルヒュルという音がして、鍵は外れた。
「とりあえず中に入ろう」
建物の中に入った。外の雨はどんどん強くなってスコールのようになってきた。
雷も鳴り出す。
窓が光った。雷鳴がとどろく。
女の子が泣き出した。
「いやー!。おうちに、かえりたい!」
ウィリアは女の子を抱きしめ、なんとかなだめた。
「雨がやんだら、すぐ村に行くからね。それまで待っててね」
「うっ、ぐすん……」
女の子はウィリアに抱きついたままだった。
ゲントは部屋の中を見渡した。
壁が塗り壁で、床は木材でできている。いずれも古びている。
外観と同様に殺風景で、家具などはあまりない。ただし、古びた剣や盾が部屋の隅に立てかけられていた。
「わかった。ここは、放棄された基地だ」
「基地?」
「ここは、山を越えたらヤンガ国だろう? 今では友好国だが、数十年ぐらい前までは軍事的緊張があった。おそらくその頃作られた軍の基地だ。こういうのは地図に載せないことがよくある」
たしかに、調度や建物の作りを見ても、数十年前のものらしかった。
「入ってよかったでしょうか?」
「厳密にはだめなんだろうけど、かなり長く使われてないようだから、まあいいだろう」
椅子などはなかった。ゲントとウィリアは荷物を部屋の隅に置いて床に座った。雨が止むのを待つ。
雷が聞こえなくなり、やや明るさが増してきた。女の子も落ち着いてきた。
「もうちょっとで晴れそうですね……」
女の子が体を揺らす。ウィリアの腕から抜け出した。
とことこと歩き出した。
「え? どこへ行くの?」
女の子は建物の奥に進んだ。
「なにがあるのー?」
好奇心で、見に行きたいようだ。
「あ……あんまり奥に行っちゃ駄目ですよ」
危険なものがあるかもしれない。
ウィリアは彼女を追いかけた。
ゲントもついて行った。
部屋から廊下が続いていた。女の子が奥に進む。
ウィリアが追う。ゲントもついてきた。
廊下の板が、妙にたわんだ。
「え?」
木の折れる音がして、廊下の板が外れた。
下は空間だった。ウィリア、ゲント、女の子は落ちた。
「きゃっ!」
「わーっ!」
「あー!」