魔法使いの館(3)
魔法使いは庭に出てきた。ゴーレムを三体ほど連れている。庭を探し回った。
「かくれてもムダだ! この庭からは出られん! 出てこい!」
憤怒の表情であちこちを睨んでいた。
ウィリアとゲントは庭木の影に隠れていた。
館を囲む生垣の向こうは異様な光景になっていた。生垣の周りにまた生垣、さらに生垣となっていて、終わりがない。空間を歪めているのだろう。魔法使いの言う通り、このままでは庭から出ることは無理なようだ。
「ゴーレムは倒せますが……あの炎は強力ですね……」
ウィリアは陰から魔法使いを見た。
ゲントが提案した。
「……魔力を消耗させてみよう。やつは興奮している。姿を見せれば炎を撃ってくるだろう。だが無限に魔法を使うことはできない。魔力がなくなったところを、斬る」
「はい!」
ウィリアは陰から姿を現した。
「そこかーっ!」
魔法使いは強力な火炎魔法をウィリアに発した。
ウィリアはそれを避ける。
炎は庭木に当たった。隠れていたゲントもあわてて避けた。
魔法使いは何発も炎の攻撃を撃ってきた。
ウィリアの動きは素早い。炎をかわしながら、庭を縦横に走った。
「この……!」
魔法使いが火炎を放つ。
ウィリアがよける。
だが、避けた先にゴーレムがいた。ゴーレムはウィリアにつかみかかってきた。
「きゃっ!」
ウィリアは剣を振って、ゴーレムを破壊した。
だがその瞬間、魔法使いの攻撃が襲ってきた。業火がウィリアを遅う。ウィリアの体が焼けただれた。
すぐさまゲントが蘇生魔法を使った。一瞬の後、ウィリアは生き返った。
「……あ、ありがとうございます」
魔法使いはゲントを睨みつけた。ゼイゼイと息をしていた。
ゲントはそれを見て、いける、という表情をした。
魔法使いはゲントの方に腕を伸ばした。
ゲントは少し腰を落として、火炎攻撃に備えた。
しかし、魔法使いは火炎を放たなかった。なにか波動が手から出て、それがゲントの方まで到達した。
「あ……」
ゲントは青ざめた。
「まずい! ウィリア! 逃げろ!」
「え?」
魔法使いは前にも増して、火炎攻撃を乱打してきた。ウィリアとゲントは庭の中を逃げた。
「どこへ行ったー!」
魔法使いは二人をしつこく追う。
ウィリアとゲントは、庭の片隅にいた。崩れた壁と壁の間。隠れられる数少ない場所だった。
ゲントの表情は固かった。
「さっきは、どうしたのですか?」
「やられた。魔力吸収の術だ。完全に吸い取られてしまった。もう、残っていない……」
固い表情には恐怖心が見て取れた。
ウィリアはその恐怖心の意味がわかった。次に死ぬことがあれば、もはや、生き返らせることはできないのだ。
魔力を再生しなければ、きわめて不利になる。
ウィリアはゲントの目を見た。
「ゲントさん」
「ん?」
「わたしを抱いていいですよ」
ゲントはウィリアを見た。唾を飲み込んだ。しかし首を振った。
「……いや、そんな時間はない」
それもそうだ。
「……どうしたら……」
ゲントはウィリアを見つめて言った。
「あの……ウィリア」
「はい?」
「キスして、いい?」
ウィリアは驚いたが、すぐにはっきりと答えた。
「はい! そんなことでいいなら、どうぞ!」
「じゃ、すまない……」
ゲントはウィリアの肩をつかんだ。
正面に相対した。
ゲントの顔が近づいてくる。
「……あ、ちょっと、待って」
ウィリアは横を向いて、ゲントを押し返した。
ゲントは悲しそうな顔をした。
「嫌?」
「い、嫌じゃないですけど、ちょっと、心の準備が……」
ゲントとキスをしたことは何回もある。だがそれはすべて夜中、性行為に付属するものだった。昼間にはっきり顔を見ながらしたことはなかった。状況が違う。
ウィリアは深呼吸を何回かした。
「は、はい、もういいです! おねがいします!」
ゲントは再度ウィリアの肩をつかんだ。
顔が近づく。
「どこだー!」
魔法使いの怒声が響く。あちこちを見回している。
「ここだ!」
ゲントが声を上げた。
魔法使いが見ると、ゲントとウィリアがいた。
激高した魔法使いは、二人に火炎魔法を撃った。
だが、ゲントは次の瞬間、風魔法を放った。使える最大限の風魔法で、竜巻くらいの威力がある。魔法使いの火炎攻撃を押し返した。
「うっ!」
魔法使いは思わず腕で顔を覆った
そのとき、風の中から、女剣士ウィリアが飛び出してきた。それは魔法使いを斬り倒した。
「ぎゃーっ!」
魔法使いは倒された。
空間を曲げる魔法は解除されたようだ。庭の外側を見ると、生垣の周囲は普通の森であった。これなら出られそうだ。
ゴーレムもすべて瓦礫に戻っていた。
ウィリアは剣を持ったまま立っていた。
「やったな、ウィリア!」
ゲントは背後から声をかけた。
ウィリアは背を向けたまま、言った。
「……ゲントさん」
「ん?」
「……どのくらい、魔力が回復しましたか?」
「えーと……三分の一ぐらい」
「……というと、三回……すれば完全に戻りますか?」
「いや、そういうわけでもない。同じことをくりかえしても効きが悪いので……。でも、きみのおかげだ。ありがとう」
「そうですか……。ゲントさん」
「ん?」
「いつでも言ってください。必要なら、回復に協力します」
「ありがとう。場合によってはお願いするかもしれない」
ゲントはウィリアを後ろから見た。耳たぶが真っ赤になっていた。