魔法使いの館(2)
ウィリアとゲントの二人は、館に入った。
壁が煉瓦の、重厚な建物だった。
四角い部屋だった。壁の高いところに格子のはまった窓があり、外の光は入ってくる。正面と右側にドアがあった。正面のドアを開けて進む。
ドアを開けて進む。
ドアを開けて進む。
ドアを開けて進む。
「……」
「……」
二人は難しい顔になった。
大きめの人家ぐらいの建物だった。いくらなんでもこんなに進んで内部なわけがない。
ウィリアが口を開いた。
「……魔法で作られた迷宮、ですかね……?」
「……うん。そうらしい……。空間がねじ曲がっているようだ」
前進しても、おそらく堂々巡りになる。
横にもドアがある。そちらを開けて進む。
暗い部屋があった。
部屋の片側に檻があった。そこには、鹿やウサギが何頭か閉じ込められていた。それらは弱っているようだ。おびえるような目を二人に向けた。
「これは、なんのために……?」
「……?」
そのとき、音がした。別のドアから、何かが近づいてくる。
部屋の隅に半分壊れた戸棚があった。二人はそこに隠れた。
何者かがドアを開けた。
それは、煉瓦でできた人形みたいなものだった。大きな体をかがめてドアをくぐりぬけ部屋に入ってきた。そして檻を開け、鹿を一頭つかんで引きずり出した。鹿ははげしく鳴いて抵抗したが、ずるずると引きずられていった。
「……ゴーレム……」
煉瓦でできた人形は、図鑑で見たゴーレムにちがいない。魔法使いが無生物に命を与え、使役する魔物である。
ゴーレムは鹿をつかんでドアから出て行った。
二人はその後を追った。
気付かれないように隠れて後をつける。ドアの向こうは廊下になっていた。ゴーレムはある部屋へ入った。ドアを閉める。
二人は小走りにそこへ向かい、ドアをわずかに開けた。隙間から覗く。
部屋の床に円形の模様が描いてある。魔法陣のようだ。
ゴーレムは暴れる鹿をつかんだまま魔法陣の中に入った。
魔法陣が光った。
光がおさまると一瞬で、鹿の姿は変わり果てていた。遠目でもわかるほど体全体がしなびて、枯木のようである。すでに命は無いようだ。
見ていた二人の背筋が凍った。
ウィリアがおびえる声で言った。
「……あれは……!?」
ゲントは唾を飲み込んだ。
「……ドレイン……」
「ドレイン?」
「生命力吸収の魔法だ。生命力を抜いて、自分のものにする……」
ゴーレムは鹿の亡骸をつかんだまま、向こうのドアから出て行った。
二人は後を追う。
魔法陣を踏まないように注意して部屋を渡り、ドアの隙間から覗く。
そこは廃棄場だった。
部屋の片方に、死体が多数積み上がっている。反対側には瓦礫が積み上がっている。
ゴーレムは死体の山に鹿の亡骸を放り投げ、さらに向こうのドアから出て行った。
ウィリアとゲントは中に入った。
死体の山は、多くは鹿などの獣だった。ウサギ、熊、猿などもいるようだ。
しかしそれに混じって、明らかに人間だとわかる死体があった。商人風の服を着た者。僧服を着た者。何人もいた。
鎧を着た大柄な死体もあった。ウィリアと同様に、修行の旅をしていた剣士だろうか。近くに大振りの剣があった。ウィリアはそれを拾った。
「……」
ゲントが見回して言った。
「話が通じる相手、という可能性はないようだ」
館の主人は、旅人を誘い込んで生命力を奪っているらしい。
ウィリアは犠牲者たちを見て歯噛みをした。
「……ひどい……!」
拾った剣を、固く握った。
そのとき、背後で音がした。二人は振り返った。
反対側に積み重ねてあった瓦礫が動き出した。それは人型に固まって、二体のゴーレムとなった。
二人に向かってくる。
ゲントはとっさに風魔法を使った。風の刃がゴーレムに当たる。しかし、ゴーレムたちの体を揺らしただけで、あまり効かないようだ。
「風魔法は効きにくい! ウィリア、頼む!」
ウィリアは拾いものの刀を振るった。渾身の力を込めて斬りつける。二体のゴーレムの体を破壊した。ゴーレムは再度、瓦礫に戻った。
ウィリアは息を整えた。
すると、天井の方から、しわがれた声がした。
〈……なかなか、活きがいいな……〉
ウィリアは上方をキッと睨んだ。
「あなたが魔法使いですね!? どうして旅人を!」
〈人間から採れる生命力の方が、質がいいのでな〉
「許さない……!」
しわがれた声は笑った。
〈ははは。許さなくてもかまわん。どうせ貴様らに逃げ場は無い。どの道、生命力をわしに差し出すことになる〉
ゴーレムを崩した瓦礫が、カシャカシャと音を立てた。瓦礫がつながってきている。再生しているようだ。
〈何度ゴーレムを倒しても無駄だ。おとなしく生命力をよこせ……〉
「う……」
ゲントは額に皺を寄せた。
ウィリアは視線を正面に向けた。
「ゲントさん、ちょっと離れていてください」
「ん?」
ゲントが場所を移動した。
「やーっ!!」
ウィリアは剣で、煉瓦の壁を斬りつけた。崩れて穴が開く。向こうの部屋が見えた。
声が言った。
〈壁を破壊しても館からは出られんぞ……〉
ウィリアはその声を無視して、部屋の四方の壁、そして隣の部屋の壁を破壊した。瓦礫が舞った。
似たような部屋が続いていた。ウィリアは次々と、四方の壁を破壊しながら進んだ。
「魔法で空間がねじ曲がっていても、壁の面積は有限のはず! すべて破壊すれば、外に出られます!」
ウィリアは拾った剣で壁を破壊し続けた。
「人の剣でやるんだね」
「どうしても刃こぼれしますからね。自分のは使いたくないですね」
上方から声がした。
〈やめんか! バカモノ!!〉
その瞬間、館の中の雰囲気が変わった。見通しがよくなった感じがした。空間をねじ曲げる魔法を解除したようだ。
ウィリアとゲントの後方に、人がいた。振り返る。
ローブを着ている老人である。顔には深い皺が刻まれている。白い顎髭は長く伸びている。これが魔法使いのようだ。
「人の家に入り込んで壁を壊し回るとは、なんと非常識なやつ……」
老人は苦々しい表情で言った。
ウィリアは老人を睨んだ。
「迷い込んだ旅人の命を奪うのは非常識ではないのですか?」
「やかましい。わしの土地に入ってきたのが悪いのだ。貴様のような乱暴なやつは初めてだ。わしが直々に、殺してやる……」
魔法使いは両手を突き出した。前方に灼熱の炎が飛び出し、それはウィリアに向かってきた。
すかさずゲントが風魔法を発した。
炎と風とがぶつかる。だがゲントの予想通り、魔法使いの力としては相手が上のようだ。炎の勢いが上回って風をはねのけ、二人に向かってきた。
それでも、勢いが押さえられたおかげで、ウィリアとゲントは炎の攻撃をよけることができた。
魔法使いは眉をしかめゲントを睨んだ。
「風魔法を使うか……。気に入らんな……」
ゲントはちらりとウィリアの方を見た。炎の直撃は避けているが、火の粉で顔に火傷を負っていた。
治癒魔法を発して、火傷を治してやった。
魔法使いはそれにも眉をしかめた。憎しみの目でゲントを見た。
「……風魔法と治癒魔法の使い手か……。ますます気に入らん……。癪に障るやつだ……」
ウィリアは魔法使いの言葉に不自然なものを感じて、問いかけてみた。
「風魔法がお嫌いなのですか?」
「風魔法と治癒魔法を使うやつに、ろくなヤツはおらん」
風魔法と治癒魔法と言えば、童話に出てくる「森の魔女さま」を思い出した。深い森の中で魔法の研究を続けている魔女。風魔法と治癒魔法を得意としており、若者に知恵を与えてくれる偉大な魔法使いとして描かれていた。
「……たとえば『森の魔女さま』は?」
魔法使いは目をきっと開いた。そして、以前にも増して激しい火炎魔法を放った。ウィリアとゲントはぎりぎり避けた。
「……その……忌まわしい名前を言ったな……!! ええい腹立たしい! 許さん! 殺してやる!」
「待って、待って。なぜ『森の魔女さま』がそんなに忌まわしいのですか?」
「ヤツはな……ワシの願いを無視したのだ!」
魔法使いは激怒の形相になって、語り出した。
「五十年前……。ワシは、あいつに弟子入りに行った。世界一の魔法使いになるためだ。森の中で入門を願ったが、ヤツは『気が向かないから、あんたは弟子にしない』と拒否しやがった。ワシが頭を下げているのにだぞ! さらに三十日頭を下げ続けたが、ヤツがウンと言うことはなかった……」
「……え。『森の魔女さま』って、実在したのですか……」
ウィリアは、空想上の人物だとばかり思っていた。
「あまりの無礼に、ワシは森を焼き払うことにした。火炎魔法を使おうとしたそのとき、ヤツが風魔法でワシを吹き飛ばし、河に落とした……。一日流されて、下流で這い上がった。そのとき決めたのだ。ワシは必ず、あいつに復讐すると!」
魔法使いは両手からいくつも火炎魔法を放った。ウィリアとゲントの近くで燃え広がった。
「あいつを讃えるやつも同罪だ! 死ね!」
二人はなんとか炎の攻撃をかわし、壁に空いた穴から館の庭に脱出した。
「そういう人格だから、弟子にしてくれなかったんですよ!」
「だよな」