魔法使いの館(1)
ウィリアとゲントは修行の旅を続ける。田舎の道を進み、戦う相手を探している。
ウィリアが尋ねた。
「ところで、ゲントさん」
「ん?」
「ゲントさんが風魔法を使うとき、呪文は詠唱しませんよね? 野盗のアジトにいた魔法使いも、ザムエン子爵のところにいた魔法使いも、呪文を唱えていました。呪文を使うのと使わないのとではどう違うんですか?」
「基本的には呪文を唱えるんだ。ただ、術者の精神が魔法を使う状態になっていれば、唱えなくてもいい。そうなるためにはかなり練習しないといけないが……」
「ゲントさんは練習したのですね」
「僕の師匠は厳しい人でね。『詠唱なんかするのは、魔法使えるうちに入んないんだよ!』って、かなりしごかれた」
「ゲントさんのお師匠様は、どなたですか?」
「それは言えない。魔法道はあまり公にすべきものではないので」
「そうですか。童話や物語ではよく『森の魔女さま』の弟子になって魔法を習うなんて話が出てきますが、あんな感じですか?」
「……あ……うん……まあ……そんな感じだ」
なぜかゲントは口ごもった。
ウィリアとゲントは森の中を進んだ。
リスなどの小動物がいて、樹が茂っている森。
「魔物が出る、とのことですが、気配はしませんね?」
前の村で聞いた噂では、魔物が出て旅人をさらうとの噂だったが、魔物がいるような様子はなかった。
よく茂った森の中には霧が出ている。
しかし、霧とは異なる気配もあった。
「ウィリア、気がつかないか……?」
「?」
「魔素を……」
そう言われて、ウィリアは感覚を鋭くした。匂いを嗅いでみる。たしかに、通常の匂いではないものがあった。しかし、以前魔物狩りをしたときに感じた魔素とは違っていた。魔物の魔素は、臭く、生々しい印象があるものだが、この森に漂う香りはあまり生々しさが感じられない。
「なにか異様なものは感じます。ただ、魔物が発する魔素とは、違うような……」
「うん……。違う。これは魔物の魔素ではない。また『真魔』でもないようだ。これは人間……。魔法使いが発している魔素ではないかと思う」
「魔法使い……。でも、魔法使いに会ったことは何回かありますが、そんなに魔素の感じはしませんでしたよ?」
「魔法使いでも、普通は魔素を周囲に出すようなことはしない。しかし、強力な魔法使いが魔道研究をしていると、こんな感じで周囲に拡散することがある。まあ、さらに上位の魔法使いだと、研究中でも魔素を無駄に出すなんてことはないけど……」
「それは邪悪な者でしょうか」
「邪悪かもしれない。そうなると厄介だ。仮に戦いになれば、どうなるかわからない。危険だ」
「魔素を無駄に出す魔法使いはたいしたことないのでは?」
「いや、最上級の魔法使いならそうしないということであって、魔素の量からするとかなり強力な魔法使いだ。少なくとも僕よりは上だと思う。魔法使いというのは個人ごとに戦い方が違うので、情報なしで挑むのはあぶない。いったん森を抜けよう」
魔法のことならゲントの方がはるかに詳しい。アドバイスに従うことにした。ゲントを先にして、二人は次の村へ向かう道を進んだ。
歩く。
しばらく歩く。
すると、森の中に煉瓦で作られた館があった。周囲が生垣で囲われて、その外側に道があった。
ゲントは生垣の外側の道を、時計回りに歩き出した。ウィリアはついていった。
しばらく進む。
館を一周した。しかしゲントはまだ歩き続けた。
「……あの、ゲントさん、まだ進むのですか?」
ゲントは立ち止まった。振り返る。難しい顔をしていた。
「罠にかかったか……」
「罠?」
「どうも、道が堂々巡りになっているようだ。魔法で迷路を作り出しているらしい。まずいぞ……」
たしかに、一周しているのだから入ってきた道があるはずだが、そのようなものはなかった。
「どうしましょう?」
「魔法使いに会ってみるしかないか……。しかし、どこにいるか……」
「魔法使いの居場所、ですか?」
「そうだ。居場所を探し当てなければ……」
ウィリアは生垣の中にある館を指さした。
「あの、ここではないのですか?」
「え?」
ゲントは指の方向を見た。そして驚いた。
「わっ! 本当だ!」
館があることに、本当に驚いているようだった。ウィリアは聞いてみた。
「気付いてなかったのですか?」
ばつの悪そうな顔をして答えた。
「……いままで、森の中をまっすぐ進んでいるだけだと思っていた。幻惑の術にかかってたらしい……」
「ゲントさん、そういうのに対抗するアクセサリーをつけていないのですか?」
「混乱や幻惑を避けるアクセサリーを、いちど肉体化したんだけどさ……。薬の塗布をときどき忘れて、肉体化は完成したんだけど耐性が完全ではなかった。九割ぐらいは効果があるので、まあいいかと思ってたんだけど……」
「この館を調べるため、周囲を回っているのだと思ってました」
「面目ない。……しかし、君には幻惑は効かないようだ。僕の目は頼りにならないかもしれない。気付いたことがあったら言ってくれ」
二人は生垣を越え、館に近づいた。
煉瓦で作られている。しかしそれほど古いものではなさそうだ。
ウィリアは館の周辺に漂う気配をとらえた。
「わたしでもわかります。はっきり魔素を感じます」
「うん。魔法使いの居場所でまちがいなさそうだ。気をつけてくれ。ただ、もしかしたら話の通じる相手という可能性もある。まずは友好的に接触しよう」
「わかりました」
入口があった。鍵がかかっている。ノッカーがついていたので、それを叩く。
「ごめんください……」
何回か叩いてみた。
「ごめんくださーい!!」
返事はなかった。
「お留守ですかね?」
「こんなに魔素を放出して、誰もいないとは考えられない。不躾だが、入ってみるか」
「?」
ゲントは鍵穴に手をかざした。キュルキュルキュルと、風の吹く音がした。さらに金具のこすれる音がして、鍵が外れた。ゲントは扉を開けた。
ウィリアは目を丸くした。
「鍵穴の中で風を使って、外したのですね?」
「そうだ」
「そういえば、わたしが鍵をかけずに眠ったとき、朝には鍵がかかっていました。この術でかけてくれたのですね」
「ああ、そんなこともあったかな」
「ゲントさん、治癒師やめても泥棒でやっていけそうですね」
「やめて」
二人は館の中に入った。
暗い部屋。
テーブルの上には水晶玉が乗っている。その表面には、館に入ってきた旅の商人と女剣士の姿が映っていた。
水晶玉の前にいるのは、目つきの鋭い老人だった。それはしわがれた声でつぶやいた。
「……解錠の術を使うか。なかなか、面白そうだ……」