ゼナガルド城会議室②
領国ゼナガルドを治めるゼナガルド城。
そこには主がいない。領主であるマリウスは、襲撃者である黒水晶に殺されてしまった。後を継ぐべき一人娘ウィリアは、復讐のため出奔してしまった。
主がいなくても、残された臣下や官僚が領国を支えている。とはいえ、城内の雰囲気は鬱々としていた。公女ウィリアの生死さえわからない状況では不安だけが蓄積されていく。
領主不在はよくないから、あきらめて別の領主を迎えようという声もあるが、多数派にはなっていない。しかし空位期間が続けば、その圧力は強くなっていくだろう。
そんな城に、ある日、客が来た。
メイド長であり、公女ウィリアの養育係であったマイアに連絡が入った。
「マイアさま、客人がいらっしゃいました」
「客?」
「ゴジュア教会の副司教さまだそうです」
「ゴジュア教会の方が、何の用でうちに?」
「それが、ウィリア様の行方に関して、お話があるそうで……」
「ウィリア様!? は、はやくお通ししなさい。会議室を使いましょう。すぐ呼んで!」
メイド長のマイアとメイド副長が会議室で待っていると、男が入ってきた。精悍な風貌でやや長身、黒い口髭をたくわえていた。
「はじめまして。ゴジュア教会の副司教をしておりますブランカールと申します」
「は、はじめまして。あの、ウィリア様のことで、お話があるとのことでしたが……」
マイアはすっかり動揺していた。
「ことが重大ですので、確認してからお話しさせていただこうと思います。すみませんが、公女ウィリア様を描いた絵などはありませんか?」
「ウィリア様の絵……。ええと、ここにはこれがありますが」
会議室の壁に、父マリウスと母レイアと一緒の、幼いウィリアを描いた絵があった。
「うん……。なんとなくわかりますが、ちょっと幼すぎますね。最近の絵、できれば鎧を着た絵はありませんか?」
「鎧を着た絵……。そういえば、鎧を新調したとき、記念に絵を描きました。飾ってはいないけど宝物庫にあるはずです。ちょっとお待ちください」
マイアは扉を開けて、外に待機していたメイドたちに絵を持ってくるように言った。少しして台車に乗せた絵が運ばれてきた。
出奔する一年前ぐらいに描いた絵だ。縦長の枠で、鎧を着たウィリアが直立して、晴れがましそうに微笑んでいる。鎧は銀色に光っており、肩のところに躑躅の文様が見える。
ブランカール副司教はそれを見た。
「ああ……。まちがいありません。この方です。わが教会と街を救ってくれたのです」
「街を救った……? どういうことでしょうか」
副司教ブランカールは、マイアたちに事情を説明した。
二十日ほど前、ゴジュア教会の街ゴジュアカルに襲撃があった。
これまでも度々、王国で襲撃事件が発生している。襲撃で破壊活動をする兵士は、動物などを兵士に変化させた「変化兵」だとわかっている。ゴジュア教会でもそれを認識しており、襲撃が起これば変化解除の魔法を使おうと計画していた。司教を含む数人が変化解除の魔法を使うことができるので、心配はしていなかった。
ところが、実際に襲撃が起こると、変化解除の魔法は役に立たなかった。変化魔法の種類が変わったか、レベルが上がったらしい。
兵たちは街を蹂躙した。あちこちで破壊活動が行われ、多数の死者が出た。敵は街の中心にある教会にも入り込み、破壊活動を行った。
襲撃部隊の幹部らしき者も乗り込んできた。街で一番高い教会から破壊活動を指揮するためらしい。教会の者は戦いに慣れていない。それらを止めることができなかった。
ブランカール副司教は聖魔法が使え、メイスの杖術も心得ているので、侵入してきた変化兵たちと戦った。しかし数が多く、命を落としそうになった。
そのとき、女剣士が飛び込んできて、変化兵をなぎ倒した。
女剣士は襲撃者の幹部と戦うと言うので、一緒に教会の上層へ行った。上層には女幹部と、魔法を使うらしい老人がいた。
ブランカール副司教は女幹部に聖魔法を放ったが、魔法反射の術に跳ね返されて、逆に自分の体が焼かれてしまった。
その後、女剣士と、付いてきた旅姿の男が協力し、幹部の二人を倒したらしい。
副司教は旅姿の男に助けられ、治癒薬で怪我を直すことができた。
幹部が倒されたためか、変化兵はいなくなっていた。野良猫を変化させていたらしい。
教会の僧侶たちは多数倒れていたが、司教と副司教が蘇生術を使い蘇らせた。市民にも被害が出ていたので、僧侶たちが手分けしてできるだけ蘇生を行った。そのため、人的被害は少なく済んだ。
「……そのときの女性剣士が、ウィリア・フォルティス様。まちがいありません」
メイド長マイアは真剣な表情で聞いていた。目尻から涙が流れた。
「……そんなことが。……でもご無事でよかった……」
「このことは公にしていません。本人が目立ちたくないようでしたし、確実な身元もわからなかったので……。ですが確信しました。非公式ですが、ウィリア・フォルティス様のお働きに、ゴジュア教会を代表してお礼を申し上げます」
「お礼はいいんですけど、お嬢様はその後、どこに行ったかわかりませんか?」
「調査はしたのですが、冒険者たちに紛れていると、探し出すのはなかなか難しくて……。ですが、周辺の村などに、魔物を倒すなどの働きをした女性剣士の事例があるようです。おそらくは修行の旅を続け、王国北方の土地を旅していると思います」
「そうですか……。ところで、一緒に旅姿の男がいたということですが、その男は何者でしょうか?」
「それはよくわかりません。旅の薬屋と名乗り、実際に薬を使って治療行為を行っていました。しかし、どうもただの薬屋ではなさそうですね」
「と言いますと?」
「恥ずかしながらウィリア様が戦っていた間、私は倒れていたので詳しい光景は見ていないのですが……。その人物は体術も使えるようでしたし、どうやら魔法も使うようです。おそらく冒険者で、ウィリア様と同様に修行の旅を続けているのではないでしょうか」
「そうですか。貴重な情報を届けていただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。ウィリア様のことはこちらでも調査を続けますが、無事に帰還されることをお祈りいたします」
副司教が帰ったあとしばらく、メイド長のマイアは浮かない顔をしていた。
副長が尋ねた。
「マイア様、なぜそんな顔をしていらっしゃるのですか? ウィリア様がご無事でよかったじゃありませんか」
「ええ、ご無事なのはいいんだけどね……。副司教さまが言っていた、一緒にいた男というのが気になって……」
「と言いますと?」
「冒険者らしいとのことだけど……冒険者にも、勇者とか聖女とか立派な人はいるけどさ、泥棒とか無法者とかもいるだろう? むしろ、ろくでもないやつの方が多いじゃないか。たちの悪い冒険者に、だまされてるんじゃないかと……」
「そんな。お嬢様は真面目な方だから、悪い人とは一緒になりませんよ」
「お嬢様は真面目で聡明でいらっしゃるけど、でもやっぱり世間知らずだからねえ……。特に、男性のことについては……。城の兵士だってお嬢様に変なちょっかいかけるのはいなかったし……」
「たしかに……」
「性教育は一応したけど、普通の男が実はオオカミだなんてたぶん知らないんだよ。男の怖さを甘く見ているんじゃないか……」
「はあ……」
「それに、その男は魔法を使うっていうじゃないか。魔法使いって、大抵スケベだろう?」
「それはさすがに偏見では?」
「私が会った魔法使いはそうだったんだよ……。あんな、可愛らしくてお美しい人と一緒にいて、下心がないなんて思えない。『女性を抱かないと魔力が回復しない』とかいい加減なことを言われて、もてあそばれてつらい思いをしているのでは……」
「ですがマイア様、考えていてもしょうがありません。どんな形でも、ウィリア様に戻ってもらはなくては」
「……そうだねえ。戻るのを願うほかないよねえ……」
マイアは、会議室の壁に掛けてあった、前領主マリウスの絵に祈った。
「旦那様、どうか、お嬢様をお守りください……」