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キノン領国の森(2)

 森の中。ウィリアとゲント、そして鎧を着た女が、報告に行った女の帰りを待っている。

 鎧を着た女は所在なさげである。彼女は先程、二人に斬りかかってきた。弱かったらそのまま切り捨てるつもりだったようだ。いわば敵である。話し合いで和解はしたが、ウィリアの方が強いとわかっているので、不安になっているようだ。

 ウィリアとゲントとしても、微妙な関係の人と一緒にいるのは気まずい。世間話をするのも違う気がする。結局、三人とも黙ったまま、待っていた。

 しばらくした後、木の枝が揺れた。報告に行った女が戻ってきた。

 鎧を着た女が言った。

「あ、おかえり。どうだった?」

 身軽な方の女が、困った顔をしながら答えた。

「それが……会いたいから、連れてこいって」

 身軽な女が、ちょっと困った顔しながら、ウィリアとゲントに向き直った。

「……あるじが、そなたたちに会いたいと言っている。ついてきなさい。高貴なお方だ。失礼のないように気をつけよ」

「あ、はい……」

 二人は素直に従って、後についていった。




 森の中を進むと、山の中には不釣り合いな立派な館があった。石造りで、部屋数は多そうだ。

 二人の女に従って、ウィリアとゲントは中に招き入れられた。

 壁に装飾があったり、かなり凝った作りだ。館の中は暖色系で統一されている。

「こちらへ……」

 扉の前に立った。

「連れて参りました」

 扉の中から声がした。

「入れ」

 身軽な方の女が扉を開けた。

 中は応接室だった。豪華な調度が並んでいる。

 若い男が立っていた。

 立派な身なりをしている。年は二十代ぐらいか。中肉中背で、顔は良くも悪くもない。

 その男はウィリアを見ると、笑顔で迎えた。

「やあ、ようこそ、旅のお嬢さん。先程はアカネとユアが失礼したそうで……」

 男はにこやかに近づくと、ウィリアの手を取った。

「いえこちらこそ、知らずに入ってしまい申し訳ありません。ところで、あなたは?」

「申し遅れました。ボクは、ここ一帯の森を所有しているキノン領国の領主、子爵のザムエンです。お見知りおきを……」

 エンティス王国の爵位には伯爵・子爵・男爵がある。つまりは中程度の貴族らしい。

「子爵さまですか。わたしは剣士のウィ……リリアといいます。修行の旅をしています」

「僕はゲントと言います。旅の薬屋です」

 子爵はゲントの方を一瞥して言った。

「そちらの方は、従者ということですが、それでよろしいですか?」

「は、はい。そうです」

「そうですか……。ところで、リリアさん、あなたは相当お強いようですね。うちの二人がかなわないとか……」

「いえ、そんな……」

「強い上に、こんな、お美しい……」

 子爵はウィリアの手を握ったまま、顔を近づけてきた。ウィリアは若干後ろに引いた。

「美しく、なんと、愛らしい……。その鎧もお綺麗ですね。似合ってらっしゃる……」

「は、はあ……」

「リリアさん、ここでは、強い女性を求めているのですよ。あなたが気に入りました。働いてはいただけませんか?」

「い、いえ、わたしは修行で旅をしているのです。留まるつもりはないのです」

「そんなこと言わずに、おねがいしますよ……。報酬は充分に用意します。この館にいて、森の管理や警備をしていただきたいのです。たまに魔物が出るので、実力のある人でないとだめなのです。あなたなら、うってつけの仕事だと思うのですが……」

「その、ちょっと……」

 子爵はウィリアの困惑にめげす、ぐいぐい迫ってきた。

「ここには何もなくて退屈だとは思いますが、ボクが十日に三日ほど滞在します。そのとき、ボクとつきあってほしいのです……。もちろんその分も、報酬には反映しますよ」

 つきあって、のところの語感で、ウィリアは背筋がぞっとした。

「もし子供ができたら、養育費と終身年金を約束します。ここは定年制で、二十五歳になったらやめてもらいますが、そのときにはキノン領国の士官との縁談を斡旋しますよ……」

 話がどんどん変な方に向かっている。

 ウィリアはすっかり腰が引けている。ゲントはどうしたものかという表情で見ているほかはなかった。

 女性二人は冷静な目で見ていた。またか、という感じだった。

 子爵はウィリアの肩に手を回してきた。

「あなたみたいな美しい方が、修行の旅で心身をすりへらしてしまうのはもったいない……。ここでボクと仲良く過ごしましょう……。本当にお綺麗で……鎧も立派で……」

 子爵は手を止めた。

「……立派な鎧ですね。……立派すぎませんか? ボクも一応鎧は持ってるけど、なんだか、それより……」

「……」

「肩の文様……。躑躅つつじですか? ……躑躅の文様というと、ゼナガルド? ……そういえば、ゼナガルドの公女が復讐するって出奔したそうですが……あなた……まさか……」

 ウィリアは観念して言った。

「その通りです。わたしは本当はウィリア・フォルティスと言います。ゼナガルドを出奔した者です」

 子爵は驚いて後ずさった。見ていた女性二人も目を丸くした。

「こ、これは、失礼しましたっ!」

「いえ……。もう公女の地位は捨てましたし……。修行の旅で迷い込んだというのは本当です。明日には出て行きますので、森の中で一晩野宿をするのを許していただけませんか?」

「いえ! 野宿なんかさせるわけにいきません! 空いている部屋があるので、そこにお泊まりください」

「そうですか、ありがとうございます」

「あの、すみませんが、今聞いたことは、誰にも言わないでください。お願いです」

「ええ、言いません。わたしも、ここに来たことが領国に知られると困るので、そちらも言わないでくださいね?」

「え、ええ。もちろんです。だからここのことはくれぐれも秘密にしてください。あ、そこのキミも、黙っていてくださいね?」

 子爵はゲントに向かって言った。

「ええ、言いません。約束します」




 話をまとめるとこういうことになる。

 キノン領国はそれほど大きくないが、良質な木材がとれるため、比較的裕福なところである。

 若くして領主を継いだザムエン子爵は、大の女好きだった。

 それが、伯爵家の三女を妻に迎えた。上位の家から妻をもらった以上、おおっぴらに浮気するとか愛人を作るとかいうわけにはいかない。

 そこで山の中に館を作った。そこに愛人を集めてハーレムとし、ついでに山の管理もさせているというわけだ。山林の管理という建前で子爵は毎月三回、それぞれ三日間ほど館に逗留する。その間愛欲の日々を過ごすのである。

 若く美しく、また山の中での仕事に耐えられる力を持った女性が、現在六人ほど集められている。

 館には女性用の部屋が十あるが、四室が空いている。そのうちの一室にウィリアとゲントは泊まることになった。

 広い部屋である。全体が薄い桃色で統一されている。部屋の中に風呂、シャワー、洗面、トイレが完備されていた。隅には従者用の簡易なベッドがあった。

 部屋の中央には大きな円形のベッドがあった。ふかふかで、花柄の布団がかかっている。部屋に女性が住んでいれば、いろいろと活用されるのだろう。

 世話役の老婆が部屋の掃除をしてくれて、愛人の一人がベッドメイクをしてくれた。作業をしながら、愛人が言った。

「アカネとユアがご迷惑をかけたそうで、すみません」

 ウィリアとゲントを襲ってきた二人の名前のようだ。ウィリアが答えた。

「いえ、お仕事ですからしかたありません。……みなさん、ずっとここにいるのですか?」

「ええ。引退する日まで、里に帰ることはできません」

「ここでのお仕事は、辛くはないですか?」

 愛人が微笑みながら言った。

「出られないのは辛いですが、報酬や条件がとてもいいし、山林の仕事もそれほど忙しくはないので、不満はありません。それに……」

「それに?」

 愛人は頬を赤くして言った。

「子爵さまのテクニックがすごくて、満足させてくれますので……」

「……」

 ウィリアにとって理解できないことではあるが、本人が納得しているらしいので何も言わないことにした。感想は胸の奥に留めた。

 世話係の老婆が言った。

「寝巻はタンスに入れてあります。好きなのをお使いください」

 ウィリアは寝巻を見てみた。いろいろある。しかし大部分が、透けて見えたり布の面積が少なすぎたりするもので、ウィリアの趣味にあわない。唯一まともなデザインの絹製のパジャマがあったので、寝るときはそれを使おうと思った。

 二人が出て行くとウィリアは不機嫌な顔をした。

「男の人って、あんなのですかねえ……」

 ゲントが答える。

「いやあ、あの人は特別だよ。昔から女性にしか興味がない……」

「え?」

「あ、いや、そういう噂が、昔からあったということだ」

「そうですか。……ゲントさんは、お金と地位があったら、ハーレムを作ったりしますか?」

「し、しないよ! もちろん!」

「すると答えると軽蔑されるという判断から、しないと言っているのではないですか?」

「い、いや! しないって!」




 夕刻、ウィリアを歓迎する宴が開かれることとなった。

 ザムエン子爵もウィリアの容姿には興味があったようだが、伯爵公女をくどくわけにはいかない。適当に歓迎して、出て行くのを待つことにしたようだ。

 館の食堂に豪華な料理が並んだ。主人の席にはザムエン子爵がいて、その横にウィリアが座っている。それ以下には、愛人たちが座る六つの席がある。

 ゲントはずっと下方の席に座らされた。

 ウィリアは最初、もっと上座にと抗議しようとしたが、ゲントは「こっちの方が気安い」と言ってそれを止めた。

 ウィリアは子爵の隣に座って居心地が悪そうにしている。

 六つの愛人の席のうち、二つがまだ空いている。

 子爵が言った。

「アカネとユアが遅いな? どうした?」

 愛人の一人が答えた。

「道の表示板が壊れたので、丈夫なのを設置してくると言ってました。そんなに遅くなるとは言ってなかったのですが……」

「そうか? しかたがない。先に始めよう」

 子爵はワイングラスを持ち上げた。

「では、ウィリア・フォルティス様の、輝かしい未来を祈って……」

 乾杯、の言葉が発せられる直前、食堂のドアを開けて入ってきた女性がいた。先程ウィリアと戦った、鎧を着た女性だった。

「ユアか。どうした、遅かったな」

 鎧を着た女性は息を切らしながら言った。

「そ、それが、大変です! アカネが魔物にさらわれました!」

「なに!」

 部屋の中に緊張が走った。

「看板を設置に行ったら、巨大バチの群れに襲われて……その中に一匹、人間よりも大きいのがいました。アカネは刺されて意識を失い、連れ去られてしまいました……!」

「な……なんと……。それで、どこに行ったかわかるか!?」

「方向から、山の中腹にある巨大バチの巣だと思います」

「こうしてはいられない! アカネを救出に行くぞ!」

 子爵と愛人たちは慌てて席を立った。

 ウィリアがゲントのところに走ってきた。

「ゲントさん、行きましょう!」

「わかった!」



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