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老木の森

「う……」

 窓から光が入ってくる。

 ゲントは目が覚めた。

 傍らにはウィリアがいた。床に膝をついて、ベッドにもたれかかったまま眠っている

 柔らかく暖かい感触。手を握ってくれている。

「ずっと、そばにいてくれたのか……」

 ウィリアも目が覚めた。

「……あ、おはようございます……」

「おはよう……。ついててくれて、ありがとう」

 ゲントは体を起こした。

 昨日、毒にやられてまだ具合は悪い。一晩寝て、解毒できるまでの魔力の回復を待ったのだった。

 手のひらを自分に向けて、治癒術を施す。体の毒は排除された。

「ふう……。ん?」

 ゲントは自分の体を見返した。

「あれ? まだ魔力がある。魔力がほとんど戻ってる」

「え? 一晩ではそんなに戻らないと……?」

「そうか。君のおかげだ。一晩中手をつないでくれたので、魔力が補充されたんだ。ありがとう!」

 ゲントは両手で、ウィリアの手を握って礼を言った。

「それはよかったです」

 ウィリアは明るい顔になった。




 ウィリアと、元気になったゲントは、宿の食堂で朝食をとった。旅人が数人泊まっていた。

 皆が食事を取っている最中に、宿屋の女将が言った。

「皆さん、あのね、北の方に行く人は、森の中を抜ける道を行っちゃだめですよ」

 食堂にいた一人が聞き返した。

「え? なんで?」

「それがね、ここ一月ぐらい、森の中を抜ける道を行った人が出てこないんですよ。どうも魔物が居着いているらしくて。魔物の正体はわからないんだけど、食い殺されたんじゃないかっていう話で……」

「おいおい、冗談じゃねえぞ。どこ行けばいいんだ」

「遠回りになるけど、森の外を回る道なら大丈夫らしいからそっちを進んでおくれ。森へ行く道には、いちおう立ち入り禁止の柵もつけてあるけど、中に入らないようにね」

 食堂の雰囲気が緊迫した。

「おっかねえなあ……」

「ここ最近、魔物の力が強くなってるからな……」

 冒険者らしき者が、口々につぶやいた。

 ウィリアとゲントは顔を見合わせた。おたがい小声で言った。

「魔物、ですか……」

「行ってみるか……」




 ウィリアの修行は順調に進んでいる。もう、スライムなどでは相手として不足になってしまった。強い魔物はいないか探している。

 森の中へ通じる道には柵が設けられており、〈危険! 魔物発生!〉という看板があった。

 あえて柵を越え、進む。

 暗い森である。

「ここですね……」

「気をつけろ。正体がわからないという話だった……」

 二人は全身の神経を研ぎ澄まし、森の中を進んだ。

 木々がすれる音がする。

 魔素の気配を感じた。

 突然、ゲントの後方からムチのようなものが飛んできた。ゲントは体をすばやくかわした。ウィリアが飛びついて、とっさにそれを切り落とした。

 切り落としたものを見ると、植物の蔓だった。

「蔓……なるほど」

 森のあちこちから蔓が二人にむかってきたが、ウィリアはそれをすべて切断した。

「植物の魔物か」

「それならば、タルム洞窟で遭遇したことがあります。おそらく根でも襲ってくると思います。注意しながら進みましょう!」

「わかった!」

 四方から蔓が襲ってくる。また地面から根が伸び出て、二人の足をつかもうとしてくる。ウィリアは剣で切りながら進んだ。ゲントも風魔法でそれらを切った。

 やや開けたところに出た。

 老木があった。幹は瘤だらけで節くれており、無数の枝を伸ばしている。

 幹に裂け目があった。裂け目には鋭い歯が生えていて、内部は血のように赤い。これで人間を食うのだろう。

 老木の魔物は二人を認識し、その葉を降らせた。葉の一枚一枚は剃刀のように鋭く、それは二人の体を傷つけた。

「ううっ……!」

 だがすかさず、ゲントが治癒魔法で傷を癒やした。

 再度、鋭い葉を振らせてくる。

 ゲントが強い風を吹かせ、襲ってくる葉を吹き飛ばした。

 ウィリアが踏み込む。

 蔓や根の攻撃をかわしながら、老木の幹まで駆け寄った。

 太い根元に刃を突き立てた。

 そのまま切る。そして振り向き、逆側から幹を切る。幹は太かったが、完全に切断された。

 老木は悲鳴を発すると、大きく倒れた。

 老木の魔物が倒れてみれば、暗い森と思っていたものが、明るい光の差し込む森になっていた。

「森中に枝をめぐらしていたのですね」

「よくあんな太い幹を切れたね」

「剣の長さより太くて難しかったのですが、なんとかうまくいきました」




 二人は次の村で宿をとった。

 夕食後、ゲントはウィリアに言った。

「けっこう魔力を使った。ウィリア、今夜も……」

 ウィリアはそれをさえぎって言った。

「あ、あのですね、ゲントさん……」

「ん?」

 ウィリアはゲントの目を見た。

「昨日、手をつないで寝たら、魔力が回復しましたよね。わたしとあなたは仲間ですが、恋人ではないですし、必要以上の性行為を行うのは良くないと思うのです……。どうしてもということではないのですが、魔力の回復は、手をつないで寝ることで、していただけないでしょうか?」

 ゲントの表情の動きが止まった。

 わずかな時間が経った。そして言った。

「……あっ……あ、そうだね。うん、わかった……」

 受け入れてもらって、ウィリアはほっとした顔をした。

 手をつないで寝るために、ウィリアは二つあったベッドの片方を移動させ、横にくっつけて並べた。

「……」

 ゲントはあまり目線を動かさず、しばらく何も言わなかった。

 そして、マントを羽織りなおした。

「あれ? どちらへ?」

「ちょっと、向こうの森で、薬草を採ってくる」

「森で? 明日にしたらどうですか?」

「いや、あの、夜に採取した方がいいやつもあるから……」

「でも、危なくないですか? 一緒に行きましょうか?」

「い、いや、大丈夫。すぐ戻ってくる!」

 ゲントはそそくさと、部屋を出て行った。




「ただいま」

 しばらくしてゲントが帰ってきた。袋が少しだけ膨れている。わずかばかりの薬草を採ってきたようだ。

 ウィリアはゲントを見た。なんとなく表情が違っていた。さっきまで、ぎらぎらと生命力にあふれた目をしていたが、今はその印象が薄れている。そのかわり、徳の高い賢者のような目をしていた。遠くを見通すような透明な目だ。

「じゃあ、手をつないで寝ようか……」

 ウィリアとゲントは並んだベッドにそれぞれ寝て、手をつないだ。ゲントの手は冷たかった。井戸で洗ってきたのだろうかとウィリアは思った。



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