ウェステスの街
ウィリアとゲントは街道を進んでいた。ウィリアは女騎士。ゲントの表の職業は旅の薬屋だが、正体は治癒師。どちらも修行が目的である。主に魔物退治で力をつけようとしているので、魔物がいそうな場所を探して、旅を続けている。
「あの……ゲントさん」
「ん?」
「その服、ひどいですよね」
ゲントの旅服は、魔物との戦いであちこちが破れていた。
「ウン……」
「やっぱり買い換えましょうよ。少し行くとウェステスという街があります。比較的大きな街らしいので、買えると思います。近くに魔物狩りができるスポットもあるらしいので、魔物狩りしながら何日か逗留しましょう」
「何日も居る必要ある?」
「実はわたしの方も、鎧の下に着る服が破れています。これも新しくしたいです。既製品でぴったり合うのはたぶん無いので、採寸とか縫製とかで、早くても数日はかかると思います」
「わかった。そうしよう」
ウェステスの街で街道が交わっている。そのため交易が盛んである。ウィリアとゲントが街に入ると、大きな市場があって、荷馬車がいくつも通っている。にぎやかなところだった。
二人は宿を取って荷物を預け、服を買いに街に出た。
「冒険者向けの店は、中央からはずれたところに多い。あっちに行ってみよう」
旅慣れたゲントが見当をつけ、中央の市場から少し離れたところに来た。
道が東西に伸びて、南北両側に店が並んでいる。どの店も大きくはないが、魔法用具や武器など、冒険者に必要な物を売っている。
「防具・服」と書かれた看板があった。
ウィリアとゲントはその店に入ってみた。店の奥の方に、分厚いメガネをかけた、主人らしき老人が座っていた。主人が二人を見た。
「いらっしゃい……」
ゲントが主人に訊ねた。
「いま着てるがだめになっちゃって……。魔法を少し使うので、魔力上昇効果とかついてるのがいいんだけど、ある?」
「ほう、魔法をお使いになりますか。少々お待ちください」
主人が立ち上がって、店の中を案内した。普通の旅服のほかに、魔法使い用、僧侶用、盗賊用などの様々な服が並んでいた。
主人は鎧の前で足を止めた。
「これなんかどうでしょう。魔力上昇効果がついてます。剣士だけでなく、魔法戦士なんかにも使えるタイプでして……」
「え?」
ウィリアとゲントは目を丸くして鎧を見た。どう見ても鎧であり、商人や治癒師が着るような服ではない。
「いや、ご主人、ちゃんと見てくれよ! 僕は剣士じゃないよ! こんな格好した剣士いないだろ!」
ゲントが主人に抗議した。
「えっ?」
主人はメガネをかけ直し、ゲントの姿を見直した。
「あっ、そうですね。すみません。そうするとご希望は、旅人服で、魔力の効果がついてるやつでいいですか」
「そう」
「ではこの辺ですね」
旅人服が三揃いほど並んでいる。
ゲントが触って比べてみた。
「一番安いやつは、やっぱり機能的に劣ってるな……。二番目のはちょっと野暮ったいし、サイズが合わないみたいだ……。一番高いやつは、防御とか魔法の性能はいいけど……やっぱり高いな……」
千ギーンを超える値段がついていた。
「まあねえ、冒険者用の服は、いいものは青天井ですからねえ。だけどそれが命を守ることもありますから、ウチとしてはいいものをお勧めしますよ?」
「うーん……」
ウィリアが言った。
「着てみたらどうですか?」
「うん……」
試着室で着替え、一番高い服を着てみた。
ウィリアが見て言った。
「いいんじゃないですか? あの、かっこいいです」
「そう? じゃあ、これにしよう。……だけど、ご主人、少しまからない?」
「そうですね。あなたが着ていた服を下取りさせてくれれば、九百八十ギーンまで下げてもいいですよ」
「へえ? 穴が空いてボロボロだけど、それでもいいの?」
「見たところ、いい方の布ですね。魔法の防御効果も多少あるようです。ボロボロになっていても、盾の裏張りにするとか、使い道はあります」
ゲントの職業を見間違えたくせに、わりと目の利く主人だった。
「つぎはわたしです。鎧の下に着る服が悪くなったので、採寸して作ってはいただけませんか?」
「あー、すみません。ウチは微調整するくらいで、作るのはやってないんですよ。斜め向かいの服屋がそういうのをやっていますので、そっちへどうぞ」
「そこは、女性用でも作ってくれるでしょうか?」
「できると思いますよ。女戦士とか時々いますし、それにそこの店は女性がやっています」
「そうですか。ありがとうございます!」
ウィリアは斜め向かいの店で採寸してもらった。その間、ゲントは路地の隙間で待っていた。
「おまたせしました。……すみません、もう一軒行こうと思います。ゲントさんは宿に戻っていてください」
「え? どこに行くの?」
「ここの女主人に教えてもらったのですが、女性用下着の店が大通りの方にあるらしいので、そこに」
「下着?」
「ええ。そこでも採寸して作ってもらおうと思っているので、また時間がかかると思います」
「下着ぐらいだったら、作らなくても、合うサイズあるんじゃないの?」
「わたしの場合、専用に作ってもらわないとだめなんですよ。普通に売ってる下着は、激しく動いたり戦ったりすることを想定していません。サイズが正確に合ってないと動きにくくて。特に、胸が……」
「ああ……」
「わたしの胸は、特に大きいわけではないですけど……」
「小さくもないけどね。むしろ、ちょうどいい……」
「いちいち言わなくていいですから」
ウィリアはゲントを睨みつけた。
「ごめん」
「ゆるい胸当てを使うと、動いたときにすごく痛いのです。逆にきついと苦しいし。持っている物が、ちょっときつくなってきたので、この際、新しくしたいなと思って」
「そうか。大変だね」
「正直、苦労しています。……本で読んだのですけど、海の向こうには女戦士の民族がいて、そこの女性はみずから乳房を切り落とすとか」
「その話は聞いたことがある」
「わたしも、同じように切り落としてしまいたいと……」
「そんな! もったいない!」
「……思ったこともあるのですが……。ちょっと待って。その『もったいない』というのは何ですか?」
「あ、その……」
「『危険だ』とか『無謀だ』とか言うのならわかりますよ。なんですかもったいないって。自分の快楽しか考えてないんですか?」
「いや……。あの……。女性の胸は……赤ちゃんにお乳を与える大切な器官だから、なくしてしまうのはもったいないと……」
「もう……。第一、わたしには赤ちゃんは産めませんし……」
「そんな決めつけないで……」
「まあ、いいです。とにかく、下着の店につきあわせるわけにはいきませんから、宿で待っててください」
「いや、僕は僕で、薬の材料を買い出ししてくる」
「そうですか。では、後で」
採寸が終わってウィリアは宿に戻った。
ゲントはまだ買い出しから戻ってないようだ。街でしか買えないものも多いのだろう。
まだ夕刻には時間がある。魔物狩りに行ってみようかと思った。
魔物狩りができるのは、街のすぐ近くの森。それほど強いのは出ないらしいのでちょうどいいだろう。
念のため、ゲント宛にメモを残した。
〈森へ魔物狩りに行ってきます〉
深い森で、昼でも暗い。
ウィリアは魔物を狩った。調べていた通り、あまり強くないものが多かった。スライムや化けネズミなどが出てきた。
魔物化したオオカミなども中にはいた。ウィリアはそれを一刀で倒した。
魔物発生区域で狩りをした頃と比べても、腕は上がっていた。
森の中を歩き回っていると、小さな沼があった。ヘドロがたまっているようで、きれいな水ではない。
沼の上に、ゆらめく炎があった。
小さな炎がいくつか、ゆらめいて、空中を舞っていた。
「鬼火……?」
鬼火はウィリアに気づいたようだ。ゆらゆらと、寄ってくる。
ウィリアはそれを斬った。
鬼火はゆらめいた。だが、消えることはなかった。さらに寄ってきた。
「え?」
ウィリアはまた斬った。手応えは多少はある。だけど効いていないようだ。
あわてて何度も剣を振るった。かなり繰り返して斬ると、やっと一体が消滅した。
だが、他の鬼火がまた寄ってくる。
どうやら、これは剣による攻撃がほとんど効かないらしい。そういえば火や風などのエレメント系の魔物には、そういうものがいるという話を思い出した。
ウィリアは寄ってくる鬼火を何度も斬った。
あまり効かない。倒す数より寄ってくる数の方が多い。
ウィリアは逃げ出した。
だが、森の中のあちこちから、鬼火が寄ってきた。
ウィリアは囲まれた。
一つが体に触れる。
「熱い!」
それほど大ダメージではないが、火なので触れれば熱い。火傷もする。
知能らしきものはないようで、何体倒されても逃げようとしない。一個一個は強くはないが、多数集まられると対処ができない。
「しまった……」
炎の大群から逃げようとした。火が次々と体に触れる。熱い。痛い。体力がどんどん消耗していく。
そのとき、森の中の空気が動いた。
風が吹き出した。ウィリアを中心に風が巻いて、それはどんどん強くなった。やがてそれは竜巻のような風になり、周囲の鬼火を吹き飛ばした。
風が止むと、もう鬼火は残っていなかった。
木々の向こうに、ゲントが見えた。
「ゲントさん……」
ゲントは心配そうな顔で寄ってきた。
「間に合ってよかった。鬼火が出るらしいので、不安になって来てみた」
「助かりました。わたしのミスです。もっと魔物について勉強しないと駄目ですね……」
ゲントはウィリアに近づいた。手のひらをウィリアに向ける。淡い光りがウィリアを包んで、火傷したところが回復した。
街まで帰ることにした。
「だいぶ魔力を使ってしまった。ウィリア……今夜いいかな……?」
ゲントは少し照れた表情でウィリアを見た。
「……ええ、いいですよ」
ウィリアはちょっと赤くなった。
「ただ、あんな竜巻みたいな風を出す必要があったのですか?」
「あ、つい、力が入りすぎて……」
その夜、ウィリアはゲントに抱かれた。
ゲントはやはり優しかった。
そして逞しかったが、ウィリアはそこに若干の違和感を覚えた。
翌日、ウィリアは思うところあって、昨日の防具店に行った。
「いらっしゃい……。あ、昨日のお客さんですね……」
メガネをかけた主人が挨拶してくれた。
「お連れさんに売った服に、なにか不具合がありましたか?」
「いえ、特にありません。ちょっと伺いたいことがあるのです」
「何でしょう」
「ご主人は最初、わたしの連れを、剣士とまちがえましたよね? あれはなぜですか?」
「え……。なんでだったかなあ……?」
主人は少し首をかしげた。
「ああ、思い出しました。この店は南向きで、入口の方が明るいんですよ。それであの男の人が入ったときには、影でしか見えませんでした。そのときなんとなく『ああ、剣士のお客さんだな』と思ったんです。それで間違えちゃって……。身なりを見ればまちがえるはずがないんですが、なんでですかねえ?」
「ふーん……?」