ルト村の宿
※面倒になってきたし、必要性も低いように感じたので、連番やめます。
魔物が大量に生息する森、魔物発生区域。
入口の駐屯所で、深夜、動きがあった。
魔物発生区域に入っていた女剣士ウィリアが、旅の薬屋ゲントと共に駐屯所に戻った。
ゲントが魔物の一部を提出すると、駐屯所の職員が驚いた。
「サイクロプスの角!?」
「史上はじめてでは?」
「いや、十年に一人ぐらい倒すやつがいる……」
その夜、二人は駐屯所に留め置かれた。
翌日、駐屯所から報奨金が渡された。一万ギーンを越える額だった。
ゲントはそれを半分にして、ウィリアに渡した。
ウィリアは遠慮した。
「こんなにいりませんよ。あなたが魔物の部分を持ってきたのですから、あなたの物です」
「いや、魔物を狩ったのは君だから、君にも権利がある。それに、僕ももしかしたら盗まれたり落としたりで、金を無くすかもしれない。その時はこの金で、君が助けてくれ」
「うーん……」
しぶしぶ受け取った。
ウィリアは魔瘴を吸い過ぎて、一時は意識を無くしていた。ゲントの薬でかなり回復し、歩けるようにはなったが、まだ本調子ではない。
ルト村までゆっくり歩く。
昼前に村の宿屋に着いた。ウィリアの部屋を取って、休息を取る。
ウィリアはベッドに横たわった。
ゲントが言った。
「魔瘴はすぐには抜けない。今日一日は休んでた方がいい。昼食後と夕食後にこの薬を飲むといい」
魔瘴中和の薬を二瓶、棚のところに置いていた。
「ありがとうございます……」
食事は宿の食堂で出る。夕食、ゲントは早く済ませたようで、ウィリアが行った頃にはいなかった。
部屋に帰って薬を飲む。体中にしみわたる感じがした。
休息と薬のおかげだろう。ウィリアの体調はかなり回復した。
薬の空き瓶が二つある。ゲントは薬屋だからこれは使うだろう。返さないと。
そういえば、薬の代金を払っていなかった。旅仲間ではあっても、早いうちに清算した方がいいだろう。
ウィリアは空き瓶と財布を持って、ゲントが泊まっている部屋に来た。扉の鍵はかかっている。
「すみません、ゲントさん」
コン、コン。
ノックをする。
返事がない。
「ゲントさーん?」
コンコンコン。
ノックをする。
やはり返事がない。人の気配もなかった。
ちょっと不安になった。
まさか、一人で先に行った? だけど、できるだけ一緒に旅をしたいと言っていたし、何も言わずにいなくなるのは変だ。
廊下を、中年女性の従業員が通りかかった。ウィリアは聞いてみた。
「あのう、ここに泊まっていた人知りませんか? 旅の薬屋の」
従業員は曖昧な笑顔をして言った。
「あ、あのお兄さんなら、荷物だけ置いて、今夜は別のところで泊まるらしいですよ」
別のところ……。
兵士が駐屯する大きな村である。いろいろ店がある。そういえば、村の通りに娼館らしき建物があった。
「……そうですか。ありがとうございます」
ウィリアは部屋に戻って寝た。ベッドの中でなかなか眠れなかった。今頃ゲントは金で買った美人と、何らかの行為をしているのだろう。若干、不愉快だった。
朝日が昇ってきている。山村の空気は涼しい。
ゲントは娼館を出て宿屋に向かった。その表情は、満足したというものだった。
彼の足が止まった。
宿の近くの草むらで、ウィリアが剣の素振りをしていた。風を斬る音が聞こえてくる。
ゲントの足は止まったが、宿屋に戻らないわけにもいかない。ふたたび歩き出し、草むらのそばまで来た。
「や……やあ、ウィリア、おはよう」
「おはようございます。ゲントさん。昨日一日休んで、すっかり元気になりました。あなたのおかげです」
感謝の言葉だが、眼は笑っていなかった。
「そ、そうか。それはよかった」
「あなたも、充分に疲労回復してきたようですね」
「ま、まあね」
「……女性をお金で買うことに関して、汚らわしいとは言いません。わたしも汚れた身ですから」
「いや、その……」
「心で思うだけにします」
「……あ、はい」
宿で朝食を取ったあと、ウィリアとゲントは旅を再開した。
薬の荷物を担いでゲントが歩く。
ウィリアはその広い背中を見ていた。
この人は、何者なのだろうか。
ただの旅の薬屋ではありそうにない。冒険者だとしても、武器の一つも持たないで旅を続けるのは、不自然だ。
自分の正体を語りたくはないらしい。
だが、確信したことはある。この人に悪意はない。なにか魂胆とか企みはあるかもしれないが、ウィリアに関する悪意はないと思った。
その性質のうち、エッチであるという点はどうしても好きになれないが、それに目をつぶれば得がたい仲間だ。
ウィリアは、思っていたことを言ってみた。
「……ゲントさん」
「ん?」
「あなた、わたしの従者になりませんか? 充分にではないですが、給料もお支払いします」
「え? 従者? いや、でも、僕は薬屋だから……」
「薬屋も続けてけっこうです。それに、従者が嫌になったら、いつ辞めてもかまいません。お願いしたいのは、辞めるときにはちゃんとことわって辞めるということだけです」
「うーん……」
「わたしが提供できるのは、あなたの保護です。従者である間、あなたの安全には責任を負います」
「それはありがたい。だけど……」
「食費や宿泊費も提供いたします」
「いや、それは悪いよ。僕も稼いでるんだし……」
「従者になったからと言って、命令に従えというつもりはありません。娼館に行くのも自由です」
「やるよ」
「あ、やってくれるのですね。よろしくお願いします」
ウィリアは右手を差し出した。
ゲントは、歩きながら、その手をしっかり握った。